171 アレクとドラゴン
拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
「ちちうえ!」
「なんだね?」
「アレかっこいい!」
「アレとはなんだ、小童!」
クリスヴィクルージャが目を剥いた。
そうだよな。きっと250年以上生きてて“アレ”などと呼ばれたのは初めての経験だろうさ。
「アレク、他人に向かってアレなどと言うのは礼儀知らずだよ。」
「おなまえでよぶの?」
「そうだ。他人のお名前を訊くときはなんて言うんだっけ?」
アレクはちょっと上を向いて思い出そうとしていた。
そして、ちょっとの間を置いて、元気よく言ったのだった。
「ぼくはアレク・アーディアスです!あなたのおなまえをおきかせください!」
「ちゃんと言えたな。えらいぞアレク。」
私は内心ホッとした。
ここで威勢良く“お前は何者だ!”とか、紙芝居なんかの影響を受けて言わなくて良かった。
この一件だけで、ナターシャをアレクの教育係に任命した甲斐があったと思う。
「…クリスヴィクルージャだ。」
目の前の赤竜は、半ば呆れたような感じで名を告げた。
「くりす?」
「勝手に略すな。我ら竜は人間のように家名など持たぬ。誇り高く、ひとつの生命として生を全うするゆえ。」
そう言うや、クリスヴィクルージャは一歩引いて後脚で立ち上がると翼を大きく広げた。
私は目の前の赤竜が、人の心に動揺を与えかねない何かをすると予測した。
「“精神に静穏あれ”。」
私は右手で魔術印をさっと描くと“静穏”の魔術をアレク、ナターシャ、バーネットと彼の3人の部下たち、そして全員の馬にかけた。
“静穏”の魔術は精神の急激な昂ぶりを抑え、恐怖・怒り・自失・混乱などに陥りにくくするものだ。
陥りにくいだけでダメな時はダメなのだが。
そして案の定、クリスヴィクルージャは大音声で名乗りを上げた。
それは体の芯まで震えるような大音声だった。いつぞやの石工の親方のクソデカボイスなど比べ物にならない。
「我は“赫赫たる翼”クリスヴィクルージャ!我が内に真の火を輝かせる者なり!」
ヴォグル゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ゛!
その後に竜流の『ご挨拶』の咆哮が続く。その音量は凄まじく、しばらく耳がキーンと鳴っていた。
魔術は“静穏”よりも物理的な防御魔術の方が良かったかな?
馬がびっくりして暴れ出さずに済んだのだから、さしあたっては良しとしておこう。
私はアレクが怖くなってないかと、様子を見るため視線を下げた。
そこには前にも増して、目を輝かせているアレクの顔があった。
そして顔を上に向けるや否や大声を上げる。
「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!!!!」
子供の甲高い声だ。それを全力で、間近に聞かされた私はちょっと辛かった。
一方、それを聞かされたクリスヴィクルージャは、黙ってアレクを見ていた。
「それは、今の我が声のもの真似か?」
「すごかった?」
「そのような真似を我にして見せた童は、お前が初めてだ。度胸だけは褒めてやろう。」
おもむろに口をきいたクリスヴィクルージャ。
言葉の意味が分からなかったのか、アレクは私を仰ぎ見た。
「クリスヴィクルージャの真似をした子供はアレクが初めてなんだって。褒めてくれてるよ。」
「やったー!」
「我は呆れておるのだ!」
赤竜からツッコミが入る。
「まったく、調子が狂う…。」
そう言うと、クリスヴィクルージャは放牧地に向かって歩き始めた。
「待て、どこに行く気だ?私に用があるのではなかったのか?」
「今日は帰る。また日を改めて来る。さらばだ。」
クリスヴィクルージャは一方的に話すと悠然と空に飛び上がり、数回、円を描いて滑空した後に王都の方へと向かっていった。
「またねーっ!」
アレクの方は気色満面の笑みを浮かべて、そのあと姿に手を振り続けていた。
一方で、ナターシャは馬上で崩れる。
「じゅ、寿命が縮みました…。」
「大丈夫か?辛いようなら屋敷に戻って休んだ方が──」
「旦那様のお心遣い、ありがたいことでございます。ですが、アレク様を置いて一人帰るなど、乳母としてやってはいけない事でございます。」
私はナターシャの心身を気遣うが、彼女は午前の予定を可能な限り当初の計画に沿って進めるように主張した。
「予想以上の『大物』ではございましたが、世の中で生きていれば思いがけないことが起きうるという、またとない経験をアレク様が積めたことを喜ぶべきでございます。」
「いや、そうかも知れないが…。」
私の懸念しているのは、それとはちょっと違う方向である。
「あれが竜っすか。スゲー…。」
バーネットもアレクと同じ方向を向いていた。口調は、おそらく彼の普段のそれに戻っている。
「ディオンさんも、あんなのと対峙したのか…。」
こちらもやや茫然自失といった感だ。
「アレク、今日はお家に戻るか?それとも予定通り街に行くか?」
「まちにいく!竜のほんがほしい!」
「じゃあ、いい子にできたら買ってあげよう。」
その後、私たちは予定どおりにナルボンの市場などを巡り、神殿で礼拝を済ませた。
クリスヴィクルージャに足止めを食ったせいで少し滞在時間を短めにして、すべての予定をクリアーして、どうにか予定時間内に収めた。
その後、クリスヴィクルージャが屋敷に来るたびにアレクは会いたがった。
ダメだと言うと、これまで経験した事が無いレベルでアレクはギャン泣きした。
最初にナターシャが折れた。
「旦那様。アレク様のご癇癪、私もこれほどまでのものは初めて経験いたします。認めてやってはくださいませんか?」
次に、父と母が折れた。
「ダルトン、あれは言って聞かせて、どうにかなるもんじゃないぞ。」
「さすがに、かえって心にしこりを残すのではないかしら?尋常で無いように思うわ。」
ここまで来たら、もう私も妻も折れるしかない。
ナターシャによると、竜関係のものをすごく欲しがるようになり、少しの時間があると町で買った竜の絵本を見ているそうだ。
「“竜さんと一緒に居たいなら、これができるように練習しましょうね”と言うと、真剣にやるようになりました。」
そんなわけで、私はアレクの竜オタクぶりを認めることにした。
今ではクリスヴィクルージャの爪磨きまでするほど懐いている。
ヴィナロス王国に世界で最初の【竜騎士】が誕生する、四半世紀前のできことだった。
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