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16 宰相閣下の問いかけ

「貴公はたいへん慈悲深い性格であるようだ。まことに人間として好ましい。」

「お褒めに預かり、恐縮です。」

 この宰相の言葉は皮肉だろうか?いや、宰相閣下はこうした場でそんな皮肉を弄ぶ人ではない。私はその意味を必死に考える。

「私は貴公を当たり障りのない提案しかしない男だと思っておったが、なかなか刺激的な話をするではないか。やはり娘が生まれると父として良いところを見せたくなるものか。」

 そこで一度言葉を切った宰相閣下は立ち上がって、説明会(プレゼン)資料を手に宰相執務室の広い窓を背にした。逆光になった顔は影になってよく見えないが、金色の目だけが獲物を狙う獣のように爛々と輝いているように見えた。

 そして恐るべき質問を投げかけてきた。

「ならば問おう。貴公なら孤児以外の埋もれた才能をどうやって活かすのか?」

 私はひゅっと息を飲んだ。

(この方は、本気で言っているのか?)

 特に有用な魔術属性の持ち主が全国に同じ比率で広く分布するならば、当然数の少ない孤児よりも、圧倒的多数のそれ以外から探したほうが比較にならないほど実数は多いに決まっている。

 私が孤児に目をつけたのは、彼らが地縁・血縁・人脈・既存社会にとらわれず、見つけた才能をこちらの都合で使えるようにできるからだ。

 ──では、もし、既存の社会から才能ある者たちが自由に才能を伸ばせるような教育を受けられるようにし、職業を自由に選べるようにしたらどうか?それを実現する方法はどんなものか?──宰相閣下は私にそれを問うている。


 そして、その効果はどうなるのか?

 考えるまでもない。あの時に流れ込んだ前世の知識が教えている。

 今より人材の流動性が増した社会において、科学をはじめとする学問・技術・産業・経済は著しく発展する。

 それに伴い社会の富のあり方が変わり、社会は劇的に変化する。前世の世界ではそれによって多くの革命や社会変革が起こり、それまでの社会とはすっかり変わってしまった。

 魔術・異種族・実在する神格・魔物など、前世の世界には無かった要素があるこの世界で、それはどう言った変化をもたらすのかは私には見当もつかない。その末にあるのは良い未来なのか、悪い未来なのかはわからない。

 前世の世界では一足早くそれを成し遂げた国は、いち早く産業の劇的な発展を遂げたが…。おそらくはそこまではこの世界でも変わるまい。そこから先は読めない。

「ある程度の年齢に達した子供を、読み書きと初歩的な算術、基礎的な礼儀作法、身体機能を発達させるための運動訓練、そして十分な昼食の供給。そして各人の魔術属性の発達を促すためにさまざまな諸芸──動物の飼育や農業・音楽・工芸など──を経験せしむる機会を与える、国家機関を創設します。」

「続けよ。」

 思いついたままに話し、宰相閣下に一度視線を送ると、彼女は続きを促した。

「一切の身分・財産の寡多(かた)を問わず受け入れ、教育を与えれば、多くの才能が泉に湧く尽きぬ清水のごとく現れるでしょう。これで見つかった才能を、各国家機関・各ギルドなどと共同で運営する職業訓練・専門教育の学び舎を立ち上げて磨きをかければ、その後の就職なども問題なく確保でき、産業の発展に大いに寄与しましょう。そ、そのように考えました…。」

 迂闊なことは言えないが、さりとて当たり障りのない内容に過ぎれば、計画が潰える。私は直感的にそんな印象を覚えた。

 果たしてこれは宰相閣下に及第点をもらえるだろうか…?心臓が全速力で走ったかのように高鳴る。

「貴族子弟がやるような初歩の教育を、身分も財産も関係なしに全員に与えるか。貴公は実に大胆な提案をするな。おもしろい。」

 宰相閣下は窓辺から私の目の前に移動すると、満足げに目を細めた。

「貴公の構想を実現するにはかなりの財政支出が必要になる。だか利は明らかだ。それを陛下を含め皆に納得させるには、貴公が奏上する件の失敗は許されぬぞ。ゆめゆめ怠らぬ事だ。」

「…はい…。」

 最後の部分は囁くように耳元で言われた言葉に、私はそう返事するのが精一杯だった。

「貴公のそれは誠に興味深い提案であった。ぜひ御前会議で奏上するように。下がってよろしい。」

 いつも通りの声色と調子になった宰相閣下に退室を命じられて、私は一礼して宰相執務室を後にした。扉の外で待機していた秘書官が寄ってくる。

「どうでした?」

「なんとか、奏上を許された…。こ、怖かった…。」

 私は宮廷魔術師長執務室に戻る廊下の途中で、思わずなんどもへたり込みそうになった。

 でも、提案は宰相閣下に認められたのだ。計画実現に一歩近づけたのだ。

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