31 御前会議(7)
「赤竜騎士団団長、報告を。」
ざわめきが落ち着くと、宰相閣下が赤竜騎士団団長に奏上を促した。
赤竜騎士団は王国東側の諸侯の軍勢と共に、東の国境を護っている。特に『竜の狩場』を横断する街道沿いを中心に活動している。
通常業務の国境警備の他に、侵入する魔物退治から犯罪者の捕縛、近道と思い込んで竜の狩場に入り込んだ旅行者を連れ戻したりが、彼らの仕事。
解説すると、我が国の東の国境は『竜の狩場』と呼ばれる広大な原野と接している。
竜の狩場の境界と、その原野を越えてヤー=ハーン王国に至る街道周辺とその先にある国境の砦まで続く細長く伸びた回廊地帯が、ヴィナロス王国の東の国境を構成している。したがって我が国とヤー=ハーン王国は国境の砦の部分を除いて国境を接していない。
竜の狩場は我が国の領土では無くて、竜の自治領になっている。勝手に中に入って竜のご飯になってもお咎め無しである。侵入した奴が悪い。
竜の自治領、すなわちそこは『金角の黒竜王グレンジャルスヴァール』の支配する地である。
しかし我が国から大陸の東側に行く時にそこを通れないとものすごく不便なので、街道と宿場町は人間の領域として認めてもらい、逆にそこから外れた者は竜が襲っても問題無し、とする誓約をお互いに交わして通行の安全を確保したのだ。
人間の感覚とはだいぶ違うが、竜は人と同等かそれ以上の知性と知能・独自の社会と法を持つ、独立した知的な存在として認められている。
そのため、我が国では殺人罪ならぬ『殺竜罪』が存在する。ちなみに刑は竜への身柄の引き渡しである。もちろん生きて帰ってきた奴はいない。
そもそも考えてみて欲しい。
晴れた日には原野で動物を狩り、雨の日には巣穴でのんびりして、山で静かに暮らす竜たち。
彼らが彼らなりに平和に暮らす巣穴を襲撃して、寄ってたかって惨殺した挙句に、遺体を損壊して角や鱗・牙や目玉をえぐり取り、財宝を奪うとか、どう考えても極悪で猟奇的な強盗殺人(竜だけど)じゃないか。
そもそも、そこの竜は我が国の建国と関わりが深く、そのあたりの物語は『勇者と竜の友達』などの子供向け絵本や庶民向けの演劇にされて上演されている。
また国王配下の騎士団の名前に『竜』が付いている所以でもある。王族の正装の色が黒と金色なのも、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの鱗と角の色をモチーフにしているのだ。
話を戻そう。
国境と東の街道周辺の防衛にあたる赤竜騎士団は、たまに竜の方から何事かの異変を告げられることがあるのだ。
「東部国境で発生した気がかりな事件について、ご報告申し上げます。」
赤竜騎士団団長は真面目な顔で奇妙な事件について語り始めた。
街道沿いの、ある駐屯地で部隊の再編成について部下と会議をしていると、突然、大きな赤竜が駐屯地上空に現れた。駐屯地の上を時計回りにグルグルと旋回するそれは、我が国と竜たちの間での取り決めに従ったもので、訪問の意思を伝えるものだった。
ふつう、竜は人間側に用は無い。ほとんどの問題は彼ら自身で解決できる。あちらから接触を求めるというのは、人間側に原因がある可能性の高い出来事が竜の狩場で発生したことを意味する。
了承の合図を地上から送り、安全な着地場所に誘導する。そうして赤竜騎士団団長は赤竜と対面した。
その赤竜が言うには…
“我々の領域にヒトが侵入していた。”
“ちょうど良い獲物と思い襲おうとしたが、近づくと上空にいてもわかるぐらい臭い。”
“そいつらは全員ゾンビだった。”
“狩場を荒らされた怒りと消毒を兼ねて全部焼き払った。”
“お前らは、あのゾンビの造り主を知っているか?引き渡せ。八つ裂きにしてやる。”
…という話だった。
驚いたのは赤竜騎士団団長だ。ゾンビを造って竜の狩場に放つ奴など知るわけがない。
赤竜騎士団団長は状況を把握したいと申し入れ、赤竜に案内を頼んで現場に部隊を派遣、現地調査をおこなった。
翌日に周辺の草木が燃えた灰に覆われた場所に到達し、焼けた人骨も発見した。周辺を探索してゾンビを造った死霊術師の痕跡を探したが発見できなかった。
赤竜に牛一頭を丸ごと差し出した上で、国王への報告と犯人の捜査を続けることを条件に許してもらい、この件は手打ちとされたのだった。




