156 ドラゴンの派遣契約
拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
そんな感じで、私が孤児院での教育や新技術開発研究などに勤しんでいる頃。
ヴィナロス王国の近衛五軍と竜の狩場との間で、軍事同盟で派遣される竜たちの数や待遇などについての細部が詰められていた。
「では、これが最終的な合意に達した文書の草案です。双方、ご確認ください。」
やや長く尖った犬のような耳と尻尾を持つケモ耳タイプの獣人種ナハムの、整えたあご髭を生やした背の高い男がテーブルに向かい合う二人に数葉からなる文書を手渡した。
サミール・タリク・クァラハ、宰相のアルディア・サイヴス・ハルア・コンカーヴの夫であり、軍務尚書のシェーン・フィグレー侯爵の直属の部下である。
「お二人にご意見が無ければ、この草案をそのまま最終合意文書として清書します。」
軍務尚書のシェーン・フィグレー侯爵は落ち着いた声で淡々と話す。
無言で書類の文面に目を通すのは上級将軍のカステル卿、そしてもう一人は魔獣使いのダヴィッド・ガンゲスだった。
ダヴィッドはこの件の交渉役として、ガンゲス公爵家の当主ヴェリ・ガンゲスより全権を与えられた交渉人として派遣されていた。
「うむ、問題無い。」
老眼鏡を外して、ガンゲス卿は答えた。
「私も異論はありません。」
ダヴィッドも書類から顔を上げる。
「では、これで文書を清書します。」
その言葉と同時に、壁際に控えていた双方の事務官が二人の責任者の前に着席すると、重要な公文書や契約書を作成するための専用の魔術“証書作成”に使われる専用の紙とインクを取り出した。
二人の事務官は神々の名の下に宣誓をおこない、二人の責任者の前でスラスラと流麗な筆跡で合意文書を清書してゆく。
その文字列は、カステル卿とダヴィッドが確認した最終合意文書と寸分違わず正確に書き綴られる。
インクは書かれた後に青く光り、その後、普通のインクのように黒くなって紙に定着する。
このインクでこの紙に書かれた文字や図面は改変できず、消すこともできないのだ。
作業は15分ほどで終わり、作業に当たった二人の事務官は書いた文書を交換して、目の前の責任者に渡す。
二人はそのインクで合意文書にサインした。
そしてお互いにうなずきあうと、声を揃えて合意の成立を宣言した。
「我々はここに合意し、この証書を取り交わすことを宣言する!」
“証書作成”の魔術が効果を表し、書類全体が淡く光った。それはしばらくして消えた。
二人はナイフで一部の文字を試しに削る。たちまち、紙が元の形に復元して傷を埋め、そこに削られた文字が浮かび上がった。
「問題なく、正しく作用していますな。」
「うむ、ではこれで。」
しっかりした造りの革のファイルに合意文書を挟み、それを交換する。
数日をかけておこなわれていた交渉が終わったのだ。
二人がサインした文書は、竜の狩場から派遣された竜の軍隊内における地位・扱い・義務などについての取り決めである。
大枠は先のダルトンが特使として赴いた際に方向性が決まっていたが、その細部が定められたのだ。
「では、私は帰国してすぐに、そちらに派遣する竜を募集します。来月初めにはこちらに来れるでしょう。」
「期待しておりますぞ。こちらは急ぎ、準備を開始します。」
二人は握手を交わし、サミールの案内でカステル卿とフィグレー卿の見送りを受けて宮殿を後にした。
「本当に竜と一緒に戦場を征くことになるとは。想像もせんかった。」
「それには私も同意します。」
「で、ドラゴンを交えた陣形などの考察はどうなっておる?」
「なにぶん古いもので…本当に『参考』にしかなりません。」
フィグレー卿は一冊のファイルをカステル卿に手渡した。
中にあるのは少々厚めの書類である。三分の一ほどは古い文献の写しであるようで、それはカステル卿にも古めかしい表現の文書だった。いくつかには陣形図と思われる挿絵や図がある。
「公文書館とアーディアス卿の父君がだいぶ協力してくださいました。」
「ほう、パウロがか。いやはや、これは間違っても失敗できんな。正直、竜よりあいつの方がおっかない。」
「ええ?そうなのですか?」
書類に目を通すカステル卿の言葉に、フィグレー卿は意外そうな声をあげた。
その言葉にカステル卿は書類から目を上げて答える。
「ああ、そうだとも。息子の方は、あの穏やかというか呑気な性格だがな。若い頃のパウロはなかなかの激情家だった。」
「そうだったのですか…。温厚な老魔術師だとばかり。」
「あれはソフィア殿の手前、猫をかぶっているだけだ。」
カステル卿は肩をすくめる。
その様子に、フィグレー卿は意外な人物の、意外な側面を見せられた気がした。
「今のアーディアス卿もそうした面を受け継いでいるのでしょうか?」
「どうだかなぁ…。ここのところ、人が変わったように動き始めているが。娘が産まれた以外に何があったのやら。」
そうした会話が宮殿左翼にある元帥府で交わされてから1ヶ月後。
最初の竜がやってきたのだった。
私はその時、農業大臣のフレーヤス卿と共に、最初の軸受けを使った馬車の走行実験中だっだ。一般的な荷運び用の2頭立ての馬車の車輪を、軸受けのあるものに変えただけだが。
今回は予備実験で、最初に作った設計図のままに作り、部材の変形や動きなどを見て、素材の強度や形状などのデザイン面を再検討するためのものだ。
現実地球の現代ならば各種センサーと解析ソフトの出番だが、この世界にそれらは無いから何度も実験を繰り返して最適解を探るしかない。
馬を操る御者の感想も大切だ。
「ふうむ。普通の荷馬車よりも軽々と動いているようだが?」
「そうですね。あとで取り外して磨耗の程度を見ましょう。硬い鉄を使っていますが、今のものが最適かわからないですし。」
「そうだな。硬過ぎれば割れてしまう。」
軸受けは加工精度も大事だが『素材のちょうどいい硬さ』も同じぐらい重要だ。摩耗や変形に強い素材でなければならない。
硬すぎるのも、柔らかすぎるのもダメなのだ。
もちろん、たくさん用意しないといけないものだから、大量に、そしてあまり高価ではない素材でできなければならない。
「これについては、ケイトにも助言や指導をお願いするつもりです。」
「おお、噂に聞くアーディアス卿のご学友か。優れた錬金術師だとか。」
そんな会話をフレーヤス卿としていると、上空から大きな影が一瞬通り過ぎた。
私はその瞬間、背中に汗が滲むのを感じた。
「これは…!」
私はすぐに天を仰ぐ。視界の端に桁外れに大きい、広い翼のある生物の姿が見えた。その体表は赤い。
それは旋回して、我々の方に向かってくる。
そして、大きな砂ぼこりと突風、地響きを立てて実験場にしていた宮殿近くの草地に着地した。
ヴォグル゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ゛!
大きな咆哮が響き渡る。
私はこの声と、目の前の赤竜に既視感を感じた。
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