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33 御前会議(9) 〜昼食休憩〜

 ヤー=ハーン王国関係が予想よりも深刻な可能性が出てきたため、議論は長くなり、思ったよりも時間を使ってしまっていた。もう正午を少し回っている。

 宰相閣下は視線を壁に掛けられた振り子時計から陛下に向けると、小声で何か相談していた。

「予定より若干遅れているが仕方あるまい。一度、休憩を入れ、午後から会議を再開する。再開は13時30分からとする。」

 国王陛下はそう宣言すると立ち上がった。

 不死鳥の間にいる者は全員立ち上がり、陛下に向かって敬礼をとった。入室の時と同様にラッパの音が鳴り、玉座の後ろの扉が開かれると陛下は典礼長官と共に退室していった。

「陛下が昼食をご用意してくださっている。場所はいつもどうり『銀梅花(マートル)の間』だ。さっさと腹ごしらえをせねば保たぬ。」

 宰相閣下はよく通る声で伝えると、颯爽と歩いていった。


 御前会議だが、慣習的に国王陛下からの振る舞い(・・・・)と言うことで昼食が出席者に提供される。

 とはいえ、厳格なマナーや格式に重点を置く正式の昼食会というわけではなく、ビッフェ形式で提供される略式のものだ。

 ただ略式であっても、そこは国王の提供。

 入り口で渡される皿や食器(カトラリー)が、北方のドワーフの職人の手によるものだったりする。金属製なら落としても割れないからだそうだが、怖くて落とすなんてできない。どう見ても一級品である。

 物作りと言うと『北のドワーフ、南のナハム』と言われるが、微妙に得意分野が違う。

 ドワーフは鍛治や貴金属の細工・加工、宝石の研磨など道具作りに優れる傾向があり、ナハムは建物や土木工事・機械に強い傾向がある。あくまで傾向なのでその逆もままあるが。


 諸侯も官僚たちも従者も混じって、あれこれと話しながらゾロゾロと室内に入る。

 諸侯向けの料理と飲み物を用意したテーブルと、官僚と従者用のものを用意したテーブルが別にある。それぞれから、めいめい好きに料理を取るのだ。

 諸侯用のテーブルには実際に料理を取り分ける給仕(ウェイター)がいて、我々の求めに応じて料理を取ってくれるのだが、官僚と従者たちは自分で取るようになっている。身分制社会ではやっぱりこういうところにも差が出るようだ。

 ビッフェ形式と言っても前世のと少し違うのは、座っても食事ができるようにテーブルと椅子も用意されていることだ。

 内務大臣・上級将軍・貴族院議長の三人はひと足先に場所を確保して、従者にサービスさせていた。

(あのおっさん連中、早い…!いつの間に。)

 私はその手際の良さに感心した。それだけ抜け目がないのだろう。

 それぞれに場所を占める物、2、3人で座を共有する者と、いろいろだ。私は財務大臣のそばにそっと近寄って小声で話した。

「ヴェッドン卿、先ほどはすいませんでした。厄介な事を抱え込ませてしまって。」

「ん?ああ、気にしないでください、アーディアス卿。むしろ国政の穴が見つかったと前向きに考えるべきです。」

 にこやかに対応する彼を見て、こんな落ち着いた対応ができるこの人は実にできた人物だなと感心した。

「後で、宮殿での天然魔晶石の買取価格と量の変化をまとめた資料をお渡しします。お役に立つと良いのですが。」

「ありがとう。きっと参考になります。」

 財務長官は私の肩を叩いて、財務官僚たちが陣取った席へと歩いて行った。机の上には資料がいくつか広げられている。食べながら仕事をするようだ。


 私も自分で確保した席に着こうと思ったら、正装した武官が私を呼び止めた。

「畏れながら宮廷魔術師長閣下、上級将軍閣下がお話したいそうでございます。同席願えませんか。」

「カステル卿が?もちろん、良いとも。」

 私は料理を乗せた皿を持って、カステル卿の占める席に向かう。彼は偉そうに踏ん反り返っているように見えるが、歴戦の勇士らしく大きな体の彼にはここの椅子がちょっと小さいのだ。

「アーディアス卿、呼びつけて済まないな。」

「問題ないですよ。東の国境の件ですか?」

「察しが良くて助かる。」

 カステル卿が椅子を勧めてくれ、私も皿を置いて着席した。

「食べながらで良いから聞いてほしい。死霊術師(ネクロマンサー)について何か情報は無いだろうか?銀竜騎士団団長のニームス卿は優れた魔法剣士だが、魔術師の業界にそれほど顔が利くわけでは無いのでね。正直手詰まりなのだ。」

「なるほど…。」

 私は鶏肉のソテーを一切れ、口に運んだ。鶏肉の味とハーブの香り、胡椒など香辛料(スパイス)の香りと刺激が鼻を抜ける。さすが宮殿の料理は美味しいし贅沢だ。


 死霊術師(ネクロマンサー)の大部分は旅しながら暮らす『霊媒師』だ。しばしば占いを副業にしている。死霊魔術(ネクロマンシー)が一般的にあまり良い印象を持たれていないこともあって、定住することは少ない。行く先々での霊的な事柄を解決して生計を立てている。

 この国でよく知られた霊媒師は、およそ100年前に没した『口寄せ師のレイラ』だろう。

 彼女は旅路で見た自然美、蔑まれる身でありながらも得た温情の嬉しさ、死者たちの語る物語を切々とした詩に詠って残した詩人でもあった。母の書架(しょか)に彼女の詩集があって、子供の頃に興味深く読んだ記憶がある。

 彼らが使う死霊魔術(ネクロマンシー)でよく知られるのは“口寄せ”の術だ。

 死者の霊を我が身に憑依させ、召喚した死者の霊と会話する。遠い所で亡くなったり、臨終に立ち会えなかった家族や友人との『最期の別れ』をするために頼む人が多いようだ。

 この他にも、場所や人に憑いた悪霊や死霊を追い払う“除霊”、霊を見える形で喚び出して交流する“交霊会”、無くした物品を霊に見つけてもらう“失せ物探し”などが代表的なものだろうか。

 彼ら霊媒師の死霊魔術(ネクロマンシー)は一般的な魔術と違って、精霊魔術に近いとする魔術理論研究家もいる。そう言われれば、霊媒師がゾンビを造ったという話は聞いたことが無い。逆はあるのだが。


「霊媒師がゾンビ造ったという話は聞かないんですよね。」

「そもそも詐欺師どもにそんな魔術など使えんだろう。」

「いやいや、上級将軍閣下。ちゃんとした霊媒師はちゃんとしてますよ。」

 霊媒師にはイカサマ霊能者のような詐欺師がときどき居て、まともな霊媒師までもが差別を受ける原因のひとつとなっている。カステル卿の発言はそうした世情を表すものだ。

「死人の霊が悪さするなら、ワシなど何百人と戦場で討っておるぞ。だが一人も化けて出てこんかった。」

「きっと戦場で散る者は、誇り高く武人として運命を受け入れるのでありましょう。」

「そんなものかな。」

 私は適当に彼をおだてて黙らせた。

「魔術にもありますが、どこの国でも禁術のはずなので、習得はおろか学ぶ機会自体が稀少ですし。」

 鶏肉を食べた私は、付け合わせの温野菜を口に運ぶ。これも良い茹で加減で美味しい。野菜の香りと歯ごたえとソースがよく合っている。

「可能性は薄いと思いますが『死を嘲笑う者ザカトナール』の崇拝者とか。もし、これなら尻尾を捕まえるのは難しいでしょうね。」

 ソースが美味しかったので、バケットのパンで拭って口に運ぶ。このパンも香ばしくて美味しい。


 『死を嘲笑う者ザカトナール Zaqatonar』は悪魔だ。

 死の大公・死を売り渡した者の王・死を貪る者・屍を連れ歩く影などと呼ばれる上級の悪魔で、死を(いと)う者の前に現れ、生き永らえらせる代わりに死を奪うのだという。魔界に12の領地を持ち、20万の死者の軍勢が彼に仕えるのだそうだ。(はかりごと)を好み、暗がりで人が自ら死に向かう様を喜ぶとされる。

 この悪魔を崇拝する者は、死者を操る(おぞ)ましい(わざ)と力を得ると言う。通俗的な死霊術師(ネクロマンサー)のイメージに近いかもしれない。

 当たり前だが、悪魔なんぞを崇拝するような奴はヤバ過ぎるので、どこの国でも非合法である。

 前世の世界では大っぴらに悪魔や邪神を崇拝しているオカルト教団とかあったが、こちらの世界に信教の自由は無いし、この世界での悪魔崇拝者は本物の犯罪組織であり現実の脅威なのだ。


「悪魔教団とは!何ともはや。」

「悪魔相手なら神殿の方が詳しいでしょう。ドドネウス神殿長とか、神殿騎士団の人とかに当たってみてはどうでしょうか?」

 神殿組織は悪魔を打ち滅ぼすべき神敵と考えている。その性質上、神殿は悪魔関係の情報収拾を怠らない。彼らは悪魔教団、または信者を見つけ次第、問答無用で襲撃して聖別された炎で火刑にかけるのだ。

「ふむ、一度彼らに意見を聞いてみよう。」

 カステル卿はあご髭に手をやって考え込む。

「よろしければ、私の方からも資料と専門の者をお貸ししますよ。」

「かたじけない。やはり魔術だの魔物(モンスター)だのになると、アーディアス卿が頼りになる。」

「とんでもない、魔術師としてはまだまだですよ。」

 私はカステル卿に一礼するとその席を立って、産業大臣のガロベット卿の近くに移動した。予定していた話はできなかったが、近々、王都の屋敷の方で昼食会にお招きすることで合意した。


 楽しみだった食後のデザートのカスタードプリンが全滅しているのを見て、私は膝から崩れ落ちた。

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