20 シリアル開発への下準備
20話まで達しました。
評価・閲覧、ありがとうございます。
しかし、まあ、前世の世界でネットミームとなっている某漫画の『やることが多い』のコマを引用したくなるぐらい、やることが多いな。
私が始めたことは社会全体に、ひいては世界に影響が及ぶだろう。私が全部やる必要は無いとはいえ『やることが多い』どころじゃなくなるのは間違いない。
他にも気になるのはこの世界での軍事技術がどうなっているのか?だ。
アーノルド率いる白金竜騎士団は近衛を仰せつかっているだけあって、この国の軍隊としては充実している方に入るはずだ。
それでも主要な武器は剣や槍といった白兵戦用の武器、遠距離は弓・弩が中心。大砲もあるが城や砦の胸壁に備え付けられていて動かすものじゃ無い。
兵種も大雑把に騎兵・歩兵・弓兵の3つ。斥候部隊や工兵部隊もあるが、他の兵科と比べると扱いが軽いようだ。
銀竜騎士団もこれに魔法部隊が加わる程度で、構成に大きな違いは無い。
(この世界、軍事革命はまだなのか…?)
大砲があるからマスケット銃くらいはあるはずだが、それらしいものを見たことが無い。魔法があるせいで発明されなかった、あるいは普及していない可能性もある。
(教育の結果、人材が出てくればそこらへんも開発が始まるのかな?)
我が身の安泰を考えれば、ひと足先に銃器などの開発に着手するべきなのかもしれない。されていれば杞憂に終わるかもだが。そのうちアーノルドに訊いてみよう。
将来的には軍も育てた人材の就職先として確保したいしな。
働き口が無くてはせっかく育てた人材が外国に流出してしまう。国内で活躍してもらうためには、国内に多くの魅力的な働き口があるようにしなくてはいけない。
シリアルの開発もどうしようか?
基本的には料理だから料理人に任せたら良さそうなものだが、特定の食物に『偏見』がある以上、料理人にいい顔をされそうに無いのは簡単に予想がつく。
学校の給食として使おうと思うなら、なるべく早めに開発にかかって問題点は早めに洗い出しておきたいし、給食開始までに量産体制も整えたい。
(ちょっと、ここは搦め手で行くか。)
そう決めた私はナプキンで口元を拭うと、夕食を終えて書斎に向かった。
そして、まず紙に目的のものの簡単な図を描くと、説明文を添えた。それを執事のマイケルに手渡す。ある料理についての指示書だ。
「明日、料理長に命じてその絵の料理を作らせよ。明日は忙しいので、昼食を手軽に済ませたいのでな。」
マイケルはそれを見て、少し眉をひそめた。
「旦那様。お言葉ですが、身分ある者が食すにはいささか庶民的に過ぎるように思われます。」
「構わん。誰かに食わせるとか、昼食会に出すというわけでは無いのだ。ぱっぱと手軽に済ませられる食べ物が望ましいのだ。」
「…左様でございますか…。では料理長に指示して参ります。」
マイケルは戸惑いつつも、そのメモ紙を持って退室した。
私は一瞬、その背中に視線を向けると、祝福式の招待状を書き始めた。
翌日、宮殿に出仕に出る際に、料理長のモランが恐る恐るといった態度で蓋付きのバスケットを差し出した。
「昨夜いただいたメモを元に、旦那様のご指示を満たすように作りました。お口に合いますかどうか。」
「ほう、どれどれ。」
私はバスケットを覆う布の結び目を解くと、中を改める。中には指示した通りの料理が入っていた。美味そうな良い匂いがするし、見た目も食欲をそそる。
「おお!思った以上に良くできているでは無いか。楽しみだな。」
私が料理人に作らせた料理とはサンドイッチである。
ただこの世界には、少なくともこの国には食パンのような四角いパンが無いようなのでコッペパンのような長いパンを使った結果、ホットドッグとの中間的なものになっている。
切れ込みを入れたパンにマスタードを塗って、レタスとパセリ、塩と数種の乾燥させたハーブの粉末を混ぜたものを振りかけた生ハムや焼いたソーセージ、そして刻んで炒めたニンジンなどの野菜を挟んで、水気の少ないソースをかけておく。
カトラリーや食器を使わずに食べられる、この世界風のサンドイッチの出来上がりである。
実はこの世界にはまだサンドイッチが無い。二つ折りにしたガレットに焼いた野菜を挟んで塩を振ったような、クレープの原型のような料理は農家の食事にはあるのだが、サンドイッチそのものは無いのだ。
「少々、庶民的に過ぎるように思いますが…。」
「マイケルといい、お前も気にし過ぎだ。美味いものに貴賎など無い。そもそも格式を要する場で出すつもりは無いから気にするな。何か言われたら、私に作らされたのだと言え。」
この後の予定として、パンでも小麦の全粒粉を使ったもの、ライ麦を使ったパン、エン麦を混ぜたパンなど、いろいろなパンで作らせて食物に対する偏見を改めさせてゆくのだ。
こうして、ゆくゆくはシリアルの開発を命じたときに受けるであろう文化的ショックを和らげる予定である。
私は朝から一仕事終えたような、爽快な気持ちで馬車に乗り込んだ。