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191 改良車輪

本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

 アスファルト舗装施工は、正午の30分ほど前に終わった。

 この後、産業大臣のガロベット卿と軍務尚書のフィグレー卿と昼食会だ。舗装試験のおこなわれた、すぐ近くの部屋に席が設けられている。

 アスファルト舗装は冷えて固まるまで待たねばならないので、その間がちょうど昼食になるように、と時間配分されていたのだった。

 昼食会中の話題は、自然、この舗装と改良車輪こと軸受(ベアリング)とゴムタイヤが装着された車輪の話になる。


「その、ゴムの“タイヤ”を使った改良車輪の開発の最新状況は?」

「昼食会後に実際に試乗できるように、試乗機を作りました。お二人にはそれで体感していただきたく。」

「おお、もうそこまで!」

「ええ。用途に合わせて、数種類作ってあります。」


 いちおう進捗状況は逐次伝えてあるのだが、実験結果をまとめて、門外漢にも理解できるように報告書を作成して、となると進捗と報告にはタイムラグが生じるのは仕方ない。

 特にケイトが来て以来、急速に研究開発が進んでいるので、その差は大きくなっている。

 ゴムのような現代の現実地球でいうところの有機化学系に属する研究はケイトの専門では無いのだが、それでも優秀な錬金術師である彼女の存在は大きかった。

 ケイトからすれば、これまでの鬱憤もあるだろうし、新しい土地で確固たる基盤を確立したいと言う思惑もあるだろう。


「ゴムの大量供給と品質安定化ですが、将来的な見通しは?」

「私は長期的には楽観しています。ですが品質安定化は原料の生ゴムの品質向上が不可欠ですので、すぐには難しいです。そもそも南の大密林のどこに連絡を取れば良いのやら。」

「王太子殿にその話は?」

「もちろんしてありますが、今回の件では優先順位が比較的低いでしょうからね。切り出せるかどうかは不透明です。」


 ゴムの産地である南の大密林はアル・ハイアイン王国を超えた向こう側だ。はるかに遠い。

 そこはマズルのある二足歩行のケモノタイプの獣人種・ラゴールの支配する土地だ。

 ヴィナロス王国は彼らと接点を持っていない。アル・ハイアイン王国に仲介の労をお願いするより他ないだろう。


「それでは、生ゴムの件はすぐには解決不能ですね。」

「ええ。ですので、加工するこちらの側で調節しています。」

「需要が増えれば供給も増えないと、将来の需要増に間に合うか懸念されますな。」

「将来的には外交ルートを通じて、その話もしていただきたいです。ただ、急激な、無理な増産を求めると社会不安を引き起こすかもしれません。」


 現実地球での天然ゴム生産の歴史は、現地社会からの収奪と地域社会の破壊の歴史でもある。

 天然ゴム生産のためのゴムノキの農園は近代から比較的近年に至るまで、プランテーション農業の代表的なものだし、そこでの凄惨な話は枚挙にいとまがない。

 特にアフリカのコンゴを支配したベルギー王レオポルド2世による、天然ゴムの収奪的な生産を強要した残虐極まる統治は世界史上でも悪名高いものだ。

 南の大密林でゴムが採れる植物は何か不明だが、無茶な増産を求めると同様の結果が発生する恐れが否定できない。

 買い取り価格の安定化・質と量の規格化とともに、現地のラゴールたちの社会と共存共栄の関係にならねばいけない。


 会った事は無いが、ラゴールは強いらしい。ラゴールの戦士一人でヒトの武装した兵士10人を楽に倒すと言う。

 今の大戦争を控えた状態で、少数でも強いラゴールが我が国に敵対するように工作をされたらシャレにならない。

 ラゴールと敵対してはならない。これは天然ゴムの安定供給を受けるためにも必要だ。


「無理に生産量を増やそうとして木を枯らしてしまったら元も子も無いですし、木の利用を巡って現地の部族同士で争いになると安定した生産と流通が妨げられます。ひいては、それが我らへの敵意になれば、他に原料の産地が無いのですから詰むことになります。」


 さすがに現実地球での歴史を説明するわけにはいかないので、それを元にした教訓をぼかした形で話す。


「ラゴールはかなり強い種族だと聞くし、敵対する可能性は無い方が良いな。」

「アル・ハイアイン王国に仲介を頼まねばならぬ以上、かの国の顔に泥を塗るわけにも行きませぬしなぁ。」

「ええ、ですから共存共栄の方向で考えねば、と思います。」


 幸い、ガロベット卿もフィグレー卿も理解を示してくれたので、この方向で認識を深めてもらいたい。

 会った事も無い見ず知らずの人であったとしても、それが他者の悲惨さの上に成り立っているのだとしたら、私はあまり心穏やかではいられない。



 さて、昼食会を終えて試験場に戻った私たちの前に、すっかり出来上がったアスファルト舗装があった。


「ちょっと、独特の臭いがありますな。」

「不快…では無いギリギリの線といったところですね。」

「この臭いはしばらくすると消えますので、できたての時はご容赦いただきたく。」


 出来たてのアスファルト舗装はどうしてもアスファルト特有の臭いがある。こればかりは仕方がないので弁護する。

 私は二人を促して、舗装に従事した工兵たちの前でその上に踏み出した。


「あ、思ったよりも足当たりが柔らかい。」

「おお。ベタつくかと思ったら、そんな事もありませんな。」

「快適でしょう?それに、ちょっとご覧ください。」


 私は“浄水作成”の魔術で水を作り出し、舗装面の上に撒いた。それは隙間から吸い込まれて水たまりを作らない。そして、その上を歩いて見せた。


「ほら、ぬかるみませんし、もちろん車輪がはまって動かなくなるなんて事はありません。水たまりも無く快適で、乾いても砂埃が立つことは無いのです。」

「あらかじめ説明を受けていても、これは素晴らしい。」

「行軍にこれほど理想的な道は無いな。」


 二人とも、さっそくその場に来て自分の足で確かめていた。

 そこに数台の荷車が到着した。軍の輸送用荷車などだ。

 ただし、車輪は軸受(ベアリング)とゴムタイヤが装着された改良車輪だ。


「これを走らせてみます。荷物は水をいっぱいに入れた樽が6つです。」


 改良車輪を装着した4輪の荷車は、積まれた樽の重量だけで1500kgあまり。動かすには最低20馬力必要な計算だ。従来の荷車ならば力の強い重種の馬で4頭、できれば6頭必要だ。


「これを、4頭の普通の馬で引きます。」

「ええっ!」

「これは…。」


 ガロベット卿は驚き、フィグレー卿は厳しい目をした。まあ、そうだろうな。

 だが軸受(ベアリング)による摩擦の減少と、ゴムタイヤによる振動の軽減は輸送のエネルギーを理想的な効率に変えているはずだ。このアスファルト舗装とともに。


「じゃ、動かして。」

「かしこまりました。」


 私が指示を出すと、荷車の御者が舗装した面に重い荷物を乗せた荷車を走らせた、最初はゆっくり、あとは軽快に駆ける。

 舗装した場所を10周ほどさせて、私は荷車を停止させて退がらせた。


「いかがですか?あれを秋の本試験で陛下にご覧いただこうと思っているのですが。」

「いや、ぜひとも長い距離を走っているところを見たいですぞ!」

「予想以上だ。運搬が著しく効率化されるだろう。補給にとって、これほど好都合なことは無い。」


 ガロベット卿は産業振興が仕事だから、いろいろな構想がすでに脳内を駆け巡っているだろう。

 フィグレー卿も軍務尚書として、調達や補給といった軍務の裏方の仕事が多いので重要性がすぐに理解できたようだ。

 そして、私は道が凹んだりもしていないのを示し、重量物の往来にも耐えることを確認してもらった。


 その後に、私は一頭の普通馬が引く二人乗りの馬車に乗ってもらって、乗り心地を確かめてもらった。

 従来のスプリングだけでなく、ゴムタイヤとアスファルト舗装による振動の少なさに、二人は改めて感嘆していた。


「いかがでしたか?」

「想像以上だった…。」

「できるのが早いだけでなく、走りやすく、ぬかるまず、そして改良車輪との併用で効率化と乗り心地の劇的な向上。賞賛の念しかありません。」


 私はそれを聞いて、二人と握手して礼をする。

 資金の出所の責任者に満足してもらえて何よりだ。これでアスファルト舗装の件は滞りなく理解が得られるだろう。

 宮殿のメイン道路をアスファルト舗装に換えて、秋の本試験の場とすることで意見が一致した。

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