209 公開試験の日
誤字報告、ありがとうございます。助かります。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
王太子のアントニオと外務大臣のゴルデス卿が王都を出発して1ヶ月が経った。
もちろん、その間に両者の一行がどこにいて、どうしているかの報告は随時来ている。
私は私で、彼らが帰ってくるまでに済ませておくべき用事がいくつもある。
特に国王陛下の御前でのアスファルト舗装道路と改良車輪を使った馬車の公開試験を間近に控えているので、その最後の準備で忙しかった。
これが無事に済んで、陛下に納得いただけたら、東街道から工事開始である。
それに合わせて、すでに工場で生産された分の販売と民間向け体験試乗会、ヴィナロスの馬車製作職人ギルドでの受注開始と、これを単なる技術革新に留めずヴィナロス王国の新産業とするための施策が次々と実施される予定だ。
すでに試験場となる宮殿の外周道路はアスファルト舗装を終えている。
その一角に貴賓席が設けられ、国王ガイウス二世陛下とルイーズ王妃殿下のお二人の席も入念に準備した。
単に見やすいだけでなく、国際状況から暗殺者の襲撃を予測しておかねばならない。そのため白金竜騎士団と連携して、建設資材の搬入の段階からチェックをしている。
私は白金竜騎士団を率いるアーノルド将軍と一緒に現場視察に来ていた。
「お前も忙しいな。」
「それなりにな。でも、それは騎士団も変わらないだろう?」
「そうだな。カステル上級将軍は軍制の改革を視野に入れておられるようだ。」
おや?これは初耳の情報だ。
アーノルドの言うことだ。かなり確度が高いと考えていいだろう。
「へえ。どうなるんだ?」
「それはまだ分からん。」
「それはまだ話せないと言うことか?」
「まだ計画立案の段階で、話せるような内容はまだ無い。」
「そうか。」
私はアーノルドに無理に聞き出さなかった。
私が口出しするのは越権行為だし、手伝うような事があるなら、その時まで待っていても構わない。それに時が来れば上級将軍のカステル卿は御前会議に諮るだろう。いずれは耳にするのだ。
だが、今、そんな話をアーノルドが私に語って聞かせたのには何か意味があるかもしれないから、いちおう頭の片隅に入れておこう。
そして、公開試験の日を迎えた。
試験と言っても実質的にお披露目であり、城下にも告知されて王都に住む庶民たちや旅人・行商人も見物に訪れていた。
暗殺者や悪魔憑き・悪霊憑きが観衆に紛れ込むのでは?と言う懸念は当然あったのだが、警備に当たるアーノルド将軍たちと話し合った上でこれで行くと決めた。
もし城下にそうした連中がいるならば、これを機に炙り出しておきたい、という気持ちもあった。
貴賓席には私のほか、苦楽を共にした農業大臣のフレーヤス卿・大いに協力してくれた財務大臣のヴェッドン卿・産業大臣のガロベット卿・アーノルド将軍はもちろん、内務大臣のムーリン卿など国内の貴族や名士・貴婦人たちが臨席していた。
この席にはケイトも呼びたいのだが、彼女の存在はまだ表沙汰にできないので、離宮で様子を見守っている。
やがてアルディア・サイヴス・ハルア・コンカーヴ宰相閣下と上級将軍のカステル卿が姿を現し、ひときわ高い歓呼の声とともに国王ガイウス二世陛下とルイーズ王妃殿下がお見えになった。
両陛下は歓迎の声に応えて手を振り、着席される。
「本日の良き日、浄福なる神々の神慮めでたく、この新技術の試験の日を迎えることができました。畏れ多くも、国王ガイウス2世、ガイウス・ガルダーン・ド・ヴィナロス陛下とルイーズ・フォッセベーク・ド・ヴィナロス王妃殿下のご臨席を賜り、まことに感慨に堪えぬものでございます。臣下一同、無上の歓喜に打ち震えております。」
この事業を主導した私が最初の口上を述べて、両陛下に臣下の礼を尽くし、その後、宰相閣下以下の閣僚級や各界の名士・貴婦人たちに御礼を申し上げた。
そして国王陛下が演壇に上がる。
「浄福なる神々の神慮めでたく、ヴィナロス王国の善良にして強力なる市民たちよ、御機嫌よう!そして賢明にして武勇優れたる諸侯よ、御機嫌よう!我はヴィナロス王国国王、ガイウス二世である。」
さすがに国王陛下の口上は堂にいっている。
「今日の良き日、ヴィナロス王国の明日を担う新技術の完成を見る日を迎えたことは、神々の恩寵深き事、まことに重畳である。」
国王陛下による演説は形式的な修辞に満ちたものではあったが、新技術の完成を祝い、関係者の労をねぎらう意図はよく伝わってきた。
その後、私がそれに答辞を述べ、宰相閣下、上級将軍閣下の祝辞が続く。
こうした祝辞はただの客として聞いていると、長くてつまらないものなのだが、いざ当事者の側になると、どうした意図を持っての発言かと、一言一句に耳をすますことになる。
この事業に関しては周囲から大きく期待を寄せられていたので、額面通り祝意と受け取って良さそうだった。
試験自体は何の問題も無く進んだ。
真っ黒な、真新しい舗装面の上を、静かに、そして軽快に走る改良車輪を装備した新式馬車。
それまでよりも少ない馬の数でより多い荷物を運ぶさまや、揺れが少ないことをアピールするためにワイングラスを乗せた盆を持った給仕を立たせて走ったり、また騒音も小さいので音楽隊を乗せて移動させても音楽がちゃんと聞こえることに、貴賓席にいる人々はもちろん、見物に来た観衆も驚いたのだった。
そして両陛下をはじめ、諸侯もこの新式馬車へ試乗し、その乗り心地を体験した。
「宮廷魔術師長よ。」
「はい、陛下。」
「そなたは、実に偉大な発明をものにしたな。」
「お褒めにあずかり、恐悦至極にございます。」
私は陛下からの直接のお言葉に、恐縮してコチコチになっていた。
陛下から直接、こうしてお褒めの言葉をいただくとか、宮廷魔術師長なんかしていてもほぼ無いのだから仕方がない。
「王家の馬車をすべて、この新式馬車に改める。王妃よ、異論は無いな?」
「もちろんです。こうして普通にお話しできる馬車だなんて、想像もしませんでしたわ。」
そう答えたルイーズ王妃殿下は私の方を見る。
「アーディアス卿、この新式馬車を、一台融通していただけませんこと?お代は私が払いますわ。」
「あ、はい!喜んで!王妃殿下の個人用でしょうか?」
私は少々緊張して答える。なにせ、ちょっと前には息詰まる協議をした相手だ。
「いいえ、実家の姉にプレゼントしたいの。腰を悪くしていてね、これまでの馬車はひどく揺れるから出かけられないでいるのよ。町に出るのが好きな人だったのに。」
「それはおいたわしい。ガロベット卿、注文はいけますか?」
「王妃殿下からのご注文ならば、いつでも!今日のこれが終わったら、すぐに馬車作り職人のギルドに使いを出します。」
ガロベット卿は両手を握って、いささか興奮した顔で返答する。
ガイウス二世陛下の言う王家の馬車の全改修と、ルイーズ王妃殿下からの新規注文。かなりの金額になるはずだ。
「王妃殿下、ひとつだけ。この馬車がここまで静かで揺れないのは、舗装の効果もございます。ですので現地の路面次第ですが、馬車だけではもう少し揺れるかと思います。そこはあらかじめご了解ください。」
「あら、そうなの。でしたら、その舗装の資材と職人の手配もよろしくね。」
「これこれ、王妃よ。アーディアス卿は困り顔をしておるぞ。」
「い、いえ、そんなわけでは!」
陛下は私の意を的確に汲み取ってくださった。
どうやって王妃殿下の実家に職人たちを派遣して、資材を運ぼうかと、一瞬本気で悩んでしまったのは本当だが。
「良いのよ。東街道と南街道を優先してちょうだい。そうしたら、それが終わった後に熟練の職人を実家のあるジルク王国に送れますでしょう?」
そう言ってにっこりと笑う。
さすがはルイーズ王妃殿下。策士である。
「ご理解いただき、ありがとうございます。国内の街道での整備が進みましたら、必ずや。」
そんなやりとりをして試乗体験会を終え、路面を歩いて感触を確かめた。
その後は宮殿に戻り、記念の昼食会が開かれて、夕方には解散となった。
急報がもたらされ、緊急の呼び出しが掛けられたのは、その日の夜だった。
次回で3章終了の予定です。
情報の整理のために少しの期間お休みを頂戴します。
あらかじめご了解ください。
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