29 御前会議(5)
財務大臣と産業大臣の現況報告と今後の見通しが述べられ、我が国の対応策が提案された。
続いて質疑応答となり、議論が交わされる。
「金相場が下がっているならば、すぐに買うのは損ではないのか?」
「はい。ですが機をうかがうのは誰もが同じ。あまり狙い過ぎますと、その時に注文が殺到して相場が急騰します。そうなるとかえって損です。どのみち金貨の発行分も常に一定量確保せねばなりませんし、それは各国も同様ですので需要は堅調です。いずれは相場が反発するものかと。その時期については、来年のヤー=ハーン王国での金の産出量報告の発表がひとつの契機となり得ましょう。」
さすが財務大臣は商人の世界をよく知っていると感心する。どうやって情報蒐集しているのか興味あるな。
「フィーチェのドマルディ商会が相場操作をおこなう可能性は無いのか?」
「相場情報を毎日確認しておりますが、目下ドマルディ商会の介入はあってもわずかであると判断しております。ことに先物取引に関しまして、ドマルディ商会に動きがあったとの情報は得ておりません。ヤー=ハーン王国から北方への金属精錬および貴金属加工大手2社の本社・主要工場移転によって、北方での生産量が増加するとの見方が広まっての現況です。彼らも大きく動きにくいかと。」
内務大臣は経済戦争を仕掛けられる可能性を危惧しておられるようだ。財務大臣の話では大丈夫そうだが、国家レベルの財力を持つ大商会の力たるや恐るべしだな。
「軍人の我々としては聖銀の相場が気になるのだが、どうだろうか?」
「聖銀につきましては、もとより産出地が限られている関係もあって緩やかに相場が上昇しております。そうは言っても国防上の指定備蓄物資でもあり、産業上も重要ですので、相場に大きな影響を与えぬよう様子を見ながら、小分けにして買い付けております。」
「ふむ、続けて。」
将軍・白金竜騎士団団長の質問に財務大臣は丁寧に答える。一度、理解を確認するように話を止め、続きを促されて話を進める。
「聖銀は、投機筋も中長期投資対象として買い付けているので需要は旺盛です。政治的事変、または戦争の勃発による相場の急激な上昇は十分に考えられますが、現在の我が国の備蓄量は規定を十分満たしており、相場の急激な上昇に耐えられると考えております。現在、我が国の金庫で備蓄している聖銀の量については、財務省定期報告書の最新版をご覧ください。」
その答えに彼も頷いて諒解したようだ。
「ヤー=ハーン王国から流れてくる職人たちを、我が国に迎え入れられぬか?」
陛下のご下問に産業大臣の産業大臣は冷や汗を拭いた。
「まことに汗顔の至りでございますが…。検討した結果、我が国でかの国の職人たちの受け入れは難しいという判断に至りました。残念極まりないのですが…。」
「理由を申せ。」
国王陛下のさらなる問いかけに、産業大臣は恐縮しながら答える。
「はい。まずは金属精錬の方でございますが、件の金属精錬企業スーミット社の技術は他金属においても優れておりまして、金属資源は鉄しか産さない我が国では彼らの技術も宝の持ち腐れでございます。鉄以外の鉱石は輸入しなくてはならず、輸送にかかる費用・輸送経路の道路事情などを考えますと地金への価格転嫁は避けられず、スーミット社が市場競争力を失うだけでありましょう。」
その答えに陛下も思案顔となる。
「もうひとつはどうか?」
「実はこちらはすでに検討し、何人かには接触も試みました。しかしながら、優れた職人はすでに再就職先を決めているか、後援者を確保した上で移住しており、結果は思わしくありませんでした。」
「なんと、そうであったか。」
「はい。まこと面目無く、忸怩たる思いでございます…。」
そこで一度、言葉を切った産業大臣はさらに続ける。
「言い訳じみて聞こえるのは承知の上で申し上げますが、ヤー=ハーン王国の金銀細工師たちは自国で豊富に産する金・銀・聖銀などの貴金属の地金が、輸送価格の上乗せ無く比較的安価に入手できる地の利を活かしておりました。これらをすべて輸入に頼る我が国では、価格面で北方の製品との競合が難しゅうございます。しかしながら、高品質化で対抗しようにも、すでに腕の良い者は行先が決まっていたわけでして…。この件に関しましては、他国を出し抜くことに失敗しました。」
「そういう事ならば仕方があるまい。余も、もう少し気にかけておくべきであったな。産業大臣、大儀であった。」
「畏れ多いことでございます。陛下の寛仁大度に感謝申し上げます。」
この件に関して産業大臣の失敗を、陛下は不手際とは見なさず許すようだ。苦労しても実利が少ないのならば無意味だものな。
国王陛下は腕を組んでしばし考え込み、決定を下された。
「財務大臣。しばらくは今申した方針で相場を監視しながら買い付けを続け、備蓄に余裕を持たせよ。相場が急騰してから慌てても遅い。産業大臣。損得をわきまえ深入りせずに見切りをつけたのは、慧眼である。ただ、我が国で働くことを希望する職人がいた場合、適切なギルドに斡旋してやれ。」
「御意のままに。」
国王陛下の決定に財務大臣と産業大臣はそう答えて、この件は決された。
ヤー=ハーン王国は天然資源のボロ儲けで満足してしまい産業構造が画一化して、にっちもさっちもいかなくなる『資源の呪い』にかかっています。
しかし、かろうじて資源輸出の儲けに足を取られて国内の製造業などが衰退する『オランダ病』にはなりませんでした。(農業分野はオランダ病になっている可能性あり)
ただ、これは流通が未発達で『自国で産する資源で作るのが一番確実で安上がり』という前提があったためで、意図的なものではありませんでした。
それがたまたま未発達な流通事情を押しても儲けの大きい、国際的な需要が高く、競争力もある品目だったので、ぼろ儲けが出ていたわけです。
『地下資源が枯渇したら終わる国』という経済構造になってしまっているヤー=ハーン王国。
ファンタジー世界ではこうした国はどうなってゆくのでしょうね…。




