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173 瓶詰めの完成

本日は公開が遅くなり、まことに申し訳ありません。


拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。

チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。

主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。

 宮殿の一室に、さながら昼食会のような席が設えられていた。

 実はこれからアーディアス家の料理長・モランに作らせていたビン詰めの試食会なのだ。

 本当は我が家で予備実験として何度か試作し、ある程度技術的な目処が立ったところで本格的な実験を始める予定だった。

 だが、帰国後の報告会で開発を進めているのを公表した結果、上級将軍であるカステル卿の後援のもとに進めることになった。

 今日は、その試作品の内々のお披露目というわけだ。


「あの“アーディアス”に続いて、貴卿は料理でも発明の才を発揮するな。」

「いやあ、アレがあんなに大ウケするとは思っていませんでしたけどね…。」


 カステル卿は私の背中をバンバンと叩いて、豪快に笑った。

 ここで言う“アーディアス”とはサンドイッチのことである。今では庶民から王族まで広く浸透し、定番の軽食となっている。

 あの時、アーノルドがたまたま宮廷魔術師長の執務室まで来なかったら、ここまで急激に普及しなかっただろう。


「ははは、謙遜ですな。」


 笑って言うのは銀竜騎士団団長のニームス卿だ。

 例の五重属性持ちの子を銀竜騎士団に迎え入れて、団の運営の傍、愛弟子として彼女の教育に熱心に取り組んでいる。


「昔からアーディアス卿の家の料理は美味しかったですね。」


 ここにはアーノルドも出席していた。

 彼の率いる白金龍騎士団は拠点防衛が中心なので、食事に関しては他の騎士団よりも自由度が高いはずだ。それでも来ているのは、籠城などを考慮すると魅力的なものだからだ。

 なにせ籠城中はあらゆる備蓄物資を、可能な限り切り詰めなければならない。


「ほう。戦いの後に美味い飯と酒があると言えれば、人心掌握しやすくなりそうだ。」


 金竜騎士団団長のゴーデス卿はそう感想を述べた。

 ケモ耳タイプの獣人種ナハムの彼は、楽しみなのか尻尾が左右に揺れていた。


 そして、もう一人。

 我が屋敷の料理長・モランは図体のデカい彼らを前に緊張しているようだった。

 ニームス卿は私より拳一つ分ぐらい背が高い程度だが、カステル卿・ゴーデス卿、そしてアーノルドはいわゆる『肉壁系マッチョ』なので、一般人であるモランが萎縮してしまうのも無理はない。


「モラン、いつもどうりにやってくれ。」

「そうは言われましても、大変立派な方達ばかりで…。」


 モランはしばし瞑目して気分を落ち着かせると、深々と一礼して口上を述べた。


「国家の大事をあずかるカステル上級将軍閣下、ならびに近衛三軍の将軍の皆様。皆様方の御前にてお披露目をする機会を得られた栄誉は、私の一生の誇りでございます。」


 そうして運び込まれたビン詰めを覆っていた布を剥がして披露する。

 それはいくつかのビン詰めの山で、詰めてある料理の種類ごとに分けられているのだった。


「このビン詰めについて簡単にご説明いたします。種類と中の状態の確認がしやすいために、無色透明のガラス瓶を使用いたします。蓋にもガラスを用い、隙間を溶かしたロウで塞ぎます。」


 モランはビン詰めの山の中から一つを取り出して、見せて回る。


「この中に保存したい食品を封入し、短くとも半時間煮込みます。そしてゆっくりと冷やし、その後10日間観察して、カビが出る、変色する、蓋から泡を吹いているなど、異常のあるものを除きます。」


 モランに研究・開発させた方法は、過去の現実地球で“アペルティザシオン”と呼ばれた煮沸殺菌法に近い技術だ。 

 必要な技術的要求が低いので、この世界でも簡単にできる。


「これを経て問題無いものは、私どもの予備実験では常温保存で1ヶ月以上経っても問題ありませんでした。」


 モランは料理人だし、近現代的な教育体系が存在しないこの世界の住人なのだから、数字やデータではなく、自分の経験と知識の範囲内でしか話せない。

 だから、こうして、作ったものを大量に持ってきて証拠としている。


「調理した料理が一ヶ月も!」

「塩漬けや酢漬けでもないのに?」

「魔術を使っているわけではなさそうだな。」


 それぞれ、ビン詰めを手にとって眺め回している。


「きっちり密閉されているようだ。逆さにしても漏れないな。」


 カステル卿は瓶を逆さにして少し振った。


「はい。少しでも隙間があると、三日と置かず腐ります。」


 そして、いよいよ開封して中身を取り出す。

 最初に出されたのは鶏肉と野菜のスープだ。モランはそれ湯煎して温める。

 料理を温め、瓶の表面のロウを柔らかくするためだ。

 そして、それらを補佐役の者たちがナイフで削って蓋を開ける。


 この瓶は簡単に扱えるように、やや広口にして、蓋を内側に落とし込むような構造になっている。

 その内側に溶けたロウを流し、密閉するのだ。

 本当はねじ込み式の金属の蓋を用意したかったが、錆びない金属の蓋を大量に生産することは困難だったために、この方法に切り替えた。

 過去の現実地球ではコルクの蓋の上にロウを塗っていたそうだ。


 そうして温めたスープをスープ皿の上に出して、各人の前に給仕する。


「料理人としましては、その上にせめて刻んだパセリぐらい散らしたいのでございますが、今日は皆様にこの技術をしっかりとご判断いただくために、余計なものを加えずにお出ししております。」


 モランはそう説明して、こわばった顔で下がる。


「では、皆様。どうかご判断ください。」


 私は皆を促した。

 目の前にあるのは、モランが我が家の普段の食事に出す鶏肉と野菜を煮込んだスープだ。私には慣れ親しんだ味である。


「これは…。」

「食欲をそそる匂いですね。腐ったような匂いはしない。」

「見た目もおかしなところは無いな。」


 そして、各人が口にする。


「ああ、美味い。」

「これは、お前の──もとい、アーディアス卿の家でよく出るスープでは?」


 アーノルドは我が家を公私問わず何度も訪れているので、すぐに分かったようだ。


「ああ、いつもの味だ。長期間保存していたとは思えない。」


 彼は一口食べると、そう評した。


 他にも豆や野菜の煮込み・スジ肉の煮込み・ポタージュ・魚の切り身を香辛料と味付けした油で加熱したものなどが供された。


 いずれも味におかしなところが無いどころか美味と言えるもので、それはカステル卿ほかの将軍たちを驚かせた。


「信じられない。これが、糧食として戦地の食卓に上がるのか?」

「固いパンと、あるものを煮込んだ雑炊だかシチューだか分からんものと比べるべくも無い。」

「毎日これでも良いな。」


 カステル卿は立ち上がると、私につかつかと歩み寄り手を取った。


「アーディアス卿、貴方はなんという人なのだ。これは素晴らしい発明だ!」


 そして、ビン詰めを振り返る。


「これがあれば、もう糧食に文句を言うものはあるまい。それに滋養豊かでありそうだ。支度が簡便なのも戦地での食事としてまことに好ましい。」


 そしてカステル卿はモランに向き直る。


「モラン氏よ、そなたの開発した技術は素晴らしい。是非、これを我が軍に伝授してくだされ。」

「上級将軍閣下から、そのようなお褒めの言葉をいただけるとは感無量でございます。」


 モランは若干、カステル卿に気圧されながらも、誠実に返答した。


「とりあえず、及第点をいただけたと言う理解でよろしいですか?」

「もちろんだ!さらに洗練させるべく、またこのガラス瓶の生産などに予算を出そう。騎士団の料理人にも学ばせる。モラン氏、ぜひご指南くだされ。」


 私の言葉に、カステル卿は快諾した。

 そしてモランの手を取って、その技術伝授を求める。

 もちろんモランはそれに頷き、私も諒解の意を示した。


 こうして、モランはこの世界でのサンドイッチとマヨネーズの開発者、そしてビン詰め技術の大成者として歴史に名を残すことになったのだった。

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