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193 利害があるどころの話じゃない

本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

「やっかいな事になったなぁ。」


 小さな声でつぶやくかたわら、決済を待つ書類がバサリと音を立てて置かれた。


「それはそれで、今日中にこっちの書類はサインしてくださいね。」

「慈悲が無い。」

「事務仕事に、慈悲も、へったくれも無いですよ。」


 秘書官のアンドレは容赦が無い。

 私があれこれと手広く始めたせいで事務仕事が飛躍的に増えたので、彼も忙しいのだ。とっくにワーク・ライフ・バランスなど崩れてしまっている。

 今いる人員をやり繰りして事務処理を担当する職員を増やしたが、それでも書類が多い。

 “暗愚王”アーベル2世の時代の反省から、ヴィナロス王国では徹底した文書主義が採られており、書類の量が多いのだ。

 これが現代の現実地球ならIT化で効率的に処理するだろうが、そんなものが無いこの世界ではペンで紙に文書を書き、それを人間が持って提出し、それをペンとハンコで上長が決済するのだ。

 書類はアンドレがあらかじめ仕分けして、絶対に私が目を通さないといけないものだけを渡してくれているので助かる。


「秘書官君、ちょっといい?」

「何でしょう?」


 彼はこちらに視線もよこさず仕事に没頭している。私も書類から顔を上げずに話しかけているので、おあいこである。


「王妃殿下からお呼びがかかってるんだけど、空いてる時ならどこに入れても大丈夫だよね?」


 途端に、秘書官のアンドレの首がギギギ、と音がしそうな感じで私の方を向いた。


「閣下、今度は何をやらかすんですか?」

「やらかすとは失礼な。」


 私は書類から顔を上げて彼を見た。


「表向きは“自然哲学のサロンで霊素術をテーマにしたいと考えているので、相談に乗って欲しい”だ。」

「表向きってことは、真の理由は何ですか?」

「たぶん製鉄のことだ。」


 私の答えに、アンドレは納得がいったと言わんばかりに頷いた。


「なるほど。そりゃあ、お呼びがかかるでしょうねぇ。フォッセベーク家の宗家はスーミット社の大株主ですし。」

「そうなの?」

「知らなかったんですか?」

「恥ずかしながら、今知った。」


 アンドレは小さくため息をつくと、説明してくれた。


「スーミット社が5年前にヤー=ハーンから北方に移転したのは、さすがにご存知ですよね?」

「そりゃあ、もちろん。」


 金属の精錬・冶金などで名の知れた企業・スーミット社は5年前までヤー=ハーン王国に本社と主要工場を置いていた。

 しかし6年前に株式を発行して資金を集めると、北方に精錬工場を建設した。

 事業拡大か、と思われたのもつかの間、スーミット社は本社機能を北方に移すと発表。ヤー=ハーン王国内の工場を順次操業停止して人員を北方に送り、ついに2年前に完全に移転作業を終えた。

 ヤー=ハーン王国には、貴金属などの買い付けのための営業所を残すだけになった。


 もちろんヤー=ハーン王国からすれば、名の知れた大企業の完全撤退など国内経済上の大失点である。

 工場で働いていた職人たちなども引き連れての移転だから、技術的にも大損害である。

 これはヤー=ハーン王国の経済的凋落を決定付けたとも言われているし、あるいはヤー=ハーン王国の経済の凋落を象徴する出来事とする人もいる。

 どの視点に立とうが、スーミット社はヤー=ハーン王国から出て行った事実には変わりない。

 ケイトの国外脱出にヤー=ハーン王国の妨害が入るかも、と慎重に事を進めたのにはこうした背景があった。


 そこで、6年前に発行した株式の多くを購入したのがフォッセベーク家一門だった。次いで商業都市フィーチェの大商社・ドマルディ商会。

 フォッセベーク家の中でも宗家は特に買い入れが多く、この時発行された全株式の1割ぐらいを手にしているという。


「そう言えば、フォッセベーク家宗家の当主の弟がスーミット社の副社長だったっけ。」

「そうです。何だ、知ってるじゃないですか。」


 これは王妃殿下の兄弟が名の知れた金属精錬大手企業の副社長、とうわけだ。

 利害があるどころじゃない。直接、損するか得するか、の話である。


 スーミット社は貴金属の精錬を中心にしていた業務内容を移転に合わせて変更し、株式発行で得た資金を元に多くの反射炉を築いて製鉄業を中心軸に据えたのだ。

 以前からの貴金属の精錬・冶金も続けているが、その経験を生かした鉄製品の質は評判が良い。

 実を言うと、ヴィナロス王国で建設中の製鉄所の転炉などの重要な部分は、このスーミット社が生産した鉄を使う予定でいるのだ。

 

 さすがにスーミット社の財務状況がどうなっているかまで私は知らないが、そこまでの多額の投資が数年以内に返済が終わっている、とは思えない。

 株式の配当だってあるだろう。

 そこが潰れたらどうなるか?

 スーミット社の社員が路頭に迷うどころの話ではない。北方の経済が少なからぬ打撃を受けるだろう。


「財務大臣のヴェッドン卿と産業大臣のガロベット卿に相談したくなってきた…。」

「相談しても、どうかなる規模じゃないと思いますよ。」

「王妃殿下に何とかご理解いただくしかないな…。あとはスーミット社をうまく抱き込むかだ。」


 私は頭を抱えた。

 まさか、足らない鉄鋼材を自前で賄うために始めた計画が、こんな影響を及ぼすとは想像もしなかった。


「結果はどうあれ、王妃殿下のお召しを断るわけにいきませんね。日程、候補をいくつか挙げておきますね。あとは閣下の奥様によろしく。」

「ああ、頼む…。」


 私は目の前の書類をやっつけながら、王妃様にどうやって納得いただくかを考えていた。

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