26 御前会議(2)
深紅色の絨毯の上を、私は秘書官と杖を持つヴィクトル他、数名の官僚を引き連れて歩く。
まず向かうのは『月桂樹の間』だ。この部屋に会議の出席者が集合し、会議が始まるまで待機するのに使われる。
私の入室に続いて、お飾りの杖を持ったヴィクトルと秘書官・配下の官僚が入室する。
中は広く、月桂樹の木をモチーフにした装飾が施されている。すでに数人の大臣や将軍が配下とともに入室していた。
「お、来たな。」
最初に声をかけてきたのは皇太子のアントニオ殿下だ。彼は王族の礼装である黒いビロード地に金糸で王家の紋章が刺繍された上着を着ている。
「殿下、ご機嫌麗しゅう。」
「珍しく卿から議題の奏上があるのだな。じっくり聞かせてもらうぞ。」
アントニオ殿下の目が笑っている。内容は知っているから彼は賛同してくれるだろう。
「ええ、もちろん。産業大臣、今回の件ではご協力ありがとうございました。」
「気になさるな。ギルドの親方たちも優秀な職人が増えるなら歓迎だと言っておったわ。」
どことなくハンプティダンプティの卵を連想させる、小太りの40代半ばのおっさんが産業大臣を務めるローラン・ガロベット侯爵。
彼は見かけによらずフットワークが軽くて、国内各地の各産業のギルドや現場を視察して回っているので実情に通じている。
「アーディアス卿からの奏上とは珍しいが、こんな結果を見せられれば気が逸るのも無理は無いな。」
しわを刻んだ顔に穏やかな笑みを浮かべて話すのは、内務大臣を務めるヨハン・ムーリン公爵。
厳粛さを求められる儀式の場でない限り、彼が微笑み以外の表情を浮かべているのを私は見たことが無い。仮面のように笑顔が張り付いていて、彼の心の機微を知るのは難しい。ムーリン卿は前宰相で、世の表裏に通じた老獪な政治家だ。
「これを活かさないのは損だと思いましたので。」
私はとりあえず当たり障りのない答えをしておく。油断ならない人だからだ。
「私としては農業に有益な人材が増えるのを反対する理由は無いね。期待してるよ。」
わりと直球で私の奏上する議題に賛成の意を示してくれたのは、農業大臣を務めるエリス・フレーヤス侯爵。
彼女は留学して数学者として学を成し、そして帰国の後は設計技師としていくつもの省庁を渡り歩き軍歴まである、必ず計画を完遂させる“鉄血の女侯爵”の異名を持つ傑物だ。
「フレーヤス卿からも賛同いただけそうなのは、嬉しい限りです。」
私は素直に礼を述べた。この人は話が早い人なので助かる。
「技術屋たちだけで、アーディアス卿が見つけた人材を独占しないでおくれよ。」
「もちろんですよ、ムーリン卿。」
ムーリン卿の冗談にフレーヤス卿も笑って応える。
「卿はどんな人材をお探しなのですか?」
ガロベット卿が尋ねた。
「とりあえず、美味い茶を淹れてくれる者が欲しい。」
「それは、なかなか難しいかもしれませんね。」
アントニオ殿下の反応に、ムーリン卿も笑った。
ムーリン卿は茶に関しては当代一流の趣味人だ。自分で茶を淹れるだけでなく、茶葉の選定やブレンド・茶器の収集までおこなう、彼のお眼鏡にかなう者がいるかどうか?かなり厳しいだろうなと、私でも思う。
「なかなか愉快な話題があったようですな。」
そこに赤いビロード地に金糸の刺繍で彩られた上着を着た一団が現れた。私が着ているのと同じような形で色違いのそれは、軍人の上級職の者が公式の場で着る礼装だ。
赤い上着の集団の先頭に立つのは、5人いる将軍を束ねる上級将軍、ロイド・カステル公爵だ。
カステル卿は初老にさしかかった年齢だが、精気みなぎる顔と堂々とした体は年齢を感じさせない。ムーリン卿とは長い付き合いの古狸であり、戦場仕込みの手練手管に長けた護国の鬼とも言える人物だ。
カステル卿の後ろに近衛三軍の将軍たちがいた。
将軍と白金竜騎士団団長のアーノルド・バーナード公爵。
将軍であり、金竜騎士団団長でもあるケニス・サイヴス・アンナ・ゴーデス侯爵。
同じく銀竜騎士団団長であり将軍のフレデリック・ニームス侯爵。
ケニス・サイヴス・アンナ・ゴーデス侯爵は名前から察しがつくが、ケモ耳タイプの獣人種族ナハムだ。濃い茶色の狼っぽい耳と毛足の長い尻尾、濃い褐色の肌とバーナード卿と同じぐらい背が高いのでよく目立つ。武術全般を高いレベルで修めた豪傑で、バーナード卿は剣術なら彼に勝てるが他では勝てた試しが無いと言っていた。だからと言っても彼は脳筋ではない。用兵も巧みなのだ。
フレデリック・ニームス侯爵は伊達男といった風情の紳士だが、その実は国で一二を争う剣士であり、数々の魔術を駆使して勝利を確かなものにする優れた戦略眼を持った人物だ。私の知る限り、ニームス卿は魔術師でもやっていけると思うのだが、体を動かす方が性に合っているのでその方向で才能を活かすことにしたと言っていた。
バーナード卿については今更紹介するまでもないだろう。白金竜騎士団・金竜騎士団・銀龍騎士団の近衛三軍を率いる将軍達の中ではバーナード卿が一番若い。
「おお、カステル卿か。美味い茶を淹れてくれる者が欲しいと言ってたのさ。」
「ほお…。それは無い物ねだりの類だろうよ。」
「上級将軍と意見が一致するとは、実に心強く思いますね。」
ムーリン卿の発言への単刀直入なカステル卿の反応に、アントニオ殿下も同調した。
「いやはや、王太子殿下だけでなくカステル卿にもそう言われてしまうとは。これはもう、アーディアス卿の計画に一縷の望みをかけねばなりますまい。」
二人にやり込められる形となったムーリン卿は私に視線を向ける。
「ははは…。ムーリン卿のご期待に応えられるように努力します。」
意図があるのか無いのか判断に困る視線を向けられて、私は乾いた笑いをあげるのが精一杯だった。