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192 王妃様からのお召し

本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

 妻のマリアは公爵家夫人として、あちらこちらのサロンや夜会から招待がかかる。

 そして時間の都合のつく限り、ご挨拶に上がったり、多少のスピーチや歓談などをする。

 正式(フォーマル)な夜会ならば私と一緒だし、女達ばかりの気兼ねないサロンのためマリアだけ、と言うこともある。

 そんなある日、屋敷に戻ると夕食の席でマリアから『ある話』を聞かされた。


「王妃殿下のサロンなのだけど。」

「うん?どれだろう?あの自然哲学の?それともバラの会の方?音楽家や文学者を集めてる文芸の会かな?」

「自然哲学のよ。」


 ヴィナロス王国の王妃殿下こと、ルイーズ・フォッセベーク・ド・ヴィナロス王妃殿下は、もちろん現国王ガイウス・ガルダーン・ド・ヴィナロス陛下の妻である。

 ルイーズ王妃殿下は3つのサロンを主催している。

 その内、バラの会と文芸の会は先代以前からの引き継ぎなのだが、自然哲学に関するサロンはルイーズ王妃殿下ご自身が立ち上げられた。


 自然哲学とは、現実地球でも過去に実在した学問分野で、大雑把に言えば現代で言うところの自然科学の範疇に入る。

 自然科学というのは、数学・物理学・化学・天文学・地質学・生物学などの自然そのものを対象にする科学の分野と、その応用学問領域である医学・工学・農学なども自然科学の範疇に含まれる。

 一般的に科学と呼ばれる分野だと考えれば、だいたい合っている。

 なお、魔法が実在するこの世界では、最寄りの異世界である霊素(エーテル)界の研究や魔術・錬金術なども自然哲学に含まれている。魔法は宗教やオカルト扱いではないのである。


 ルイーズ王妃殿下は学問・芸術共に造詣が深く、ヴィナロス王国における文化・芸術・学芸活動の中心人物だ。

カミーユ・キャストレット・ド・ヴィナロス王太子妃殿下がアントニオの妻として白羽の矢を立てられたのも、勉学・魔術・武道の訓練が好きな彼女は将来の妃としてふさわしいとの、ルイーズ王妃殿下の声が大きかったと風聞に聞いている。

 ヴィナロス王国は北側に(ドラゴン)、南に獣人種の領域と、およそ人間にとって不安定な地域でありながら武道ばかりの脳筋国家にならずに済んだのは、ルイーズ王妃殿下のような高位の王族が2〜3世代に一人は必ずいた影響が大きい。アーディアス家の存在も微力ながらあるだろうが。


 で、ルイーズ王妃殿下が主催するサロンに招かれるのは大変に名誉なことだ。

 内容に興味が有ろうが無かろうが、貴族家の紳士淑女、ほか音に聞こえる名士・学者・魔術師・芸術家たちはお招きにあずかればいそいそと出かけるわけだ。

 マリアもその一人なわけだが、彼女は割とそういう話が好きなので内容をメモったものを見せてくれたりもする。

 貴婦人のサロンだから温いということは無い。意外に尖った最新研究が取り上げられることがあり、下手な大学の講義より刺激的かもしれない。


「その自然哲学のサロンに、王妃様から“近々、霊素術に関するテーマを扱いたいと思っているのでアーディアス卿とご相談したいのだけど、あなたからお話しくださらない?”と、言伝を頼まれたの。」

「へえ…って、ごほっ!ごほっ!げふんっ!」


 私は思わずむせた。


「ごめん、粗相を…。」


 私は口元をナプキンで拭った。


「続きを話しても大丈夫?…あなた、忙しいようだし、どうしても無理そうなら、そうお伝えするけれど。」

「いや、大丈夫だ。実はアントニオから王妃殿下からお招きがあるかも、とは聞かされていたんだ。」

「あら、そうだったの。じゃあ、都合のいい日程を教えて。お手紙でお返事申し上げておくわ。」

「わかった。手帳でスケジュールを確認する。」


 ルイーズ王妃殿下からの“ご相談”はマリアからの伝言どうりのものであるはずがない。

 アントニオから聞かされていた、製鉄に関する事柄に決まっている。

 少なくともルイーズ王妃殿下は、鉄鋼生産の劇的な拡大が何を意味するかを理解できないボンクラではないのだ。


(どこから、どんな風に説明したものか。ゴルデス卿とも相談したいが…時間が取れるかな?)


 私はその後の夕食の味を覚えていない。




 昨夜のうちに密かに急使を外務大臣のゴルデス卿のもとに出していたので、翌朝に面会がかなった…というか、ゴルデス卿の出仕の馬車に同乗させてもらったのである。

 “防音”の魔術を使い、外に会話が漏れないようにして例の話をする。


「もっと早くにお話しできれば良かったのですが、貴卿の職分に関わる話になってきたものですから、ご相談しておきたくて。」

「いやいや、よくお話しくだされた。王太子殿下からあらましを伺っており、議事録も一度目を通していたのですよ。アーディアス卿はさすが、よく知恵がお回りになる。」

「とんでもない。職分をわきまえず出過ぎたことを言いました。」


 ガタンガタン揺れる馬車の中、私とゴルデス卿の間でどう王妃殿下にお話ししたものかと話し合う。


「私の理解するところ、製鉄の勢力図がひっくり返ってしまうような新技術が我らの手の内に有り、それをどう分配するかの問題ですよ。」

「はい。それを王妃殿下にお預けして大丈夫か?ということになるわけですね。」

「左様です。まず、ご実家のあるジルク王国に悪いようにはなされますまい。」


 ジルク王国はヴィナロスと国境を接する北方の諸王国のひとつで、ルイーズ王妃殿下の実家・フォッセベーク家の宗家がある。

 宗家があれば分家があるわけで、その分家は北方諸国にいくつもある。

 それぞれが北方の諸王国の王族や有力貴族・地元の商工業ギルドとつながりがあるのだ。当然、その影響力は非常に強い。


「あえて新技術を秘匿せず、わが国と協力する国にだけ提供する。なかなか良い着眼点です。特に相手の既得権益を奪わないという点が素晴らしい。」

「ええ、すでに製鉄産業で経済的な基盤を持っている地域を破壊したいわけではないので。」

「これはお世辞抜きで申し上げるが、そうした視点を持てるのは実に好ましい美徳ですぞ。」

「ゴルデス卿にそう言っていただけるとは恐縮です。」


 そこでゴルデス卿の目が光った。


「ただ、ひとつ足りませぬな。おそらくそのご様子では意図してはおられますまいが。」

「何でしょう?」


 ゴルデス卿は説明する。


「製鉄技術に関する不均衡ですよ。我が国の新技術が導入された国は飛躍的に鉄の生産が増えて栄え、従前の技術のままの国は衰える…。」

「はい、そうなるでしょうね。」

「もし我が国が新技術を独占していれば、それを知った北方諸国が連合してヤー=ハーンと軍事同盟を結んで北から攻め入る、というシナリオは十分にあり得ると考えます。それだけの重要性がこの技術にあります。」

「やはり…。」


 ここまでは私の予想と同じだった。


「しかし、王妃殿下を通じてわが国への不可侵を約した国だけにその技術が行き渡れば、その後はは北方諸国間での争いになります。遠くの国より、隣の国の方が商圏が重なり合うことが多い分、利害対立が起きやすい。」

「つまり、わが国に矛先が向かわないと?」

「ご理解が早くて助かりますな。北方に関しては軍事よりも婚姻と政略による搦め手で和平を保っておりますが、そこにこの新製鉄技術というわかりやすい『旨味』が加わるのは、わが国にとってあらゆる面で大いに力となるでしょう。」


 ゴルデス卿は笑顔だった。


「では…。」

「ルイーズ王妃殿下には忌憚なくお話しくださって問題ありませんな。そもそも、それは実用化への目処が立ったところなのでしょう?」

「いえ。近いうちに、そのまま産業用への転用を前提とした実証炉の建設に取り掛かります。」

「何と!もうそこまで。ならば、空手形になる心配もありませんな。結構、大変に結構ですぞ。」


 話が終わる頃に、私が同乗したゴルデス卿の馬車は宮殿の門にたどり着いた。


「では、良い結果を期待しておりますぞ!」

「ありがとうございます。」


 馬車から二人で降り立ったのに、周囲は少し驚いていたが、すぐに多くの外務官僚に取り巻かれたゴルデス卿は見えなくなった。

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