180 多才の人
お待たせいたしました。今日以降、通常どおりの更新になります。
拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
今日は2回目の宮殿の魔術防御システムの検討会が開かれた。
王太子のアントニオ、白金竜騎士団団長のアーノルド、宮廷魔術技官主任のクロード・オーバネルらに加えて、今回からは神殿に護符を発注する関係から、王都大聖堂の副神殿長を務めるアインも出席している。
「なあダルトン。君が発案した事業が大聖女様の発見に繋がったことで、大聖都のお偉いさん達の間でも君の名前が知れてるって話だよ。」
なんて言われたが、素直に喜んで良いもんなんだろうか?
ま、これでも一国の閣僚級の末席に連なるのだから、ここは世界に権威がある所に知己が増えるのを喜ぶべきなのだろう。
「そうか。ならば『この事業はヴィナロス国内の神殿の皆様方のご協力あっての賜物。私ひとりの手柄ではございません。今後も事業拡大にご協力いただければ幸甚でございます』と、お伝えしておいてくれ。」
「ははは、君らしいな。うまい具合に書いておく。」
アインはそんなことを言っていたが、あまり脚色され過ぎても困るのだが。
それとは別に検討会自体は粛々と進んだ。検討会は極めて実務的・技術的内容に限られる。
アインは護符を構成する奇跡術の組み合わせの案をいくつか提示し、納品までにかかる時間などの見積もりを示して意見を求めた。作製のコストは向こう持ちである。
どう言った機能を求めるかについては前回に意見が出揃っていたので、話し合われたのは技術的な事柄に終始した。
その後は宮廷魔術技官主任のクロードと魔術的防衛の魔術式改定案をチェックしたり、より魔力利用の効率の良いように書き換えたりの作業だ。
こうして赤字を書き込んだものを、クロードは設計部に持ち帰って部下たちと設計し直す。
「なかなか、手の内が読みづらい相手には苦労しますな。」
「仕方がないさ。まだ、こうやって検討できる時間があるのを良しとしよう。だけど、次の会議で決定稿に持ってゆきたいぞ。」
「左様でございますな。私としても、なるべく早く実装して粗がないか確認しとうございます。」
私もクロードの意見と同じだ。
「そうだな。こちらに戻ってからひと月半になる。来月のスカール一世の即位30周年の日までにすべて実装しておきたい。動きがあるならそこだ。」
「皆様、無事に帰ってこれましょうか?」
「そうでなくては困る。もし、そうでなかったら…あまり考えたくはないな。」
秋にあるヤー=ハーン王国の国王・スカール一世の即位30周年式典には外務大臣のゴルデス卿が行くことになっている。
代わりに、王太子のアントニオは『アル・ハイアイン王国からの要請で』親善大使として、あちらに少し早めに出発することになっている。
ゴルデス卿にはケイトの事でだいぶ尽力していただいた。必ずや無事に戻ってきて欲しいものだ。
もちろん、そのためにはただ願っているだけではダメなので、可能な限りの魔術的・奇跡術的な防御手段をとっておくことにしている。
それでも、魔界の大公相手にどれだけ有効かはわからないが…。
あからさまに殺すとか、アンデッドにして送り返してくるなんて真似だけは、さすがに無いはずだ。
いくら侵略の矛先をこちらに向けているのが確実とはいえ、使者、それも外務大臣を害すというのはその場で宣戦布告でもするので無い限り無いだろう。
軍の情報部によれば、向こうも今すぐ軍勢を送り込める状況というわけでは無いようなので、スカール一世の即位30周年式典でゴルデス卿がどうこうされる心配はないはずだと見ている。
あくまでも、向こうが正気なら、という前提が付くが。
スカール一世の即位30周年式典への正式な招待状はすでに到着しており、ゴルデス卿が出席する旨を先方に通知済みのはずだ。
そこで、アントニオは今月中にアル・ハイアイン王国に向けて発つ予定になっている。
その前に3回目の宮殿の魔術防御システムの検討会が開かれる。
それが終われば、すぐに宮殿の魔術防御システムの強化にかからなくてはいけない。
「資材の手配は滞りなく進んでいるか?」
「そちらは問題なく。ただ、魔晶石の在庫にいささか不安がございますが。」
「なら、調達部に申し入れて確保しておけ。まだ国内の市場に在庫があるだろう。」
「そうですな。買い増ししておきます。」
クロードとの作業が済めば、今度はフレーヤス卿が指揮するアンモニア製造工場・炭酸ナトリウム製造工場で使われる魔術システムの監修をしなければならない。
大気中の窒素ガスを収集する魔術は、私が開発した“ドライアイス作成”の魔術を改変してできた。
案の定、二酸化炭素よりも窒素ガスの方が大気に占める割合はずっと大きいようで、“ドライアイス作成”の際と比べてはるかに少ない魔力量で済んだ。“浄水作成”よりも少ないぐらいだ。
水を電気分解するための電気を発生させるための魔術は、攻撃に用いられる“雷撃”の魔術式を改造することで作った。
効果時間を一瞬ではなく持続的に変え、出力を抑える。
これだけでは発生した水素ガスが同時に得られた酸素と反応して大爆発してしまうので、できた水素ガスと酸素ガスをより分ける魔法道具を取り付けて分離することに成功した。
このシステムは大きくなるので、水の電気分解のための容器自体に魔術式を刻み込むようにする。
この水の供給が問題になった。大量に必要なので“浄水作成”では間に合わない。
そこで川から水を引くことにしたのだが、浄化しないと使えない。
そこで上水道に使われている緩速ろ過システムを構築することにした。これならエネルギー投入がほぼ無しで、きれいな水を得られる。
この世界の川の多くは現実地球の現代の都市部の河川のような悲惨な汚れ方はしていないので、これでも間に合う。
このために新たに水路を引く余裕は無いので、王都の水の供給システムにこれを組み込んで、ついでに飲料水の浄化も兼ねてしまうことにした。
水の電気分解でできた酸素ガスには今のところ使い道が無いと思ったのだが、炭酸ナトリウム製造過程で出る生石灰と合わせれば、鉄の不純物除去に使えることに気がついた。
そこで、これはこれで保存してくことにした。
高品質の鋼の生産も急務だからだ。
「アーディアス卿。技術者の端くれとしてあなたを尊敬するよ。このような多才な人は、私は初めて会った。」
「いやいや、それほどでも。」
フレーヤス卿からは過分なお褒めの言葉をもらったが、この世界に合わせたカスタマイズ以外に自分で開発したものは無い。
私は終始控えめに徹したのだった。
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