199 工場見学(後編)
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
セメントとアスファルト工場の中は騒がしい。そして埃っぽい。
石や砂、粉末にした石灰岩などを混ぜ合わせているのだから仕方がない。可能な限り騒音と粉塵の発生を防止しているが完璧は無理だ。
そこで、ここで働いてもらう労働者たちには、粉塵を防ぐマスクとメガネを用意した。
セメントの粉は強アルカリだから触ると肌が焼けるし、未精製のアスファルトは硫黄酸化物などを含むので大量に扱う場では取り扱いに注意が要る。
なお、他の工場群でもツナギの作業着と厚手の手袋を用意して、ヘルメットを着用してもらっている。
未来永劫に無事故ということはあるまいが、だからと言って対策しなければ事故が多発し、作業効率は低下、貴重な人材も失うことになる。
「これは体に悪いのか?」
「埃っぽい所に居ると肺を病みます。それとセメントの粉は目に入ると危険です。」
「そんなものを作って、安全なのか?」
「適切に使えば問題なく、便利なだけです。わざと吸ったり、他人にぶっかけたりしてはいけません。」
「正しく使わねば危ない。剣と同じですな。」
将軍たちの質問に答えながら、工場施設内部をめぐる。
隣のセメント工場では石灰岩・粘土・珪石などの粉末を混ぜて焼成する炉がある。
この炉はセメント製造だけでなく、その過程で発生する二酸化炭素を回収してソーダ灰生産工場に送っている。炉の余熱はセメント材料とアスファルトの骨材の乾燥と予熱に使う。
ここでもなるべくエネルギーと資材を無駄なく使うのを徹底した。
効率化の問題もあるが、なにせ流通のための技術が未発達なこの世界では『ものを運ぶ』というのは相対的に高くつくのである。
運んできたものは少しでも無駄なく使いたい。
「大量に生産されていて、驚くばかりだが、原料は足りるのか?」
「はい!大量に確保する目処を整えて、取り掛かっておりますので、その点は心配ご無用です!詳しくは提出した資料をご覧ください!」
アスファルト舗装材が出てくる場所は、どうしても騒音が大きい。
質問する側も答える側も声が大きくなってしまう。
最初、産出量を心配したアスファルトだったが、想像以上に大きな天然アスファルトが湧く場所が数カ所あった。おかげで当面はアスファルトの供給を心配しないで済みそうだ。
将来的には石油化学コンビナートも建設できるかもしれないが、そのためには解決すべき課題が多い。
セメントの素材もアスファルトの骨材も、国内で十分資源を賄えたのはありがたかった。
ここで調整しようかとも思ったが、運搬の効率化を考えると鉱山のある現地で基本的な調整を済ませた方が良いと考えた。そのため、粉砕と粉末化の工場は現地に建設した。
これにはモンジェリン公を通じて、各地の貴族に協力してもらうことにした。
小さくとも、現地に新しい産業と働き口ができるのは悪い話ではないので、思ったよりも協力的であったのは助かった。たぶんモンジェリン公の政治力もあったとは思うが。
「このセメントというのは何に使えるのだ?」
「これは建設材料です。頑丈な建築物を作れます。」
「漆喰に似ているな。」
「あれよりもはるかに頑丈な建物ができます。あちらをご覧ください。」
私はアスファルト工場とセメント工場の間にある空き地を指差した。
そこにあるのは数本のセメントで作った柱だ。太さは15cmから30cmほどのものまである。
その傍らには大きなハンマーを置いてあった。
「このハンマーで、このセメントの柱を叩いてみてください。」
「力自慢の者なら、細い方ならば一撃で砕いてしまうぞ?」
「そうかもしれません。ではやってみてください。」
私がそう言うと前に進み出たのは、案の定ゴーデス将軍だ。金竜騎士団を率いる猛将である彼は、獣人種のナハムであることもあって常人離れした膂力を持つ。
「では、破片が飛び散らないように…“護りの楯よ、ここに。”」
私は“物理障壁”の魔術を使い、自分と他の将軍たちを守る。ゴーデス将軍には面頰を渡して身につけてもらう。
「ふむ、では試させてもらいますぞ。」
肩を回して、ハンマーを手に取った彼は狙いをつけると、次の瞬間には打ち掛かっていた。
ガギンッ!と激しい衝突音とともに火花が散る。普通の人間がこれを受ければ、体がくの字になってひしゃげるだろう重い一撃だ。
15cmある柱の、ハンマーが打ち付けられた部分は砕け、反対側にまでヒビが入った。
しかし、柱は折れなかった。
「むうっ!?これは…。」
「あ。さすがにゴーデス将軍相手では割れてしまいましたね。」
「アーディアス卿、この柱は一体…?」
ゴーデス将軍は面頰を外すと、怪訝な顔つきで、目を細めて自分が打ちかかった柱を観察した。
その砕けた部分からは鉄筋がのぞいている。
「セメントに砂利を混ぜて固めると、セメントだけよりも硬くなります。それだけでは硬くても脆いので──」
私は割れた柱の砕けた部分を少しほじって、中の鉄筋がよく見えるようにした。
「このように、鉄の棒を入れるとさらに強化されます。」
柱をこのように叩かれた場合、叩かれた面には圧縮の力が、反対側には伸張する力が働く。
ただのコンクリートの柱なら、圧縮する方には耐えられても伸張する力に弱いのでパッキリと折れてしまう。
鉄筋は圧縮する力には弱いが、伸張する力には強いので折れるのを防ぐことができる。
この場合、ゴーデス将軍の力が並外れて強いのでハンマーが当たった部分は砕けてしまったが、それでも割れただけで折れはしなかった。
ゴーデス将軍が怪訝な顔をしたのは、これまでの経験ならば柱は折れて吹き飛んでいたからだろう。
「俺にもやらせてくれ。」
血が騒いだのか、バーナード将軍もハンマーを手に取った。
もちろん、結果は大差無い。
「ならば、魔術ならどうですかな?」
そこでニームス将軍が前に出る。彼は無傷の直径30cmの柱の前に立ち、印を結んで集中する。
周辺の気温が下がり、彼の足元に白く霜が降りた。
(やばっ。本格的な攻撃魔術が飛ぶ。)
私はとっさに、ややランクの高い魔法防御魔術を展開した。
「“霊妙なる霊素の帳を幾重にも重ねん。柔らかき霊素の薄絹は剣の刃を包むものなり。”」
一瞬、私の魔術が早かった。周辺に薄い虹色の幕がかかる。
「“冷たき蒼氷の流れ、山をも削り去る硬く、険阻な極北の氷塊よ!ここに在れ。落ち、砕け、我が眼前の障害の一切を打ち砕け!”」
ニームス将軍が持つ細剣の先に氷の塊が浮かび、瞬く間にそれは長さ2m、直径50cmほどの氷の柱になった。
完成するやいなや、それは真っ直ぐに目標とされた柱に直撃した。
バキンッ!と激しい衝突音と、視界を防ぐほど白い煙と魔法の氷のかけらが飛び散った。
それらは虹色の幕に受け止められて、消滅してゆく。
煙が晴れると、倒れてはいたが、砕けてもいないし、割れもしていない柱が見えた。
それにニームス将軍以外も驚きの表情を見せる。
「なんと!これは…感服しました。」
「ダルトン…いや、アーディアス卿。貴卿はとんでもないものを作ったな。」
「もう、お気づきだと思いますが、大きな建造物、例えば頑丈な要塞や防壁が作れるようになります。」
私は、内心でホッとした。まだ魔術による攻撃への耐久性は検証中なのだ。
バーナード将軍はこれを前に腕組みして思案していた。彼が率いる白金竜騎士団は拠点防衛。気にならないわけがない。
「これを、自在に造れるわけなのだな?どんな形のものでも。」
「もちろん。現地で調達するのは水ぐらいですよ。できれば砂利もあれば良いかな?」
「これまで、前線で陣地を造るときはせいぜい土塁か木柵、そこの魔法的な防御をしていた。石材を使った頑丈な防壁は難しい場合が多かったが、これがあれば魔術師がいなくても工兵だけで強固な陣地が造れるぞ。」
「斥候による現地調査の負担が増しそうですが、魔術師を増やす困難さと比べれば問題ではありませんね。」
鉄鋼とコンクリート、現代の現実地球でも必須の軍需物資でもある。
これを他国に先んじて実用することの意味は大きいはずだ。
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