27 御前会議(3)
その後、30分ほどの間に国家機関の長たちが次々と月桂樹の間に到着した。
財務大臣のルイス・ヴェッドン侯爵。
カイゼル髭が特徴的な『おじ様』という感じの紳士で、ヴェッドン侯爵家に婿入りした大商人の双子の兄弟の片割れである。だから元平民なのだ。だが指名された時には彼の商業上の手腕はよく知られていたから、皆が納得したのだった。
ヴェッドン卿は王国の諸契約を見直して時代に合った内容に改める業務改善計画を完遂させ、開拓などの開発事業に積極的な財政支出を提言して国家収入の底上げに貢献した人物として信頼を勝ち得ている。
外務大臣のジョルジュ・ゴルデス侯爵。
外交畑を長く歩み10の言語に堪能な弁舌の天才だ。おおむね友好的な関係ではあったが国境をめぐる小競り合いがしばしばだった、南のナハムの国との国境線を確立させた功績が特によく知られている。
仕事の性質上、国を出たり戻ったりが多くて御前会議には名代を寄越すことも少なく無いのだが、今回は本人が来ていた。
司法長官のフィアナ・バイヨンズ侯爵。
白い髪を綺麗に結い上げた女性で、膨大な量の法律・勅令・判例を記憶している。博覧強記の人とはこの人を指して言うべきだと思うほどで、国王陛下への法律上の助言は彼女がすべておこなっている。
長年にわたって王国の法律を体系づけしようと努力されており、我が国の司法改革の原動力とでもいうべき人だ。その甲斐あって、無意味化したり内容が重複する法律や勅令の統廃合が進んでいる。
軍務尚書のシェーン・フィグレー侯爵。
武官の中の事務方の長で、戦う以外の軍隊で必要なことを全部担っているのが彼女だ。わが国では将軍職は騎士団団長を兼ねるため、首都周辺の駐屯地に不在の場合も多い。そのためフィグレー卿が実質的な国軍の窓口になっている。
魔物の発生状況に関する報告や情報交換、魔物由来の魔術素材の調達などを依頼するために、私はわりとフィグレー卿と直接会うことが多い。判断が恐ろしく速いので、こちらの方が大丈夫かと思ってしまうほどだが、その判断に外れという事が無いようだ。
将軍であり赤竜騎士団団長を務めるウィル・ルーデス侯爵。
同じく将軍であり青竜騎士団団長を務めるヨハン・カーンブリッズ侯爵。
近衛三軍と違って赤竜騎士団と青竜騎士団は国境警備・国内の慰撫を任務とする王国の騎士団で、複数の大隊に分かれて王国内のあちこちを護っている。
ルーデス卿もカーンブリッズ卿も各大隊の間を飛び回っているので、必然的に王都に戻るのは御前会議のある時ぐらいのものだ。どちらも優秀な指揮官であり、必要とあらば陣頭で指揮を執り戦う様は詩人の謳う物語の騎士のイメージに近いかもしれない。
実際、二人とも武人としても強いらしいのだが、私は彼らが戦っている姿を直接見た事が無いので武勇伝を聞くばかりだ。いかにも武人然とした佇まいは、あれが敵に回った時のことなど考えたく無いなと思わせるのに十分だ。
貴族院議長のユーリ・モンジェリン公爵。
モンジェリン卿は各地の貴族が集まる議会『貴族院』の議長を務めている。要するに彼は王国のそこかしこに封じられている貴族たちの代表者というわけだ。元々は将軍兼金竜騎士団団長を務めていただけあって、武人肌の人である。
カステル卿やムーリン卿と同世代の人だが、国王陛下から微妙に距離がある場所にいるのは腹芸ができるか、できないかの差…言い換えれば政治力の差であったらしい。
もちろん貴族院議長として、モンジェリン卿はその気になれば各地の諸勢力を糾合できるだけの政治勢力を築いているわけだから、あの二人がどれだけ政治的に化け物とか妖怪とか言われるレベルの存在かがわかろうものだ。
ここまで揃った頃合いを見計らってか、最後に宰相閣下がその姿を見せた。
宰相のアルディア・サイヴス・ハルア・コンカーヴ公爵。
ナハムの気品ある妙齢の宰相閣下は、そんな国内のさまざまな政治的思惑や経済的事情を受け止めて、うまく転がす恐るべき政治的才覚の持ち主だ。
カステル卿やムーリン卿、モンジェリン卿を政治的協力者とすることに成功しているのだから、その手腕は推して知るべきだろう。
私は表向きの彼女の経歴を知ってはいるが、何が彼女のような人物を作ったのかは恐ろしくて訊けない。
「うむ、久しく全員揃ったな。遠い所からもご苦労であった。ほどなく国王陛下から召喚がかかるであろう。」
宰相閣下は満足そうな顔で頷いた。
国外への出張の多い外務大臣はもちろん、王国内と国境のあちこちを転戦するルーデス卿とカーンブリッズ卿は出席できず名代を送って寄越すにとどまることも珍しくないから、閣僚全員が揃うのは久しぶりだった。
閣僚には侯爵位以上の者しかいないが理由がある。侯爵以上か王族でないと閣僚になれないのだ。
これはパッと出の怪しい人物を閣僚にしないための措置だった…のだが、当然ながら人材の不足を招いた。
そこで有能であれば伯爵以下の貴族だけでなく、たとえ平民でも一代限りの侯爵以上の叙爵を受けて、閣僚になれるような制度が追加されたのだ。徳川吉宗の始めた“足高の制”に似ている。
なんだか屋上屋を架すような制度で、閣僚を侯爵以上と定めた制度を廃止すれば簡単に済むだろうに、と思う。
いつだったか司法長官のバイヨンズ卿にそう“感想”を述べたら、大昔に定められた勅令のひとつのためにそうもいかないのだと苦笑して言った。彼女が司法改革を進める所以のひとつだ。
集まった閣僚たちの間で雑談をしたり、官僚たちと議題内容の確認をして10分ほどが経ったころ。
典礼長官のアーネスト・ファブラ伯爵が黒い杖を持って、堂々とした歩みで月桂樹の間に現れた。
典礼長官の職はファブラ伯爵家の当主が代々務めている。アーネスト・ファブラ卿は今のファブラ伯爵家の当主で、陛下と同じぐらいの年齢だ。白髪が多く混じって灰色に見える髪をキッチリと整えて、いつも慇懃な態度を崩さない。
典礼長官と言うと、国王陛下の後ろで端然と立っている人ぐらいの印象しかない者もいるだろうが、決してお飾りの仕事では無く、国王陛下の秘書であり、王家の執事のような役職だ。国王の名代として行動することも少なくない。
しかし、実際のところ彼が何をしているのか私もよく知らなくて、実は王国の諜報部門の長だとする噂まである。たぶん、やっている事は当家の執事のマイケルと変わらないと思うのだが。
典礼長官は文官の青い礼服姿だが、肩からたすき掛けにした帯を着けている。黒地に金糸で国章と王家の紋章が刺繍されたそれは、彼が国王の名代であることを示す格の高いものだ。
彼は閣僚が全員揃っているのを確認するように月桂樹の間を見渡した。
そして黄金の握りと装飾が施された艶のある黒い杖の石突を3回、高らかに床に打ち付ける。長年、同じ場所が打ち付けられるから、その部分だけ床材が張り替えられていて真新しい。
この黒い杖は典礼長官が国王の名代として、国王が公式の場に閣僚を呼び出す際の呼び出し係兼、先導役を務める際に持つものだ。この呼び出しに応じないのは国王の命令に従わないのと同義であり、反逆の罪に問われる。まあ、形式的なものではあるが。
典礼長官が格式張った定型文で御前会議への呼び出しを告げた。
「お集まりの名誉ある諸侯に申し上げる。ヴィナロス王国の国王・ガイウス2世陛下の名の下に、他ならぬ陛下のお求めによって、諸侯らを陛下の御前に召喚する。陛下のすべてのご下問に答え、すべてを詳かにし、以って陛下を補弼し給え。」
「すべて、陛下の思し召めすままに。」
宰相閣下以下、この場に居る閣僚全員がそろって応えた。
【閣僚たちのまとめ】
宰相:アルディア・サイヴス・ハルア・コンカーヴ公爵
《文官》 7人
内務大臣:ヨハン・ムーリン公爵
外務大臣:ジョルジュ・ゴルデス侯爵
財務大臣:ルイス・ヴェッドン侯爵
司法長官:フィアナ・バイヨンズ侯爵
宮廷魔術師長:ダルトン・アーディアス公爵
産業大臣:ローラン・ガロベット侯爵
農業大臣:エリス・フレーヤス侯爵
《武官》7人
上級将軍:ロイド・カステル公爵
軍務尚書:シェーン・フィグレー侯爵
将軍/白金竜騎士団団長:アーノルド・バーナード公爵
将軍/金竜騎士団団長:ケニス・サイヴス・アンナ・ゴーデス侯爵
将軍/銀竜騎士団団長:フレデリック・ニームス侯爵
将軍/赤竜騎士団団長:ウィル・ルーデス侯爵
将軍/青竜騎士団団長:ヨハン・カーンブリッズ侯爵
《その他》現在2人(国王の求めによって呼ばれるので変動あり)
王太子:アントニオ・ガルダーン・ド・ヴィナロス王子
貴族院議長:ユーリ・モンジェリン公爵
典礼長官のアーネスト・ファブラ伯爵は閣僚ではありません。
国王の側にいる仕事の性質上、御前会議に同席しています。
文官の中に司法長官がいますが、ヴィナロス王国では司法が行政から独立していません(まだ三権分立ができていない)。




