204 悪評封じ
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本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
翌朝、私は馬車を宮殿ではなく、モンジェリン卿の屋敷へと向かわせていた。
「元はと言えば、この馬車がガタガタ揺れるのが嫌で計画してたんだよな…。」
私は舌を噛まないように注意しながら、あくびをかみ殺した。
ゴムタイヤも軸受けもアスファルト舗装も、もっと時間をかけて人材を育てつつ、進めてゆけば、と思っていたのだ。
朝の活気のある大通りを進んでゆくと、モンジェリン卿の王都の屋敷が見えてきた。
彼も公爵だから、その造りは壮麗なものだ。アーディアス家の王都の屋敷よりもずっと大きい。
理由は単純で、モンジェリン卿は居城のあるエングルムから遠いからだ。モンジェリン卿はエングルムの居城にあるような居住空間と迎賓館機能を、この王都の屋敷にも持たせないといけないから大変だ。
領地と屋敷が王都から片道1時間程度の距離にあるアーディアス家とはそこが違う。
アーディアス家の王都の屋敷は迎賓館と遠来の客を泊めるための施設があるぐらいで、それほど大きな建物ではない。普段は夜会とか、妻のマリアがサロンやお茶会を開くのに使う程度だ。
「閣下ぁ〜!おはようございま〜す!」
前方で、大きく手を振っている文官姿の若者が見えた。秘書官のアンドレだ。
「おはよう。後ろに乗れ。」
「はい。では失礼。」
王都の中にある屋敷とはいえ、入り口の門から屋敷の扉までは少し距離がある。走ってついて来させるのは酷なので、馬車の後ろにある従者用の座席に乗せた。
すでに下知が行っているのだろう、門番の衛兵は馬車の家紋を認めると問う事無く門扉を開いて中へと通した。
深まりつつある秋の中、前庭で目立つのは刈り込まれたツゲの緑とプラタナスの黄色くなり始めた葉ぐらいだ。
「おお、アーディアス卿、よくぞ参られた。」
「まあまあ!お久しぶりね!」
ユーリ・モンジェリン公爵と、その妻のミリアン・クレスト・モンジェリン公爵夫人に出迎えられて、特に公爵夫人からは熱烈なハグをされてしまった。
「ご婦人、公爵の前ですっよ1?」
「あら、わたくしったら。若い英雄にまたお会いできて、感激を抑えきれませんでしたわ。ごめんあそばせ。」
私がハグというより、熱烈に抱きついてきたミリアン夫人を押しとどめた。
目でモンジェリン卿に助けを求めたがダメだった。
「はっはっは、許してやってくれまいか。」
そんなこんなが落ち着いてから、応接室でモンジェリン公ご夫妻と相対する。
「急いで面会を求めておいでだったが、いかがなされた?」
「はい。実は地方貴族の牽制にお力を貸していただきたく。」
私は二人に、稀少な魔術属性の孤児の能力を活かすための特別教育プログラムについて説明した。
そして、地方の孤児院で発見された稀少な魔術属性の孤児たちを、王都に集める計画であることも語った。
「なんとも壮大な計画だな。」
「まあ…。」
孤児院での祝福式の費用肩代わり・稀少な魔術属性の持ち主の発掘については、以前に御前会議で話している。
だが、王都に集める計画については、まだ関係者外には話していなかった。
「恥ずかしながら、そうした子供達を教育するための人材がまったく足りず。さりとて、放置するにはあまりに惜しい。そこで王都に一堂に集めてしまおう、という計画なのです。」
そこで、私はこれを地方貴族らがこれを国王による一方的な収奪と見る、あるいは逆に歓心を得ようと積極的に領民の中から探し出して『献上』という挙に出るおそれについて話した。
「そうした事がきっかけで、引き裂かれる親子や社会不安を引きおこされれば、領民の反乱の遠因にもなりかねません。そこで貴族院議長でもあるモンジェリン卿のご協力を得たく、ご迷惑は重々承知の上で朝から参りました。」
「なるほど。そうした事まで目配りをされたか。まあ、あり得ん話ではないな。」
「はい。情勢が緊張の度を増しておりますので、国内に火種が増えるようなことはしたくないのです。」
モンジェリン卿は腕組みして思案顔になった。
「むしろ、そういう子供がいたら口減らしに売りつける、なんてのが出そうですわね。」
「そうした影響も予想されます。あまりいい話では無いのですが、探す手間が省けるという考え方もできますし、場合によっては本人にとってもその方が良いかもしれないので…。悩ましいです。」
魔術属性は本人の意思でどうこうなるものでは無いので、こればかりはいろんな意味で運不運だ。
魔術属性だけで人生が決まるわけでは無いし、稀少な魔術属性でも役に立つとも立たないともつかんものがある。そもそも、どういう特質なのか十分に知られていないものもあるのだ。
「魔術属性は本人が望んでどうこうできる、というものでは無いですし。魔力が生まれつき強い子供などは、早めの魔術教育で魔力をコントロールできるようにしませんと自他に危害が及びます。」
「まったくだな。宰相閣下や陛下にはお話ししたのか?」
「いえ、まだです。宰相閣下とは午後にこの件で話し合う予定です。モンジェリン卿のご協力が不可欠なので、最初に話を持ってきました。」
「そうか。貴公には借りもあるしな。この件、このユーリ・モンジェリンがしかと承った!」
モンジェリン卿は胸を叩いて、豪快に笑い声をあげた。
「このワシの目が黒いうちは、どの諸侯であろうとおかしな真似はさせん。大船に乗ったつもりで任されよ。」
「ありがとうございます。モンジェリン卿のご協力が得られれば、成功したも同然でしょう。」
こうして、うまい具合にモンジェリン卿との協議が成立した。
そして、午後。今度は宰相閣下との談判だ。
宰相のアルディア・サイヴス・ハルア・コンカーヴ卿はケモ耳も尻尾も動かさず、平常心のまま私の説明に耳を傾けてくれた。
「ほほう。モンジェリン卿は協力してくれると申したか。」
「はい。ですので、命令として発令された後も一定の実効性が担保されたのではないかと、愚考します。」
「ふむ…。気になるのは西の方だが…。アーディアス卿、アンブローズ辺境候に事のあらましを伝える書状を書くのだ。」
「義父に──もとい、アンブローズ辺境候に?」
私は少し意外な話に思えた。
「北と南は王家の方で睨みが効く。東はモンジェリン卿がやり遂げるであろう。西はモンジェリン卿の影響力も、いまいち薄い。王家の目も行き届きにくい。だがアンブローズ辺境候ならばな。」
「確かに、彼は西の国家の鎮護ですものね。西で彼に逆らえる者はいない。すぐに書いて早馬で送ります。」
「うむ、そうしてくれ。それが届いて読んだ頃を見計らって、陛下から王命が発せられるようにする。その後は貴卿の計画通りに進めよ。」
「はい。」
その後、特別教育プログラムの進捗状況や教師の募集状況などについて報告し、宰相府からもいくらか教師向きの人材を派遣してもらえることになった。
「有能な人材を次々と見出すそなたの計画を、陛下は非常に気に入っておられる。期待を裏切るな。」
「畏れ多いことでございます。必ずや御意のままに。」
私は宰相閣下に一礼すると、宰相執務室を辞去した。
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