2 アーディアス公爵家一家と最初の決意
我が妻、アーディアス公爵夫人マリア・アンブローズは、アンブローズ辺境候第二夫人の最初の娘だ。
あまり地位が高くないように聞こえるかもしれないが、アンブローズ辺境候は西の長大な国境を護る国防の要であり、由緒ある名家である。
アンブローズ辺境候の先代の夫人は先先代の王の末の娘にあたるし、妻の母親は第二夫人といっても第一夫人が早世したために嫁してきた後添えだから実質的に第一夫人。そのご実家は歴代の将軍や近衛軍である白金竜騎士団長などを輩出してきた誉れ高い武門のバーナード公爵家だ。
バリバリの上位貴族です。
そして血筋なのか性格なのか知らないがツッコミが激しい。容赦が無い。それは婚約していた娘の頃からそうだったので性格かもしれない。あるいは惚気なのかもしれないが、扇子で小突かれる事もしばしばだった。
それはそうとして、そのような令嬢を妻として迎えた我がアーディアス公爵家もそれに見劣りしない名家だ。歴代の当主は宰相・宮廷魔術師長・王立魔術院長官・魔術師と魔法騎士からなる銀竜騎士団団長など、国家の中枢で働く人材を輩出してきた。
ちなみに私、当代アーディアス公爵家の当主たるダルトン・アーディアスは現役の宮廷魔術師長である。偉いんだぞ!
私と妻は同い年で10歳の時に婚約し、ときどき交流しながら親しくなり25歳の時に結婚をした。翌年に長男アレクを授かり、現在28歳の今日、長女を授かったわけだ。夫婦仲は悪く無いハズだ。
「ちちうえ…。」
乳母のナターシャに連れられてやって来たのは長男のアレクだ。まだ3歳だから妹が産まれたと言っても理解するのに時間がかかるだろう。
乳母のナターシャはアレクの日常の世話を任せている初老の女性だ。育児の経験豊富で人柄も良く、教養も深い。仕事で忙しい私も身重の妻マリアもよく助けられて来た。
「よく見てごらん。この子がお前の妹だ。マリアが命懸けで産んだのだよ。」
おずおずと近づいて来たアレクに産まれたばかりの娘の顔を見せる。驚きなのか、感動なのか、なんとも言い難い顔をして、まだ小さな手でそっと触れた。
「終生、妹と仲良くするのだぞ。困っていたら助けてあげるんだ。」
私はそう息子に諭した。
「はーい。」
「うむ、それで良い。」
分かっているのか分かってないのか、アレクの気持ちはよく分からないが、素直に返事しただけでも良しとしよう。
「旦那様、大旦那様と大奥様がお見えです。」
両親を呼びにやった執事のマイケルが告げた。マイケルはある男爵家の三男だった男で、宮廷で侍従として働いていたのを父が当家の執事に引き抜いたのだった。勤続20年余りになるが立派に務めあげてくれている。
「おおお〜!孫娘かぁ!」
「まあまあ、なんて愛らしいのかしら!」
部屋に入ってくるなり、急ぎ足でやって来たのは私の両親だ。すっかり禿げている初老の男が父のパウロ、隣の真っ白になった髪を綺麗に結い上げているのが母のソフィアだ。
父パウロは宮廷魔術師長を長年務めた後に王立魔術院長官を務めた人で、割と学究肌の人だ。母のソフィアはかつて『王国三大美女』と呼ばれたさる侯爵の令嬢で詩才に恵まれ、貴族では珍しいことに大恋愛の末に父と結ばれた。
二人とも2番目の孫になる娘に秒でメロメロである。
「男子のアレクに続いて、良き娘が産まれた!誠にめでたい!」
「マリアさん、お疲れ様。よく頑張りましたね。」
満足げな父に、妻を労わる母。とりあえず覚えめでたくて何よりだ。
私が家族と話している間に、妻は出産の立会人として来ていた3人の貴婦人たちと何か話していた。
王家をはじめ他の貴族家でもそうなのだが、我々の存在自体が『公のもの』なので、この出生が間違いなく起こったことの証人として彼女たちが呼ばれている。
ドエルフィ侯爵夫人・アルバス伯爵夫人・ギリアム伯爵夫人の3人は妻の友人で、よく連れ立って夜会やお茶会などに行っていた。
身重になった妻は外出しなくなった代わりに、ささやかなお茶会を我が館で催して、この3人をはじめとした貴婦人たちを招いてもてなしていた。いよいよ臨月になるとお茶会もできなくなったが、この3人はたびたび『見舞い』と称してやって来て妻の話し相手になっていた。
要するに、この3人の貴婦人は妻の情報網の要となる人物なのだ。
私が妻の方を見ると話は終わっていたらしい。目で合図を送って来た。
「ご婦人方、我が妻の出産にお立会いくださり誠にありがとうございます。休憩の準備をしてあります。どうぞゆっくりお寛ぎください。マイケル、ご婦人方をご案内してくれ。」
私は執事のマイケルに指示すると、妻の額にキスをして労ってから両親とロレーヌに後を任せて退室した。
「さて、これから1日だって無駄にできないぞ…。」
娘の養育失敗、それは BAD END なのだから。