30 御前会議(6)
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読者の皆様に感謝申し上げます。
「続いて、上級将軍より近年の各国国軍の動向および注目すべき事例についての報告。関連して東部国境の様子について将軍・赤竜騎士団団長より報告がございます。」
宰相閣下が次の議題を告げる。
「畏れながら奏上仕ります。皆様ご存知のとおり、ここ数年は魔物の大量発生も特殊個体の発生も、小規模ないしは少数例に留まっております。各国の政情も安定しており、中期的に平和な状態であると結論づけられましょう。それに伴い各国軍の数的規模の拡大は無し、または微増です。」
上級将軍はまず陛下、そして周囲の反応を確かめてから続ける。
「平和な間にということでありましょう。各国は軍の装備・兵器の刷新を進めており、推測される各国の軍事予算はさほど変動しておりません。旧式の装備は各地の傭兵団、または故買屋に払い下げられており、それらを装備した傭兵や探検家の姿が確認されております。訓練も通常レベルで維持されており、精鋭部隊を積極的に育成する傾向も見られます。全体として装備の質・兵の練度を高め、兵器をより高性能なものにする方向で各国は一致しております。」
ここで上級将軍は一息置いた。
「例外はヤー=ハーン王国であります。議題2の別紙資料Bをご覧いただきたい。」
静かな室内に紙をめくる音が響く。別紙資料Bはヤー=ハーン王国の推測される軍事費の伸び率と内訳が書かれている。
「各国と比較して軍事費の伸び率が著しく、内訳も武器・兵器・および軍事物資、兵士の給料などが増えております。加えてヤー=ハーン王国の現国王は先んじて軍を掌握して王位継承を我が物にした武断派。権力基盤を考慮しても、軍拡を抑える可能性は非常に低いと思われます。」
上級将軍の言葉を受けて、国王陛下は外務大臣に目を向ける。
「外務大臣、ヤー=ハーン王国のこの件に関して補足はあるか?あれば申せ。」
「はい。長年、穀物需要の不足分を鉱業による利益で贖ってきたため、農業政策は停滞。穀物を栽培する農家は国内での穀物相場の長期的下落によって生活が成り立たず、土地を手放して都市に流入しました。現国王はそうした者らを兵として軍に受け入れて生活を成り立たせることで、民衆からの支持も厚うございます。ヤー=ハーン王国の軍拡の動きはこうした一面もあるかと。この状況は意図的に起こしたのか、現国王が利用したのかは不明でございます。」
「いずれにせよ警戒するに越したことは無いようだな。」
陛下は嘆息する。私もこれまでの話を聞いて、ちょっと引っかかる事に思い当たった。
「あの…。関係があるかわかりませんが、ひょっとすると共有した方が良いかもしれない事がございます。」
陛下も含め、私に一斉に注目が集まる。実を言うと御前会議のこの瞬間がちょっと苦手だ。
「最近、天然魔晶石の価格が上がっていまして、特に大粒のものは入手が難しくなりました。軍需品でもあるので、もしや買い占められているのでは無いでしょうか?」
宮殿では火災予防のために厨房以外では原則として火気厳禁。
シャンデリアや燭台などの照明器具はほぼすべて、明かりを灯す“灯火”の魔術を付与された魔法道具になっている。特に謁見の間や大遊戯室の巨大なシャンデリアには大粒の天然魔晶石を使う。これらを用意するのは宮廷魔術師長の管轄なのである。
このところ天然魔晶石の販売価格が上がって予算オーバーしそうなので、購入量を減らしていた。減らした分を自家生産して賄えるようにするため、私は部下に時間に余裕があれば“魔晶石の合成”をおこなうよう命じていた
魔晶石は多量の魔力を含んだ水晶だ。微妙に魔力が足らない時の補助に、魔法道具の動力源に、魔晶石は欠かせない。
魔晶石には普通の水晶に錬金術で魔力を籠めた人造のものと、洞窟や迷宮で産出する天然のものがある。天然物は含まれる魔力が属性を帯びている場合もある。
“魔晶石の合成”は初歩の錬金術で、適当な水晶のかけらに無属性の魔力を高密度充填する。この錬金術で作成された人造魔晶石は術者の力量と魔力量に応じて品質に差がある。ただ作るのは簡単なので“灯火”の魔術と並んで、魔術を学ぶ学生の定番のアルバイトだ。
天然の魔晶石は、魔力の高い場所で長年にわたって濃い濃度の魔力に触れ続けた水晶に魔力が蓄積されたものだけに品質は高レベルで安定していて、精度を要する魔術実験や大規模魔術の発動補助にはこちらが好まれる。大きい方が蓄積されている魔力の量が多いので、大きい魔晶石は高価だ。
どちらも使い捨てで、含まれた魔力を使い切ると崩れて砂となる。
「財務大臣!」
「畏れながら陛下、魔晶石は価格統制対象では無く、また市場価格調査品目ではございません。ですが、急ぎ調査いたします。しばし猶予を頂きたく。」
陛下の鋭い声に財務大臣は恐縮して答える。そばに寄って、何事かを耳打ちされた財務官僚の一人がすぐに退室していった。
「軍需物資として、魔晶石の大口の取引には報告義務があるはずだが?」
軍務尚書もまっすぐ財務大臣に視線を向ける。
「少しお待ちを…。魔晶石の大口取引の報告は受けておりません。」
財務大臣は何やら大きなファイルを広げた財務官僚と小声で話し合い、回答する。
「小分けにして持ち出したのでは?」
「合法的に持ち出すならば、それでしょうな。行商人や探検家などが持ち出せば足もつきにくい。」
「騎士団に納品させている商人からも情報を集めましょう。」
「各国での市場価格と取引量も確認すべきですな。」
私のささやかな報告が、なんだか大事になってしまった。
「でしたら、人造魔晶石づくりのアルバイトをする学生にも聞き込みをおこないます。魔術師協会にも調査協力の申し入れをしておきます。」
「宮廷魔術師長、背後関係を含め可及的速やかに王室に報告せよ。」
「御意のままに。」
私は陛下の命令に返答すると、後ろに控えていた官僚の一人を呼び寄せて、直ちに計画書を作成するように命じる。彼はメモを取って頷くと足早に部屋を出た。
豆知識:ヤー=ハーン王国がやってるような、ロクな経済対策をせずに、生活に困った貧乏な人を兵士として雇い入れるやり方を『経済的徴兵制 Economic conscription』と言います。
ロクデナシの国はこれを経済政策だなどと嘯いて、ますますドツボにはまるのであります。