208 嵐の前の静けさ
昨年の9月13日に投稿を開始して以来、本連載は1年を迎えました。
当初はここまで続くとは予想しておらず、話も広がってきました。
ひとえに読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
誤字報告も、いつも助かっております。ありがとうございます。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
朝食の後、私は出仕の前に父に呼び止められた。
「憑き物落としの術の件、覚えておるか?」
「もちろんですとも。まさか、もう完成したのですか!?」
「理論上、魔術として発動するところまでは行ったぞ。」
私は父を見直した。
父も実力ある魔術師なのだから、解読と要点の整理まではしてくれるだろうとは思っていたのだが、そこまでやってくれるとは思わなかった。
「すごいじゃないですか!すごい!さすが父上!」
「ほっほっほ、もっと褒めて良いぞ?」
少々、厚かましいところがあるのは、父上の悪い癖だ。
しかし、今回は本当にありがたい。
「父上、すごく助かります!」
「これでも王国に仕えた身だからの。それと、もうひとつある。」
「まだあったのですか?」
「憑き物を落とした後専用の回復薬の製造法も見つけたぞ。」
悪魔でも悪霊でも、何かに取り憑かれた後は著しく体力・精神力を消耗する。
現在では長期の安静と、腕の良い癒しの奇跡術を使える神官のもとで療養するのが一般的だ。
だが、この回復薬を使えば、比較的短期間で回復が期待できるらしい。
悪魔憑きや悪霊憑きが今よりずっと多かった初代様の生きた時代には、早期に復帰させないと人手が回らなかっただろうから、こうしたものが必要だったに違いない。
「これも超重要な発見ですね。なんで廃れたんだろう?」
「素材のひとつに新鮮な竜血樹の樹液がある。固まって樹脂になったものならともかく、新鮮な樹液は入手困難だからの。」
「そりゃそうですね。ああ、でも今は宮殿の薬草園に植えてあるのが元気になったので、少量なら採れそうですね。」
「それは僥倖。使わずに済むのが一番だがの。」
私はそれの製法を薬師ギルドのギルド長夫妻に書き送ってもらうように、父に頼んだ。
あそこには“癒し”属性の子供がいる。
万が一、それが必要な場合は彼の属性も手伝って素晴らしい効能を発揮するだろう。
それを作るためには王室の薬草園の竜血樹の樹液をもらわねばならないが…。あそこで働く庭師はどこの省庁の担当なんだろうか?制服に黒い線が入っていないから王宮勤め扱いでは無いはずだから、内務省だろうか?
まあ、秘書官に調べておいてもらおう。
私は父上から憑き物落としの術の研究の写しをもらうと、それをファイルにしまって馬車に乗り込んだ。
今日の朝は、宮廷魔術技官主任クロード・オーバネルからの報告を聞くのが最初の仕事だ。
「おはようございます、閣下。新しい魔術防衛システムですが、今のところは異常は見られず正常に動作しております。ただ、まだ検知例がございませんので、改善もできません。」
「まずは想定通り動いていて何より。検知は無いのが一番だが、粗探しもできないのはちょっとな。だからと言って悪魔を放すわけにもいかんし。」
「左様でございますな。」
オーバネル主任はそう答えて、白いあごひげを撫でた。
彼はあれから、白金龍騎士団の司令部とたびたび会合を持ち、魔術防衛システムの充実と改善を進めている。
「もう少し大神殿にも働いて欲しいものですが、難しいですかな?」
「難しいな。すでに護符の製作で負担をかけているし。事があれば聖騎士を貸してもらえるだろうが。」
副神殿長を幼馴染みかつ親友のアインが務めているから、多少の無理は聞いてくれるかもしれないが、すでにドドネウス神殿長の身辺調査などもしてもらっていたから頼みにくい。
聖騎士というのは神殿が保有する武装機関だ。
魔物だの悪魔だの悪霊だのが実在するこの世界では、聖騎士はお飾りではなく実際に『神敵』とみなす対象の殲滅を目的とする実力部隊だ。
聖騎士たちは絵に描いたように品行方正な騎士でかっこいい白い鎧姿で、普段は神殿内部とその周辺の治安維持活動に従事している。
聖騎士たちはよく訓練され精強であるし、また奇跡術の心得もある場合が多いので、悪魔や悪霊なんかが相手の場合は心強い。
噂によれば『絶対、神敵殺すマン』みたいな感じの、無茶苦茶強いけど、ちょっとヤバい感じの聖騎士を教皇は直属の部隊として召し抱えているのだそうだ。噂だから本当か嘘かは不明なのだが。
「神殿については、国王陛下にいろいろとお考えがあるようだ。神殿に何かしてもらおうと思ったら、王室にも話をせんわけにはいくまい。」
「それはちょっと面倒ですな。」
そして、魔術防衛システム以外の宮殿の魔術システムの保守点検と更新の報告、人工魔晶石の生産・備蓄状況なども報告を受けた。
その後は工場群の建設状況の視察に出る。
製鉄所の高炉の建設はかなり進み、今は仕上げの段階だ。目の前では高炉が加熱しないようにするための冷却装置の取り付けがおこなわれている。
冷却装置は水冷式で、いざという時の消火設備を兼ねている。
当然、冷却水は加熱されるので、その排水は各工場の暖房に、そして公衆浴場へと繋がっている。
どうしても泥や埃・油などで汚れやすい仕事だ。こうした厚生施設の建設は当初から視野に入れていた。
ゴム工場と軸受け工場は完成。どちらもすでに本格稼働していて、改良タイヤを使った新式馬車や荷車を生産している。
「うむ、順調なようだな。」
「ええ、もちろん!計画通りに進んでいるから、心配しないで欲しい。」
私はケイトと各工場の責任者たちの説明を受けながら、建設の進捗状況を見て回った。
アスファルト工場・セメント工場は実質的に完成、アンモニア工場は完成間近、ソーダ灰工場も建設がだいぶ進んでいる。
アスファルト工場では毎日、宮殿の外周道路を舗装するためのアスファルトコンクリートを生産している。セメント工場でもセメントを生産し、すぐに使えるように砂や砂利を混ぜたセメントを袋詰めにして倉庫に蓄えてある。
今では農務省の土木系技官と軍の工兵たちを中心に、セメントを使った工法や建設部材の作り方などの講習会を毎日おこなっている。
資材があっても、使い方を知らなければ意味が無い。宝の持ち腐れである。
こうした技術講習会は決しておろそかにできないのだ。なおマニュアルは私が書いた。
それから王都の魔術師協会の会長と昼食をとり、魔晶石の生産などについて意見交換などをした。
後から思うと、この頃までが重圧を感じずに済んだ最後の時間だった。
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