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183 一大計画(前編)

本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

 この会議には私以外に、王太子のアントニオ・宰相閣下・財務大臣のヴェッドン卿・産業大臣のガロベット卿・農務大臣のフレーヤス卿・それとケイトが出席していた。

 アントニオはあと数日でアル・ハイアイン王国へ向かう予定なのだが来てくれた。

 宰相閣下からは会議する場所を機密を保ちやすい『薔薇の間』に変更するよう指示がなされた。それだけ本件が重大なものとみなされたからだ。


「本当は、陛下にもご臨席を願いたかったのだが都合がつかなくてな。」

「いえいえいえ、なんだか大ごとになってしまい、申し訳ないです。」


 私は緊張して、宰相への言葉遣いが乱れた。


「いや、あの、アーディアス卿。この計画は、本気、いや本当ですか?」

「ええ、理論上は可能です。私はこれをぜひ実用化したい。」

「世界の鉄の相場や生産のあり方が一変しますよ…。」

「そうでしょうね。きっと。それが悪い方に行かないように、ぜひお知恵をお貸しください。」


 ガロベット卿は半ば硬直していた。ヴェッドン卿は目を見開いて口を引き結んでいる。

 一方で技術系の二人、フレーヤス卿とケイトは目を輝かせていた。


「極めて合理的だ。鉄、それも頑丈な鋼はこれからいくらでも必要になる。早々に開発したいな。」

「これだけ潤沢に鋼が用意できれば、夢物語だった決して崩れない鋼の建物などが実現しそうだ。」


 二人は早速、ああすれば良いのでは、ここはこうすれば良いのでは、と意見を交換している。


「この量の鋼を日産するなど、到底信じられないのだが…。」

「実際にやってみないとわからない部分もあります。でも、これでいけるはずです。」


 アントニオは半信半疑といった顔で私をみた。


「事実であれば、騎士団の装備を一新し、末端の兵まで良い装備を準備できる。将軍たちは反対せんだろう。」

「はい。カステル卿が以前に鍛治師の不足を訴えていましたが、その前に鉄鋼が不足しては話になりません。それに、すでに計画している設備の建設にも、大量の鉄が必要です。」


 私は宰相閣下に応えた。

 宰相閣下は頷くと、ケイトに顔を向けた。


「ケイト師。まず、このような製鉄法は可能なのですか?」

「お答え申し上げます。理論上は筋が通っております。各作業の工程そのものは鉱石から金属を取り出す作業として、我々錬金術師にとって馴染みの深いものの一つでございます。」


 そこで一度言葉を切り、周囲の反応を見てさらに続ける。


「ただ、この規模となると私も経験がございません。普段は少ない量で事足りたものですから。」

「規模を大きくすることに、技術的困難は?」

「製作上の素材や魔力量の確保でございましょう。一般的にはこれに加えて費用の問題が加わります。」

「では、技術上の大きな困難は無いと?」

「そのように予想いたします。ただ、実際に設計して建築し、実証実験をしなければ分からぬ事もございましょう。」


 宰相閣下は産業大臣のガロベット卿に話を振る。


「ガロベット卿。卿はこの製鉄法について、いかがお考えか?」

「は、はい。実現すれば誠に画期的で、鉄鋼生産の常識を一変させ、ゆくゆくは業界地図を塗り替えてしまうでしょう。」

「その影響をどのように予想するのか、聞かせて欲しい。」

「これまで扱ってきた鉄鋼は、攪拌精錬法による北方諸国産のものでございます。これが大きく変わることになろうかと。」


 攪拌精錬法は反射炉を使った鉄の精錬法だ。銑鉄(せんてつ)を反射炉内で石炭の燃焼ガスの輻射熱で溶かし、鉄の棒でかき混ぜる。

 すると還元された鉄は炭素を含んだ銑鉄(せんてつ)より融点が高いため、鋼を棒の先端にさながら水飴のように絡め取ることができる。これを集めて、塊にするのだ。

 お世辞にも効率は高いとは言えないが、それまでの鋳鉄の塊を熱してハンマーで叩く鍛造法よりは効率が良い。


「それでは母上を通じて、北方から横槍が入るやもしれん。大丈夫か?」

「左様でございますな…。さすがに王妃様からのご意見となると、無視するわけには参りませんし…。」


 ガロベット卿は私に視線を向ける。

 ルイーズ・フォッセベーク・ド・ヴィナロス王妃殿下はヴィナロス王国北方の有力貴族の出身だから、縁者には北方の諸王国の王族や有力貴族も多い。

 彼らはもちろん地元の商工業ギルドとのつながりが深いから、新しい技術に危機感を覚えるだろう。

 そもそも鉄鋼の大量生産が何をもたらすか、理解できないようなボンクラでは無い。


「王太子殿下のご懸念のとおり、王妃様を介して影響が及ぶ恐れはございましょう。」


 ここで、続きを話して良いかと、アントニオにアイコンタクトを取る。彼は無言で話せと促した。


「職分を超えた提案となることを、まずお許しを。ヤー=ハーンとの対立でもっとも恐るべきは、東に目を奪われるあまり背後を突かれることでございます。それを防ぐための手段として、この鉄鋼生産技術を我が国と友誼を結んだ国に対してのみ、提供するのです。」


 今後予想されるヤー=ハーン王国との戦争はヴィナロス王国(わが国)の総力戦になる。

 必然的に、北と南の国境線の防御がおろそかになってしまう。

 南のアル・ハイアイン王国とは良い関係だし、大河ミョール川という天然の障壁がある。

 しかし、北側は国境線を示す防壁と柵、あるいは堀があるだけで、それは大軍で乗り越えようと思えば造作もないものだ。


 もし、ヤー=ハーン王国が密かに北方と手を結んでいた場合、我が国は開戦と同時に北方からの侵略に曝されるだろう。

 王国北部はヴィナロス王国の起源となった地域でもあり、重要な地域だから見捨てるわけにもいかない。

 否応無く二面作戦を強いられれば、良くて苦境、最悪そのまま滅亡となる。

 すでに外務大臣のゴルデス卿が手を打っているだろうが、確実に大きな利益となる見返りが提供される、と分かっていればさらに確実性が増すだろう。

 攻めなければ、あるいは攻めようとする勢力があれば、それを抑えるだけで、大きな利益の元手が転がり込む。

 普通の人間には十分魅力的な話のはずだ。


「ふむ、ゴルデス公爵がいれば意見を聞きたいところだな。そなたはどう思うか?」

「アーディアス卿の言うとおり、ヤー=ハーンを相手しながら北に手は割けません。所詮、情に過ぎない人的繋がりだけでなく、実利をちらつかされれば確実性は増すでありましょう。」

「そうなると、母上の実家のあるジルクか。」


 ジルク王国はヴィナロスと国境を接する北方の諸王国のひとつで、アントニオの母親であるルイーズ王妃殿下の実家・フォッセベーク家の宗家がある。

 北方の諸国にいくつもの分家があるフォッセベーク家は、北方の諸国に強い影響力を持つ。

 技術の提供を持ちかけるには良い筋だろう。


「国王陛下に話しておく。…失敗は許されなくなるぞ。覚悟は良いか?」

「職を賭す覚悟でございます。」


 アントニオの強い視線に、私は毅然として答えた。

 この場合、失敗すれば単に辞職すれば良い、と言う問題ではない。

 私が始めた事業のすべてが終わりになるだろう。

 幼児教育研究機関は閉鎖され、新技術研究も凍結される。ケイトも彼女の弟子たちも路頭に迷うことになる。我が一家も1〜2世代は冷や飯を食う羽目になろう。

 いろいろなものが数十年にわたる停滞を余儀なくされるし、戦争に勝てるかどうか疑わしくなってくる。

 (ドラゴン)がいるから、即座に敗戦はあるまいが、双方に非常な消耗を強いてしまえば共倒れにもつながりかねない。


 そもそも、娘のアンドレアの闇堕ち Bad End の可能性が高くなる。

 そうなれば完全に詰みである。


 製鉄所建設は、冗談ではなく国家以前にわが身の大事になった。

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