187 アントニオの出立とゴルデス卿の覚悟
また掲載が遅れて申し訳ありません。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
アントニオがアル・ハイアイン王国に向けて旅立った。
国王陛下の親書を持って、ミョール川に築く堰とヤー=ハーン王国との関係についての会議が理由だ。
これは将来の国王であるアントニオの、王太子として初の大型の外交交渉となる。無論、事前に予備的な話し合いや交渉はおこなわれている。
それ以外にもいろいろ準備をしていたし、それには私もちょっとだけ協力した。例の扇風機だが。
もちろんそれは表向きの理由で、本来の目的はヤー=ハーン王国のスカール1世即位30周年記念式典の回避だ。
そうした事はおくびにも出さず、華やかな式典が執りおこなわれた。
久しぶりに文官としての正装を身につけて、親友でもある王太子を見送る。だからと言って、式典中に声をかける暇は無い。私は単なる賑やかし要員だ。
それに、話すべきことは話しておいた。
コンクリートとか、製鉄技術とか、ソーダ灰の自給とか、水の浄化システムとか、肥料の生産とかだ。
いずれもアル・ハイアイン王国にとって耳寄りな技術のはずである。
ミョール川に築く堰は彼の国が新しい農地を拓くためのものだが、我が国にとっても利点は大きい。
水を引かなくても、私はここに発電所を併設して、王国の工場の電化を進めたいのだ。システムを魔術に頼りっぱなしなので、魔術の働きを狂わせるような破壊工作をされたら大惨事である。
アンモニア・水素・高濃度の酸素や窒素・二酸化炭素など、取り扱いを間違えると危険な物質が工場にはたくさん蓄えられるのだ。
魔術による破壊工作は一見手ぶらでも必要な魔術を習得していれば可能であるため、警備がとても難しい。
特にすでにある魔術の働きを狂わせるような工作は、やり方さえ知っていればそう難しく無いという点も厄介だ。
そうした点があるので、電化できる部分は電化してしまいたいのである。
ちなみに明かりに関しては魔術の方が便利なので、そっちはあまり気にしていない。
それに電化するならIHコンロを作った方が、たぶん感謝されると思う。
薪の火を使うのは温度が上がらないし、煙いし、火が燃え上がるまで時間がかかるし、山は禿山になる。
薪ストーブとかは、薪ストーブぐらいにしか薪を使わなくなっているから、ちょっと田舎暮らしっぽい感じを出すためのアイテムになっているのだ。
日常の熱源のほぼすべてを薪にしていたら、必要な薪の確保に奔走することになる。
エネルギー革命はあらゆる点で生活を便利にした大きな原動力であったから、ゆくゆくは十分な電力を確保したいものだ。
私はアル・ハイアイン王国に向かって王宮の門を出るところまで、アントニオ一行を見送った。
先日、王宮正門の魔術的防御の改修工事が終わり、大急ぎで足場を解体して撤収が終了したのは今朝だった。宮廷魔術技官主任のクロードは徹夜で目を赤くしていた。今頃ぐっすり眠っているだろう。
老体に無理をさせたので、十分に労ってやらないといけない。
「さて、次は私めが覚悟を決めてゆく番ですな。」
「いい護符を作ってもらいましたから、大船に乗ったつもりでご安心を。」
「期待しておりますぞ。さすがに今回ばかりは正直ちょっと恐ろしい。」
ゴルデス卿は少し硬い表情で答えた。
世継ぎであるアントニオを危険が待ち構えているのが確実な場所へ送るわけにいかないが、さりとてヤー=ハーン王国のスカール1世即位30周年記念式典を無視するわけにもいかない。
しかも、それなりに高位の人物を送る必要があるので、外務大臣だからと、ゴルデス卿は自分からその危険な役を買って出た。
「ギリギリまで、可能な限り、思いつく限りの手段を講じますから。」
「まあ仮に事前の策がダメでも、最終的に問題ありますまい。アーディアス卿も、サバティス副神殿長殿も、信頼申し上げておりますぞ。きっと、なんとかしてくださるでしょうからな!」
そう言って、彼ははっはっはと、高らかに笑って見せた。それは自分を奮い立たせているかのようだった。
「ゴルデス卿…。」
勇敢さが必要なのは、戦場に立つ勇士達ばかりではない。
勲しに謳われることは無いだろうが、文官もそれぞれの場所で命を賭して働く事があるのだ。
ゴルデス卿に渡す護符は、浄化と祓魔の効果を持つものが渡される予定だ。アインも参加して霊力を込める祈りに参加しているらしい。
王都の大神殿にいる神官たちの1/3が交代で参加して製作しているというから、相当強力なものができるだろう。
これでも魔界の大公相手に十分かはわからないのだが…。
私もゴルデス卿の無事帰還を願うほかない。
アントニオを見送ってから私は宮殿の庭園を通過した。近道というのもあるが、気になる事があったのだ。
宮殿の庭園の一部に、薬草園というか植物園のような場所がある。
我が屋敷の庭にも薬草園があり、一般的な薬用のものや料理用のハーブの他、魔術・錬金術で使うような珍しい植物を植えてある。
宮殿の庭園にもそうした珍しい植物が植えられていて、そうした一画にすっくと立ち上がる、目立って変わった形の木があった。
かつて父が竜の狩場から20年ぐらい前に持ち帰った竜血樹だ。
昔はいつも葉が黄色く変色していて、かろうじて生きている、という風情だったその木は、今や生き生きとした緑色の葉をピンと立てている。
「元気になっているじゃ無いか!」
「ありがたくも、閣下が生えている場所について詳しく教えてくださり、竜糞を肥料として使うという方法をご教示くださったおかげです。」
麦わら帽子に、袖をまくって日に焼けた腕を晒している若い男は、ここで働く庭師の頭だ。
彼はなんとか竜血樹を元気にしようと試みてきていたのだが、これまでうまくいかなかった。私が自生地の様子を語って聞かせ、アイデアを話し、竜糞も調達してきたので、さっそく彼は試したのだった。
「こんなに劇的に回復するとは、思ってもいませんでした!」
「前は枯れそうだったものなぁ。」
宮殿の庭の竜血樹の高さは3mぐらいあって、一番上で枝分かれして、特徴的な傘型の樹形の片鱗が現れている。
「これで、いつでも竜血樹の生の樹液が採取できるな。これまでできなかった薬が開発できるかもしれないぞ。」
「それは楽しみですね!あ、でも、恐れながら申し上げますが、木が弱る程も樹液を取らないでくださいませ。」
「ははは、それはそうだ。せっかく持ち直したのに、枯らしてしまっては元も子も無い。」
竜血樹の樹液は普通、固まって樹脂になったものを削って粉末にしたり、溶かして利用する。それは液体状の樹液のままではすぐに腐ってしまうからだ。
いくつかの魔法薬には新鮮な竜血樹の樹液を利用したレシピがあり、樹脂状のものとは違った性質があったらしい。
これまでは検証が困難だったが、このように栽培方法が確立すれば、こうした植物の薬学的な研究も進むだろう。
幸い、将来有望な天才薬師の卵はいるわけだし。
竜糞は遠くから運ぶつもりだったが、竜が近くに居るようになったので、以前とは比べ物にならないぐらい調達が容易になった。
さすがにできたてのは害があって肥料にならないので、堆肥となるよう腐熟処理して、その汁を分離したものを薄くして与えているのだそうだ。
「他の植物にも効果があるかどうか、試しています。」
「そうだな。魔力豊富な肥料で育てたら、普通の植物でもどうなるか興味があるな。ときどき様子を見にくるから、ぜひ教えてくれ。」
私は庭師にそう伝えると、すぐに仕事に戻るべく庭園を後にした。
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