24 たまの休日と家族との団欒
日間恋愛異世界転生/転移ランキングBEST300で日間ランキング284位に入っておりました。
皆様の閲覧と評価に感謝いたします。
幼児教育研究機関の初期メンバー全員に辞令を渡すと、ソファーに座らせハーブティーを出させた。そのまま最初の会議とし、組織の目的と仕事の進め方、与えられる権限などを説明する。
局長のエレナには人事権や予算の配分に大きな裁量を認めた。これは仕事の進め方に問題があった場合はすぐに調節できるようにし、必要な人材を雇用したりできるようにするためだ。
日報は私の元に送ってもらうが、いちいち指示しなくても自律的に動けるようにしないと新組織を立ち上げた意味が無い。
今日はオリエンテーション程度のつもりだったが、早くも改善点について意見が出された。エレナに実際に事業を進めながら調整と検討・評価を繰り返して、手法を洗練させるように言っておく。
基礎調査の準備ができたところで、私はようやく御前会議の準備ができる。
宰相閣下への説明会は済んでいるので、それを元にして奏上する意見書を作成する。あれから集まった情報を加え、宰相閣下からの質問への回答も考慮して文章を書き改めてゆく。
御前会議の3日前までに奏上する意見書を王室に提出しなければならないから、あまり悠長にはしていられない。こんな作業で数日経ち、王室に意見書を提出した後はさすがに私も秘書官も他の部下たちもぐったりしていた。
私は御前会議の日までの2日間、休みを取ることを秘書官に伝え、秘書官や部下たちを労って疲労回復薬とちょっとした小遣いを渡しておいた。
さて2日間の休日の間に私はいろいろと済ませる事があった。
領地内の事務が滞っていたので、それをまず処理してしまう。招待状を書くのは最優先でやっていたのでもう済んでいたが、数日遅れても構わないようなものは後回しにしていた。今、目の前にそれが積み上がっている。
「まことに嫌な眺めだな!」
「心中お察しいたします。」
私に代わって財務関連の書類は妻のマリアがいつも処理してくれているし、執事のマイケルも自分の裁量で済ませても問題無い範疇のもの──例えば日常使う消耗品の類のチェックなど──は済ませてくれている。
私がしなければならないのは領民からの陳情の類、農民の共同体間の諍いの裁決・土地の境界争いの調査と確認、橋や道路・用水路などの社会インフラの新設・改修の許可あるいは予算執行などだ。
諍いの類は法務に詳しい部下と相談して和解の文案を作成させ、いくつかは追加の調査と現地確認などを指示し、図面や計画書を読んで決裁のサインを入れる。
休日?それ美味しいの?と言ってしまいたくなるぐらいには、前世の知識にあった『社畜』という言葉がなんども脳裏をよぎったのだった。
休日らしいと言えば、普段より30分ぐらい長く寝ていたり、娘のアンドレアのオムツ替えを数回手伝ったりした事だった。
マリアがアンドレアのむずかった泣き声に悩まされないように、書斎の方に連れて行こうか?と提案したのだが“書類仕事中はどうやっても埃っぽそうだから嫌”と言われた。
まあそうだね。赤ん坊の健康に良くなさそうな気がするもんね。赤ん坊でなくても体に悪そうだし。
そんなわけだったので、昼食なども簡便なものにしてもらった。簡単に言えば“アーディアス家のお手軽昼食パン”ことサンドイッチにしたのである。
季節も良いのでいつも普段の食事をする『小食堂室』ではなく、庭の一角にある青々とした葉が茂ったブドウの蔓に覆われた東屋に席を設けさせた。牧草地に咲く野の花と庭のバラを活けた壺をいくつも配して、まるでピクニックにでも出かけたような雰囲気に演出した空間を用意させておいた。
「あら、花咲く野に遊びに来たみたい。まるで人気画家ボーチェリの『春』を思わせる演出ね。」
「気に入ってくれた?」
「ええ、とっても。」
アンドレアを抱いた妻と息子のアレクの手を引いて歩く。子供の足に合わせているのでゆっくりだ。後ろから乳母のナターシャと侍女のロレーヌ、そして数人の侍女たちも付き従っている。
「アレクもお花好きかな?」
「すきー!」
アレクはそう答えてスキップするように歩く。成長すると違ってくるのだろうが、このぐらいの子供は喜怒哀楽の表現が初々しい。私たちが席に着いて、やや遅れて両親が到着した。
「まあまあ、まるで演劇で若い王子と乙女が出会う場所のよう。素敵だわ。」
「庭で食事を、などと言うから何事かと思えば。面白い趣向だな、ダルトン。」
両親も気に入ってくれたようで、ひと安心。家族だけの気安いな席だ。堅苦しくない方が良い。
「今日はちょっと気軽な感じに、と思いましてね。」
「このところ、どうも忙しくしているようじゃの。」
父のパウロの口ぶりからすると、旧知から私の仕事について聞き及んでいる様子だ。何も言わないが。
「気軽にやりたいのね。」
「正解。料理の方もね。」
やがて給仕たちが小さな花の柄が描かれているテーブルクロスの上に料理を並べ始めた。素朴な木の皿に盛られた“アーディアス家のお手軽昼食パン”ことサンドイッチだ。
とは言え、今回は母や妻もいるのでパンに直接かぶりつくのではなく、パンズのようにコッペパンを薄く輪切りにしたものに具を挟んだものだ。これなら『はしたない』とされている仕草でなくても食べられる。
「あ、これは白金龍騎士団で噂になっている例の料理ね。」
「ご名答。“アーディアス家のお手軽昼食パン”と名付けた。」
「こんなお料理は初めて見ますよ、ダルトン。」
マリアは早くも把握しているようだ。母からの指摘には弁明するしかない。
「とっさに名前をつけたので…。」
「これは手掴みで食うのかな?若い頃に調査で野営した時を思い出すの。」
それぞれ、興味はあっても拒否感は無さそうだ。父は同じような料理を食べた経験があるらしい。
「いやあ、品が無いとか言われなくて良かった。こうしたピクニック風の趣向には合うと思いまして。モランが作ったのだから味は良いですよ。」
食前の祈りの後、スパークリングワインで乾杯した。やはりサンドイッチはマヨネーズを使った方が美味しい。
「たまにはこんな、素朴で気楽な食卓もいいものね。」
「庶民的だけど、決して粗野では無いわ。とても気に入ったわ。」
マリアと母は気に入ってくれたようだ。良かった。
「手が汚れんから、本を読みながら食えるのう。」
「あなた、さすがにそれは見てられませんわ。」
そして私と同じ考えに至った父は母にたしなめられている。
アレクはレタスと卵を挟んだものと、魚のフライを挟んだものが気に入ったようで、無心に食べている。
「…どうしたの?」
「いやあ、一家団欒って良いものだなと思って。」
私はマリアに答えると、スパークリングワインの入ったグラスを掲げた。細かな気泡が陽の光に砂金のように輝いていた。
ここ数日、毎日書いてはすぐ載せる自転車操業状態でして。
推敲とお話のストックをしたいので、数日お休みいたします。
悪しからずご了解くださいますよう、お願いいたします。