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197 工場見学(前編)

本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

 この日、工事現場は普段よりも緊張感があった。

 大将軍のカステル卿以下、近衛五軍の将軍たちと軍務尚書など、軍の最高幹部が全員揃って視察に来ているのだ。

 軍の今後に関わる大事業だし、かなりの資金をこのために融通してもらっている。最高責任者たる将軍達が一度も見たことがない、というわけにもいかない。

 軍事的緊張が高まってはいるが、こうした視察をするなら今しか無いだろう。

 やはり関心が高いのは、武器や防具・兵器の主要な素材になる鉄の生産設備である。


「この塔のような建築物は『高炉』と言いまして、ここで鉄鉱石と石灰岩を砕いて混ぜて焼いたものに、水素を吹き込んで燃やして溶かし、銑鉄(せんてつ)を作ります。」


 高炉はすでに予定の1/3ぐらいの高さにまで達している。

 私の説明に、ほお〜っと、感嘆するような声が上がった。

「どれくらいの量の鉄ができるのですか?」

「当面の目標は日生産量30トンです。わかりやすく例えると、騎士団の重装歩兵の鎧一式で1500人分の換算です。」

「1日でか!」

「なんという量だ。鉄が不足するなど、もはや考えられぬ。」


 もちろん、なかなか良い質問も出る。


「北方で行われている反射炉との違いは?」

銑鉄(せんてつ)の生産方が完全に異なります。あちらは石炭やコークスの燃焼させ、その輻射熱で溶かし、また発生した一酸化炭素で還元します。そして含まれる炭素濃度の違いを利用して純度の高い鉄を取り出します。」

「ほう、それでこちらは?」

「こちらではあらかじめ鉄鉱石と石灰岩を砕いて混ぜて焼いたものに、水素を吹き込んで還元します。その反応熱で鉄を溶かし、同時に還元して銑鉄(せんてつ)を得るのです。溶けた銑鉄(せんてつ)は炉の一番下に溜まり、それを炉の底から取り出します。不純物は鉱滓(スラグ)となって上に浮くので、脇に開いた穴から取り除きます。」

「なるほど、効率が段違いになるわけだ。」


 質問した軍務尚書のフィグレー卿は納得したように頷いた。

 続いて浄化した水を電気分解する魔法道具の水素・酸素生産装置の実物、作った水素と酸素の貯留タンクを見てもらう。

 この設備は爆発の危険性が比較的高いので他の工場群からは少し離してあるし、万が一爆発事故が生じた際に備えて防壁を設けてある。


「危険なものなのか?」

「万が一漏れて、そこに火がつくと大爆発します。そのため灯りはすべて“灯火”による魔術灯とし、火気の持ち込み・使用は厳禁です。」

「爆発?」

「少なくとも、この工場は消し飛んでしまうでしょうね。そして、まず製鉄所とアンモニア工場が止まり、続いてソーダ灰工場が止まって、ガラス瓶の生産工場が止まります。」


 怪訝な顔で質問を振ってきたアーノルドの顔が引きつった。

 水素も酸素も純度の高い形で得ようとすると、意外と大変だ。

 水を電気分解するのは簡単だが、その状態では水素と酸素が2:1で混ざった気体、いわゆる爆鳴気、より厳密に言えば水素爆鳴気になる。これを分けるのが難しい。

 これを、水素と酸素、それぞれを取り出す“浄水作成”の魔術を改変した魔術で分離して、ほぼ純粋な水素ガスと酸素ガスの生産に成功した。

 魔術が無ければ、この装置の開発だけで少なくとも数年を要したはずだ。この世界に魔術があって助かった。


 水素を運ぶパイプは頑丈でなければならないが、水素は鋼を劣化させる。

 そのため、軟鉄で内張りした特製のパイプを作って何度も試験した。漏れは無いか水中に沈めて継ぎ目の埋め方を研究もした。

 耐久性が増すよう、すべてのパイプに“保護”の魔術を永久付与(エンチャントメント)したので、この水素プラント自体が大きな魔法道具同然となった。

 部下の魔術技師達に、少々無茶なスケジュールを課す結果となってしまったのは反省点である。その分、年末の給金に上乗せすることにしている。


 酸素も強い酸化力を持つから、ただの鉄管パイプでは心もとない。そこで内側にだけ金メッキした。

 金はほぼ反応しないので、理論上は鉄パイプの内側がほぼ錆びなくなるはずだ。

 本当はステンレスを開発したいのだが、まだ手についていない。

 ケイトによると“どうにも溶けにくい鉄鉱石がある”とのことで、それがステンレスの原料になるクロム鉄鉱ではないかと思っているが、研究が後回しになっている。


 実は酸素と水素をどう保管しようかと、私は頭を悩ましていた。

 現実地球では圧縮して、冷やして、液化するのだが、そのような技術はこの世界に無い。

 だがアーノルドに防御系魔術に関するレクチャーをしていて、唐突に名案が浮かんだ。

 これだ!と喜んだ私だったが、忙しさのあまりおかしくなったのかと、アーノルドから心配された。


 “物理反射”という防御系の魔術がある。

 これは何をしているかと言うと、働いた力の向きを反転させている。剣筋が逸れたり、矢が跳ね返るのもそのためだ。

 これを容器の中に働かせたらどうなるか?

 私は紙で作った袋の内側にこの魔術を永久付与(エンチャントメント)して、ふいごで空気を送り込んでみた。

 普通なら、内側からの力に耐えかねて紙袋は破裂する。

 しかし、この袋は破裂しなかった。“物理反射”の魔術の効果により、力が反転して耐えられる範囲まで保ったのだ。

 その後は、使う素材と込められる魔力量でどこまで持たせられるかを調べ、水力を使ったピストン装置などと組み合わせて実用的なボンベを開発した。減圧装置も開発した。

 もちろん、ボンベは十分に圧力に耐えられるようにしてある。

 現状では50気圧が実用上の限界だが、将来は100気圧を目指したいところだ。


 続いて、転炉のある建屋に移動し、精錬工程を見てもらう。

 中に入ると、ムワッと熱気を感じる。

 もうこの精錬工程は動いている。

 5トンの鋼を作れる転炉はまだ建造途中だが、その実験として作られた、より小さな転炉がいくつかあり、それを使って必要な軟鉄や鋼が製造されている。

 この小さな転炉は今後も少量の特殊な鋼の生産用に使われる予定だ。


「おお、これが!」

「はい、これが製鉄所の心臓部の片割れ、転炉です。銑鉄(せんてつ)はここへ運ばれ、転炉で鋼に変わります。」


 将軍達は壮観な眺めに驚いたようだった。

 ここはヴィナロス王国の機械製造技術と魔術と錬金術の粋を集めた施設だ。

 転炉のある建物と諸設備は一番最初に造られ、北方諸国から仕入れた錬鉄を精錬して必要な鋼材を作り出している。


「本当は、ここで連続して鉄板や棒材・パイプなどにまで加工したいのですが、そのための技術がまだ無くて。」

「アーディアス卿はそんなことも考えているのですか?」

「そうすれば、鍛治師たちは製品の加工だけに専念できるでしょう。工程がひとつ減って、生産性の向上が見込めます。」

「確かにそのとおりだ…。」

「これについても技術開発を近いうちに。今はとりあえず、工場群の稼働と生産を軌道に乗せる方を優先しています。」


 その後、ここで作った鋼材の分配や利用について少し議論が交わされた。

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