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210 夜の緊急招集

誤字報告、いつもありがとうございます。

今回で3章は終了です。今回はいつもより長めです。

情報整理などのために、4章開始まで少しお休みを頂戴します。期間は10日前後の予定です。

あらかじめご了解くださいませ。


本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

 宮殿内の薔薇の間では怒声が飛び交っていた。議論が紛糾しているのだ。


「こんなことをされて!それでも、貴卿は黙っていよと申されるのか!」

「今、動けば敗北は無くとも国内は疲弊し尽くしますぞ!そこを突かれれば、たちどころに滅びます!」

「上級将軍は彼我(ひが)の兵力差をご存知でしょう!」

「一斉に攻めてくるわけではない!こちらには(ドラゴン)もおるではないか!」

「盟約があるからとて、矢面にするわけにはいかない!」


 上級将軍のカステル卿は国王陛下の方を向いた。


「陛下!この腰抜けどもに喝を入れてやってはくださいませぬか!このようなことをされて黙っているのは、このロイド・カステル、耐えられません!」


 ガイウス二世陛下は、それには直接答えず、モンジェリン卿に問う。


「貴族院議長。そなたはどうか?」

「まことに許しがたい行動であり、これに報いるべきとするのは上級将軍と同意見にございます。」

「モンジェリン卿、貴卿は話せる男だな!」


 カステル卿は我が意を得たりと言わんばかりに笑うが、陛下の一瞥で黙らされた。


「しかしながら、各地の諸侯から兵あるいは軍資金を集めるに早くとも1ヶ月、しかもこれから冬にございます。戦をするには諸条件が厳しいことは明らか。それはわかっていよう、カステル卿?」

「むう…しかし、これを黙って見過ごせば──」

「見過ごしはせん。だが今やれば、少なくとも東は焼け野原になる。」

「そうじゃ。カステル卿、考え直せ。今は出る時ではない。」


 カステル卿に対し、モンジェリン卿とムーリン卿が説得にかかっていた。

 丸1日続いているこの激論の中、私はすっかり気圧されて黙っていた。ちらりと横目で国王陛下と宰相閣下を見るが、その顔からは感情というものが伺えない。




 激論の原因は前日の夜にもたらされた急報にあった。

 両陛下ご臨席をいただいての試験が成功裏に終わり、記念の昼食会も終えて、私は執務室でこの案件に関わった部下たちにボーナスを渡すと、ささやかに祝杯をあげてから帰宅した。

 そして妻のマリアと子供達の顔を見て少し話をしてから、早めに寝ようと着替えを済ませたところでノックの音が響いた。

 何事かと思って入室を許すと、緊張した顔つきになった執事のマイケルに王宮への緊急招集を告げられた。

 『緊急招集』など、初めての経験だ。


「いったい、何事が?」

「わかりません。王宮からお使者が来て、下でお待ちです。ともかく、お急ぎを。馬車も待機させました。」


 急いで着替えて、下に降りる。

 その途中で物音に気付いたマリアがガウン姿で出てきた。


「ダルトン、いったいどうしたの?」

「分からない。緊急招集だ。宮殿に行く。」

「緊急招集ですって?!」

「こんなのは初めてだけど、心配しないで。」


 私は驚きに眉を寄せるマリアの額にキスを落とすと、私は足早に玄関ホールへ急いだ。

 そこには国王付きの侍従の上着(コート)を身につけた使者が待っていた。


「夜分に大変失礼いたします。国王ガイウス二世陛下より、緊急の招集が大臣級にかけられました。急ぎ、登城くださいませ。」

「承知した。いったい何が?」

「それは向こうに着いてから、宰相閣下よりご説明があります。」


 私は馬車に乗り込んで、御者に道を急がせた。

 宮殿に着くと、使者は私をすぐに薔薇の間へと案内する。それで私はこの招集が緊急かつ、機密を高度に守る必要のある事案だと理解した。

 私の到着と相前後して、他の大臣や将軍たちが続々と入ってくる。

 私は使者の一人に頼んで、秘書官のアンドレを呼んでもらうように頼んだ。


「およそ、全員集まったな。夜分に突然呼び出した事をまず詫びるが、事態の対応は緊急を要する。」


 ややあって、数人の事務官を連れた宰相閣下が姿を現した。

 彼女はいつもどおりに冷静な感じだが、気が立った猫のように耳と尻尾の毛がいくぶん膨らんでいるように見える。


「外務大臣のゴルデス卿が帰還途中のエングルムにおいて倒れた。原因は不明ながら、悪霊憑き、または悪魔憑きの疑いが濃く、現地の神官たちが対抗措置を試みているとのことだ。」


 宰相閣下の発言に、一同の顔は一気に青ざめた。


「なんということだ。わが町でそんなことが。」


 モンジェリン卿はやや取り乱した。


「あの後、町の浄化を念入りにしたと言うのに。」

「落ち着いてください、モンジェリン卿。宰相閣下、それはいつ?」


 狼狽するモンジェリン卿を慰めつつ、私は事態発覚がいつかを訊いた。


「今日だ。外交用の通信で届いた。」


 おそらくは同行する外務省の職員が連絡したのだろう。


「すでに、王都の大神殿に連絡して悪魔祓い儀式の支度をしてもらっている。」


 さすがは宰相閣下。すぐに必要な手はずを整えたようだ。


「容体は?」

「良く無いと思われる。ゴルデス卿は気分が優れないと自室に下がる際に嘔吐した。その中に異様な虫のようなものが含まれており、その直後に痙攣したとのことで、通常の病ではなく悪霊憑きか悪魔憑きではないかと感じた外務省職員が機転を利かせたようだ。」

「虫、ですか。」


 宮殿の魔術防衛で予想されていた寄生型、または憑依型の悪魔や悪霊だろうか?

 私の他、将軍たちが悪魔学の学者ジャン・ミストラルの方を向いた。彼は私が軍の求めに応じて派遣した悪魔学の専門の学者だ。この場に専門家として呼ばれていた。


「状況と症状を考えますと下位悪魔(レッサーデーモン)の一種、“墓所の妖蛆(ようそ)”の可能性がございます。」

「ならば、ヤー=ハーンの奴らか!」


 カステル卿が激昂する。


「そうかも知れないが、そう結論づけるのはまだ早い。」


 ムーリン卿はカステル卿をたしなめる。


「今はゴルデス卿をどうやって、王都まで連れてくるかを考えねば。」

「そうだ。だが、普通なら3日かかるぞ。」

「魔術で運べないのか?」

「ちょっと厳しいですね。要求される魔力量が莫大になりますし、安全性を担保するのが難しいです。」


 私は難色を示した。転移の魔術は対象が大きく・重くなるほど難易度が増す。人間一人、それも他人を任意の場所に転移させるのには大きな魔力と繊細な魔力制御を要求される。

 転移の魔術の失敗で、いずことも知れぬ時空の永遠の迷子になる可能性がある。

 そうなったら、まず戻ってくることは期待できない。戻ってこれた例が無いわけでは無いが、何十年、または百年近く経っていて、そのうえ皆気が触れていたと言う。

 人間に使うには危険が大きい魔術だ。失敗した時の取り返しがつかない。

 外交の現場では手紙程度の文書を転移させているが、それは紙だからできるのだ。好ましくは無いが失敗してもやり直せばいいし、万が一に備えて暗号化されている。



(ドラゴン)に運んでもらうようには頼めないのか?」


 そこで金竜騎士団のゴーデス将軍が発案した。


「昔話に(ドラゴン)の背に乗せてもらって、100里を一夜でと言うのがあるじゃないか。」

「そんな、簡単には…。」

「いえ、それは検討に値するかも知れません。」

「そうだな。ダメ元で頼むのも悪くはない。」

「どうやって?」

「馬車ごと、掴んで運んでもらえばできるのでは。」

「私が頼みに行きましょう。」


 意見がいろいろ交わされる中、私が立ち上がった。


「この中で(ドラゴン)に頼み事ができそうなのは、私だけですから。ダヴィッド殿にも協力を頼みます。良いですね?」

「では、そちらは任せる。」


 宰相閣下の裁可で私は(ドラゴン)の暮らす建物に向かうことにした。

 その前に、一つ頼んでおくことがある。


「あ、そうだ。王宮の薬草園の竜血樹の樹液を採取したいのですが、申し入れは内務大臣で良いですか?」

「なんじゃ?この時に。」


 ムーリン卿は少し苛立たしげに応えた。


「悪魔憑きに遭った者はひどく衰弱します。それによく効く回復薬(ポーション)の素材に竜血樹の新鮮な樹液が必要です。ゴルデス卿の回復には必須でしょう。お願いします。」

「それなら、好きなだけ採るとよかろう。陛下も嫌とは申されまい。」

「では、園丁(えんてい)に準備させてください。採れた樹液は薬師ギルドのギルド長宅に届けてください。」

「なぜだ?」

「その回復薬(ポーション)のレジメを当家の初代様の文書から見つけたので。それをあちらにすでに伝えてありますから、言えばわかります。」




 私は宮殿を出ると途中でダヴィッド殿の屋敷により、非礼を詫びて一緒に来てもらった。

 眠たげだった彼は、すぐにただ事ではないと勘付いて身支度を整えてくれた。


「何事ですか?」

「国の重要人物がエングルムで倒れ、急ぎ設備の整った王都に運びたいのです。その役を(ドラゴン)に頼みたくて。ご助力願えませんか?」

「そう言うことでしたら、喜んで。さて、どの(ドラゴン)が協力してくれるやら。」

「クリスヴィクルージャはどうでしょうか?」

「ああ、そうですね。閣下とも顔見知りですし。」


 『人間探求』を最近の趣味にしている赤竜(レッドドラゴン)のクリスヴィクルージャは、週に2〜4日、息子のアレクと会っている。

 ときどき我が屋敷にも来るし、すっかり馴染んでいる。馴れ合ってなどいない!とは本人の弁であるが。


 そこから町の郊外へ移動して、金竜騎士団の練兵場に着いた。ここに(ドラゴン)の狩場から派遣された(ドラゴン)たちの寝場所がある。

 私たちはそのうちのひとつ、クリスヴィクルージャのための建物に向かった。


「誰ぞ夜中に近づいてきたと思えば、お前らか。どうした?」


 人間用の通用口から中に入ると、私たちの気配に早くから勘付いていたようだった。

 上体を起こし、やや不機嫌そうにこちらを睥睨(へいげい)する。


「寝ているところを、本当にすまない。どうしてもあなたに頼みたいことがあって来た。」

「ずいぶん急ぎのようだな。言うだけ言ってみるがいい。」

「これからエングルムまで行き、人を運んでほしい。」


 クリスヴィクルージャは私にずいと鼻先を近づけた。


「貴様、いい気になるな。」


 (ドラゴン)の熱さを感じる息がかかった。


「我に馬車馬の真似をしろと言うのか?」


 クリスヴィクルージャは目を細めて、不機嫌を隠さなかった。

 だが、私もここで引くわけにはいかない。ダヴィッド殿は静かに私を庇えるように横に来てくれた。


「急病で倒れた重要人物を運んで欲しいのだ。馬とは比べ物にならないほど速く、最短距離で移動できるあなたの翼が必要だ。こんなことを頼めるのはあなたしかいない!」

「クリスヴィクルージャ。気にくわないだろうが、(ドラゴン)と人間が今後もうまくやってゆく手助けだと思って、ここは折れてくれないか?」


 私とダヴィッド殿の頼みに、少し間をおいてクリスヴィクルージャは答えた。


「こんな真似をするのは、一度きりだぞ。」

「ありがとう。恩に着るよ。」

「その言葉、忘れるな。で、どうするのだ。」


 そして、私は計画を話す。クリスヴィクルージャは建物の外に出て、翼を広げる。


「なんとも雑だな。」

「私もそう思うが、一刻も急がなくてはいけないんだ。」

「良かろう。そこの馬車で良いな?」


 そう言うと、私が乗って来た馬車を掴んだ。

 私はそれに慌てて乗り込む。


「ダヴィッド殿、お手を煩わせるが伝言を頼みたい。」

「なんでしょう?」

「宮殿に参上していただき、私が(ドラゴン)と一緒にエングルムに向かったと伝えてください。そして薬師ギルド長夫妻に、出来上がった薬は大神殿の隣の病院へ届けるようにと。」

「承知しました。ではご無事で!」

「行くぞ。」


 月明かりの中、クリスヴィクルージャは翼をはためかせて馬車を掴んで飛び上がった。

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[気になる点] 定期巡回。美味にして簡便至極なるアーディアス家式の具挟みパンを食べながら、再会を心待にしております。
[良い点] とても面白いです! 続きが気になるので、連載再会を心待ちにしております!
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