198 工場見学(中編)
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
「財務大臣のヴェッドン卿との取り決めで、生産した鉄鋼は国庫に全て納めます。その後、必要に応じて分配・売却などの流れです。ですので軍で必要な分を見積もって申請し、認められれば配給となるはずです。」
「それはまた、どうして?」
「万が一、大量の鉄鋼が軍を通じて市場に出てしまいますと、鉄鋼の市場価格が暴落してしまいます。そうすると、鉄鋼生産を主要産業の一つとしている北方諸国と我が国が敵対関係になってしまいます。」
部下の装備を良くしたいのは、どの将軍達も同じ。
だから資金も提供してくれたのだろうが、それは国庫から出た公金だ。銭勘定に関しては財務大臣のヴェッドン卿の意見を尊重することにしている。
北方諸国のことは王妃殿下との約束もあるが、分配については一度財務省を挟んで公平性を確保してもらう。
そもそも近衛五軍の各騎士団の間で鋼材の取り合いなんかになったら、そちらの方が遺恨を残しそうだ。
「それはマズイ。」
「北と東を同時に相手にはできんな。」
「官給品か。相場に悩まされないで済む分、会計がホッとしそうだ。」
そこで笑いが起こる。
「まだ他にも見ていただきたいものがあるので、こちらへ。馬車をご用意してあります。」
私は将軍達を転炉のある精錬工程の建屋を出て、反対側の道に出る。
まだ真新しい、黒いアスファルト舗装の道だ。幅10mほどのそれは、工場群の敷地内をぐるりと一周する。もちろん輸送・移動のための道だ。
軍の工兵達だけでなく農務省の土木技術者にもアスファルト舗装技術を習得してもらうため、この工場群敷地内のメイン道路の舗装を実際に施工してもらっている。
その上で待っているのは、もちろん軸受けとゴムタイヤを装着した改良車輪を使った馬車だ。
「おおっ!?これは…?」
「素晴らしい。これが未来の街道の姿なのか!」
「歩きやすそうで、兵も馬も消耗が少なくて済みそうだ。」
「兵站の輸送も、悪天候後のぬかるみで止まるなど過去の話になるでしょうな。」
初めてアスファルト舗装された道を見た将軍達は驚きの声をあげた。
皆、地面を手で触ったり、走ってみたり、ジャンプして確かめている。
「アーディアス卿、これが本当に東街道を覆うのですか?」
「もちろんです。東街道だけでなく、南も、北も、すべての主要街道をこれで舗装しますよ。舌を噛みそうな酷い振動や、ぬかるみにハマって動けないなど、過去の話になります。」
「今すぐにでも取りかかって欲しいぐらいだ!」
拠点防衛がメインの白金竜騎士団を除けば、他の騎士団は移動が多い。その白金竜騎士団のメンバーでさえ、他の騎士団との合同任務で遠隔地に派遣されることは決して珍しくない。
主要街道の舗装について強い関心が持たれるのは当然だった。
「どれくらいの期間で実現できるのだ?」
「作業員が50人いれば、1日当たりでおよそ100m舗装できます。」
「かなり早い。」
ヴィナロス王国の主要街道は広めで、およそ幅15m。その理由は通行量が多いこともあるが、軍道でもあるからだ。
軍隊の移動は可能な限り速く、兵が疲れないように造る必要がある。道路建設というのは軍の一大関心事なのだ。
ヴィナロスに限った話ではないが、道は主要な道と言われるようなものでも幅5m程度が普通であり、枝道ともなれば幅2mぐらい、人間が歩くのに苦労しない程度ほどの幅1m前後の道も珍しくない。
前近代のレベルであるこの世界の道は、現代の現実地球のそれと比べて貧弱なのだ。
「道はここが終われば、宮殿でも工事を始めます。とにかく今は、この新しい舗装技術を身につけた技術者を一人でも多く育てている段階です。さ、こちらへ。」
「これが…。」
将軍達から感心したような声が漏れた。
「はい。改良車輪を装備した馬車です。この人数を普通馬2頭だけで運びます。それに、乗り心地は快適ですよ。」
「どれどれ、これに乗れると聞いていて楽しみにしておったんだ。」
上級将軍のカステル卿が嬉しそうに一番最初に乗り込んだ。続いて軍務尚書のフィグレー卿、白金竜騎士団のバーナード卿、金竜騎士団のゴーデス卿、銀竜騎士団のニームス卿、赤竜騎士団のルーデス卿、青竜騎士団のカーンブリッズ卿が順番に乗り込み、最後に私が乗った。
8人乗りで、しかも軍関係者はバーナード卿やゴーデス卿に代表されるように大男が多い。さらに御者がいるのだ。
「では、参ります。」
御者が一言告げると、馬車は最初ゆっくりと、そして軽やかに動き始めた。その速さは普通の馬車のそれと遜色ない。
「おおっ!これが改良車輪の力か!」
「本当だ。ほとんど揺れないぞ。」
「道の表面が平坦なのもありますが、タイヤで衝撃を吸収し、さらにサスペンションで揺れを緩和しています。」
「うちの馬車に、すぐに取り入れたいぞ。」
「いやいや、輸送隊が先だ。気持ちは分かるがな。」
「これが広く使えるならば、物資や兵員の輸送がこれまでと違ってくるぞ。」
今は車軸上にサスペンションをつけた車軸懸架方式だが、馬車は速度も遅いから当面はこれで間に合うだろう。それに部品が少なくて済み、構造が単純なだけ頑丈なこのタイプの方が、まだこの世界の実情に合っているはずだ。
将来は独立懸架方式なども登場するだろうが、それはこの世界の後代の人々に任せれば良い。
ほどなく、工場群の中で精錬工程の建屋に次いで完成したアスファルト工場とセメント工場の前に着いた。
「これは、一体?」
「ここが、体験していただいたアスファルト舗装道路の舗装材の製造工場です。」
私はいくつもの大型のサイロが立ち並び、高い煙突のある工場を指し示した。
アスファルト工場には骨材となる砂と砂利・アスファルトなどを貯めておくサイロ、骨材を加温して乾燥させる装置、アスファルトを加熱して液化させる装置、そしてそれらを混ぜる大型のミキサーがある。
ミキサーの下には道が通されており、ミキサーから直接輸送用の馬車の荷台に積み込めるように工夫されている。
もし、すぐに使わない場合は保温ができる一時貯蔵施設に運ぶのだが、それはまだ完成していない。
骨材を加温・乾燥させる装置には隣に建てたセメント工場の排熱を利用しており、無駄が少しでも無いように配置に苦心した。
加熱や保温には、火属性の魔術技師たちによる“温度上昇”の魔術を永久付与した。
電気による温度のコントロールができないので魔術に頼ったが、状況に応じた調節ができないので今後の課題だ。それでも魔術があるおかげで、さっさと工場を設計できた。
「注文に応じてアスファルト舗装材を生産します。腐るものではありませんが、冷えてしまうと固まって使えなくなりますから。」
「遠くに運ぶ場合はどうするのだ?今は良くても、将来は現場が遠くなるのだぞ?」
「はい。保温できる大型輸送容器を魔術道具として開発してあります。さしあたり主要道路を1日で舗装できる分を運べるだけ用意しました。」
カステル卿の質問は、私も最初に考えたことだ。
将来、需要増によって工場が各地に建設されれば問題が解決するかもしれないが、さしあたってはこうした道具を作って解決することにした。
これがとりあえず素材を混ぜて作れば、現場で水を加えてこねるセメントと違うところだ。
私は防塵メガネとマスクを将軍達に手渡して身につけてもらうと、内部へ案内した。
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