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32 御前会議(8)

 我が国では死霊術師(ネクロマンサー)死霊魔術(ネクロマンシー)そのものは違法では無い。

 例えば死者の霊を喚び出す降霊術、媒体から死者の思念を読み取る魔術も死霊魔術(ネクロマンシー)のひとつだ。死の概念と霊魂を扱い、時に生者と死者の間を取り持つ魔術分野が死霊魔術(ネクロマンシー)なのである。

 それにもかかわらず死霊魔術(ネクロマンシー)が一般的に忌み嫌われるのは、ゾンビやスケルトンを創り出す“物言わぬ従者の作成”のような遺体を低級アンデッドに変えて使役する魔術、吸血鬼(バンパイア)不死の王(アンデッドキング)といった上級アンデッドに転生する“死の超越者への転生”といった生者への敵対的存在へ自らを変質させる魔術が、人倫にもとる唾棄(だき)すべきおこないとして忌避(きひ)されていることによる。

 そのため先述の2つの魔術のほか、いくつかの死霊魔術(ネクロマンシー)の使用とその産物の利用が法律で禁止されている。もし上級アンデッドに転生したら、即座に重犯罪者として討伐隊が差し向けられる。

 強い恨みや未練を抱えた者が死亡してアンデッドに変質することも稀にあるが、そうした場合は通常単体で現れる。

 したがってゾンビなんかが群れで現れた場合、どこかにそのアンデッドを造り出した死霊術師(ネクロマンサー)が近くに潜んでいることを暗示している。


「数はどの程度だったのですか?」

「われらに知らせてくれた赤竜(レッドドラゴン)の目撃証言だと10体あまりです。我々も検証してその程度と見積もりました。正確な数は不明です。」

 司法長官の質問に答える赤竜騎士団団長。

「まったく目的が見えませんな。」

「おっしゃる通り。国境を破るには少な過ぎるし、何か犯罪行為をするには場所に意味が無い。」

 内務大臣の言葉に、銀竜騎士団団長も同意して首をかしげる。

 ゾンビの群れで国境を破ろうとすれば戦力として数百体は必要だろう。我が国の騎士団は弱兵では無い。他の犯罪を考えていたのなら、なぜそんな街道から離れた場所にゾンビを置いたのか意図が見えない。

「しかし、そのゾンビを造った死霊術師(ネクロマンサー)が1人であれば、そこそこの魔力量の持ち主ですね。」

 私はその点を指摘した。ゾンビ1体を造るのに必要な魔力量は“灯火(ライトオン)”の100倍は要る。普通の魔力量の魔術師なら1日で3〜4体造るのが限界だろう。10体以上いたとなれば、最低でも3日は作業したはずだ。

 しかし嗅覚も視力も鋭い(ドラゴン)たちが、狩場に入った人間を3日間も見逃すだろうか?ちょっと考えにくいことだ。

「難しいのですか?」

「ゾンビを10体以上造ろうとすると、普通の魔力量の持ち主では1日ではできません。魔晶石などで魔力の補填をすれば可能でしょうが──」

 私の説明を聞いた農業大臣が口を挟んだ。

「話の途中で済まない。妄想と笑われても仕方ないのだが、今の宮廷魔術師長の説明を聞いて恐ろしい作業仮説を立ててしまった。」

 一同が彼女に視線を集める。

「もしも、だ。そのゾンビの造り主が、魔晶石を買い集めている不明な勢力と同一、もしくは強い結びつきがあるとしたら?そしてそれがヤー=ハーン王国とつながりがあれば?」

「…恐ろしい想像をされますな。」

「ええ、内務大臣。私もこれが妄想で済めば良いと思っています。」

 その場に重い沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、国王陛下であった。

「赤竜騎士団団長に命ずる。当面の間、東の国境の防衛と出入国のチェックを厳しくせよ。表向きの理由として“犯罪組織の摘発”でカモフラージュせよ。」

「御意に。」

 陛下は指示を出すと、貴族院長官に問いかけた。

「貴族院議長、今回の件を東の諸侯に密かに伝え準備を進めるべきか?」

 貴族院議長は一瞬考え込み、慎重に口を開いた。

「…まだ時期尚早かと。今のところは想像の域を出ません。また功績を挙げんと(はや)る者が出れば、向こうの思うツボかと思われます。」

「私も貴族院議長の意見に賛同します。」

「私もです。珍しく、この三人の意見が一致しましたな。」

 上級将軍と内務大臣も貴族院議長の意見に賛成した。国内のパワーバランスや各地の諸侯の動きに精通しているこの三人の意見が一致することは珍しい。

「わかった。ではこの件は機密扱いとする。貴族院議長も許しがあるまで内密に。聞け、書記官。」

 国王陛下は機密扱いとするのを決定すると、書記官を呼びつけた。

 不死鳥の間にいる四人の書記官は大臣たちの後ろに控えていて、大臣たちや国王陛下の言葉を細大漏らさず記録している。

 書記官たちは無言で着席したまま陛下の方を向いた。書記官はその仕事の性質上、そうした振る舞いが許されている。

「勅令1623ー321に基づき、本会議におけるヤー=ハーン王国に関わる議論は国家第一級機密として扱うものとする。速記録、議事録原本の該当ページに封印処理を命じる。閲覧には勅許を要する。機密期間中の複写の作成は何人(なんぴと)も不許可である。」

 その陛下の発言すら速記で書き留めて、書記官たちは目礼で了解の意思を示した。会議中に一言も発言しないのも彼らの仕事の内だ。

「司法長官、この決定は適法か?」

「はい。問題ございません。念の為、勅令1655ー1220の適用も進言いたします。」

 司法長官は陛下に静かな声で答える。

「その進言を受け入れる。これも適用せよ。」

 勅令1623ー321は国家機密とその取り扱いについて定めた勅令だ。

 国家第一級機密は国防・外交・重要な内政上の情報などの、決して外国に知られてはならない情報が指定される。機密に保たれる期間は20年。更新して延長することもできる。

 勅令1655ー1220は官僚が立場上知り得た情報の取り扱いを定めた勅令で、その中には機密指定された情報に関連するものは外部に漏らしてはならない、という条文がある。

 これより後はヤー=ハーン王国に関係することは御前会議ではなく、秘密会議で議論することも決定された。

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