34 御前会議(10)
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なんとか食事はできたものの、最後のお楽しみだったプリンを逃したのは痛恨の極みだった。やはり最初に確保しておくべきだったと思うが、後悔先立たずというやつである。
「どうなさいました?」
司法長官のバイヨンズ卿から心配されてしまった。よほど顔に出ていたらしい。
「いえ、その、デザートのつもりでいたプリンを取り損ねてしまって。それが心残りだったもので…。」
「まあまあ。アーディアス卿でも、そんな事がおありなのですね。」
笑みを噛み殺すように言うが、そこに嘲りなどの感情が入っていないのが彼女らしい。
「そんなにプリンがお好きなら、菓子匠ギルドから持ってゆかせましょうか?」
産業大臣のフレーヤス卿にまで言われてしまった。
「いえいえ、ご心配に及びません。明日にでも我が家の料理人に作らせます。お二人にこんな事でご心配いただき恐縮です。」
私は笑ってごまかした。いい加減気持ちを切り替えねば。
しばらくして再びラッパの音が響き、我々はまた起立し、国王陛下の着席を見届ける。そうして会議が再開された。
「次は外務大臣より周辺諸国の情勢の報告でございます。特に南の大河ミョール川の水利権について、ナハムの国・アル・ハイアイン王国より交渉したいとの申し出がございます。これについてご判断いただきたく。」
宰相閣下の静かな声が部屋に響く。
「恐れながら奏上いたします。誤解を恐れず、おおまかに申し上げれば、国際情勢は中期的に安定、と言うところでありましょう。現在、権力継承に問題あるいは懸念を抱えている国は周辺に無く、領土問題を抱える国もありません。この事は上級将軍閣下の報告にあったように、軍事的側面からも裏付けられましょう。例外は東ですが…これは後日にご報告申し上げます。願わくば平和の長からんことを。」
外務大臣の報告にはヤー=ハーン王国に関する話もあったのだろうが、それは先ほどの決定で秘密会議に回されるのだろう。
「さて、アル・ハイアイン王国の外務大臣、エルアド・グナイム・イェヒーア卿より私宛に大臣の名で親書があり、ミョール川への堰の建設ならびに大規模な灌漑計画があることを知らされました。ミョール川は我が国との国境でもあるため、水利権争いの他、無用な抗争を事前に防ぐべく、我が国と交渉したいとの公式な申し入れでございます。」
外務大臣は資料とともに一巻の巻物を陛下に差し出した。侍従がそれを受け取り、陛下に差し出す。陛下はそれを受け取って確認している。事前に見ているはずだから、最後の確認だろう。
「まだ計画は構想段階で、実質的には何も決まっておらぬようだな?」
「左様にございます。とは言え高官級・大臣級の交渉を早めにしたいと言うことですので、計画実行の意思は固いと思われます。何の交渉もしないわけにはいきません。」
国王陛下は少し思案顔である。
「目的は農地開発かの。…かの国の内情はどうなっておるか?」
「はい。アル・ハイアイン王国の政情は安定しており、ここ10年余り大きな災害も飢饉も、疫病も戦争もございません。人口は増えつつあり、商いも盛んでございます。一方で穀物需要が高まり、食料品が値上がり気味で庶民らの間にはこれに関する不満が高まる兆しがみられます。住宅の不足もあり、屋根の上を貸りて小屋を建てる者さえいる有様です。」
「堰と用水路建設に都市住人を使い、その後に拓いた農地に住まわせ、穀物不足と住宅不足を一挙解決するつもりか。同じ立場に立たされれば、余も考えるであろうな。」
説明するとミョール川は遥か南から北流し、中流域で西に向きを変えて、我が国と南にあるナハムの国アル・ハイアイン王国との国境となる。
しばらく西に流れたあと、我が国の西の国境をなす西の山脈の南端部分と交差。
そこをS字を描くように蛇行した谷を経て山を抜けると、広大なデルタ地帯とアル・ハイアイン王国の王都がある。そして西の海に出るのだ。
「農業大臣、この計画、いかに思うか?」
「申し上げます。十分な資金と時間があれば技術的に可能でございましょう。ですが堰の規模・構想の計画実現性・水利に与える影響の把握には現地視察が不可欠でございます。お許しいただければアル・ハイアイン王国に特使として赴きたく思います。可能であれば同時に我が国にも用水路を引き、農地を拓けば利益となります。穀物・綿花の生産量増大が期待されましょう。」
その答えを聞いて、国王陛下は次に財務大臣に質問する。
「財務大臣、そなたはどう思うか?」
「申し上げます。計画がうまくいけばアル・ハイアイン王国産の穀物と木綿の価格の相場が下がり、安定供給が期待されます。この計画に助力するか、共同事業とする代わりに、それらの輸出割当を優先してもらえれば、我が国の穀物相場と食料価格の安定につながります。損は無いかと。また、規模が大きくなれば必要な資金は莫大なものとなりましょう。その費用をどう用立てるか?交渉いかんによって我が国も参加することになれば、およその規模がわからなければ必要な予算の見積もりができません。そこも重要かと。」
次に産業大臣に訊く。
「産業大臣、国内の影響はどうか?」
「奏上いたします。直接的にはミョール川の渡し舟のギルドに影響が出ましょう。建設中は仕事が増え増益となりましょうが、堰が完成すれば橋も作るはず。そうなれば渡し舟ギルドは衰退を余儀なくされます。彼らの次の仕事を見つけてやらねば王国の威信に関わります。アル・ハイアイン王国産の穀物と木綿の輸入量が増えれば、我が国を通過して流通する穀物は多くなりますので穀物商人のギルドは潤いましょう。木綿もそれと同様ですが、国内の被服などの衣料品を扱う産業では仕入れ価格の低下で活況となるかと。国内の綿花から糸を紡ぐ繊維産業には悪影響となる可能性もあるため、輸入量などの貿易交渉が肝心と考えます。」
続いて上級将軍に聞く。
「上級将軍、国防上の影響はどう見るか?」
「奏上仕ります。ミョール川は人が歩いて渡ることはできず、幅もございます。軍が渡河するには船が不可欠。堰ができて川幅が広がれば、ますますその傾向が強まりましょう。問題は堰を利用して橋を渡した場合でございます。両国が橋をどう管理するか、それぞれの橋のたもとの防衛、出入国の管理など、詰めるべき課題も多くございます。交渉の場には、軍務尚書か軍高官の出席も必要と考えます。」
陛下はうなづいて、腕を組んで思案する。そして、おもむろに口を開いた。
「アル・ハイアイン王国のこの計画は我が国にも利益があると考える。外務大臣、エルアド・グナイム・イェヒーア卿に前向きに検討したいと返事をせよ。水利権交渉と堰建設計画を具体的に詰めるため、この件について公式の使者を出して大臣レベルで交渉の席を持ちたいと言え。ゆくゆくは特任大使を立てることとする。この件は商業上の影響が大きいため、勅令1655ー1220を適用し外部に漏らすことを禁ずる。」
陛下の決断がなされて、アル・ハイアイン王国との大規模な開発計画が決定された。