154 子供達の将来
拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し。
主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
「──と、まあ、そんな話があったんだ。」
「あなたは少し優しすぎますわ。」
マリアは諭すように言った。
「一人の犠牲で国家の中枢が、ひいてはこの国の民のほぼ全てが守られるとなれば、悩むことは無いでしょう。」
「そうかも知れないが…。例えば、それが私だったとしたら、同じことを言えるかい?」
「出自の知れぬ娘と、歴史ある名家の当主とは比べられませんわ。」
この世界の常識ではそうなるよなぁ〜、と思いつつ、私はマリアの意見を聞いていた。
「それに、大聖都で大聖女様の生まれ変わりとして丁重に扱われて暮らすのでしょう?悪い暮らしでは無いはずです。」
「衣食住の心配は無いのだろうけどね。」
「例の魔術属性が無ければ、その赤ん坊は読み書きと算術、あとは家事や料理、針仕事を覚えて、つつましく暮らす一生になるわけでしょう?むしろ破格の大出世ですわ。」
彼女の言うことは、それはそれでもっともなのだが。
「いやさ、それでも自分のしたいことが何ひとつ許されず、全部あらかじめ決められていたら、君は嫌じゃないのかい?」
「そんなこと…。それを言ったら、貧しい庶民なら生きるのがやっとで、それこそ選択の余地などありません。」
そこで飾られている花に視線を向けた。
「私も子供時分には、ロレーヌに口やかましく言われて嫌になったこともありましたわ。でも、今では私のことを思ってというのが分かっていますしね。」
「私との結婚には?」
「確かに、私に選択の余地はありませんでした。でも私、あなたとの結婚生活に不満はありませんよ。」
「本当に?」
「ええ、本当に。」
ある程度の家格のある貴族ではどこでもそうなのだが、私もマリアも幼少の頃にお互いに許嫁の関係だった。
そこに私たちの自由意志は無い。
だからこそ、一定の節度を保って暮らすことになるし、どうにも合わないために義務以上の触れ合いをせず、外で密かに愛を育む者が男女ともに絶えない理由でもある。
どう生き、どう暮らすのかも、アーディアス公爵家の跡取りとなる事が産まれながらに決まっていたのも、私の意思では無い。
次男・三男だったりすれば、一定の自由があり得たかもしれないが、その場合は厄介者にならない程度にそれなりの官職なり財産なりを分与されて一生をうだつの上がらないまま過ごすことになる。
望んでレールの上に乗るのなら本望かもしれないが、産まれながらに決められ、選択の機会を得ようとすることすら禁じられるのは辛いと思う。
その原因が社会制度であれ、貧困であれだ。
「良かった。ここで実は嫌だったとか言われたら、心が折れるところだった。」
私は枕に体を預けた。
このところ、長時間の勤務が当たり前になっているので眠気が襲ってくる。
「仮にそうだったとしても、今のあなたのような疲弊しきった人に追い打ちをかけるような無慈悲な真似はしませんわ。」
そう言うと、マリアはベッドサイドの読書灯を2回、指先で叩いて灯りを消した。
淡い光に照らされていた優雅な腕と横顔が一瞬で闇に同化する。
そして隣に彼女も体を横たえる動きを感じた。
「お休みなさい。良い夢を。」
「ああ、おやすみ。」
私は、あの“大聖女の生まれ変わり”の赤ん坊について、今のこの世界では避けようの無い犠牲と割り切ることに決めた。
眠りに落ちる直前、すまんな、と心の中で謝った。
もちろんそれが、自分自身を良心をごまかすためのものに過ぎない自覚は十分にあるのだけど。
翌日は午前中からファインス局長をはじめ、幼児教育研究機関の主だったメンバーからの現状報告と課題解決の方法を模索する会議がおこなわれていた。
計画はおおむね順調に進行している。多少の遅れや浮上する課題もあるが、それらは想定の範疇だ。
「学習の進み具合に個人差があります。単純に物覚えが良い悪いと言う話ではなく、ある内容で突出して良かったと思えば、別の分野では振るわないといった例が少なからずあり──。」
「それは教える側の問題では?」
「その可能性を最初に疑い、担当者を入れ替えてみましたが結果は変わりませんでした。」
「ふむ、では何につまづいているのかを付きっ切りになって解明して、そこを解きほぐしてはどうか?」
各メンバー間で、教育方法について議論したり、新しい手法を考案したり、次々と意見が出てくる。
私はその様子を見ていて、少し物思いにふけった。
私が実現させたこの政策で、男ならば盗人かゴロツキ、女なら売春婦か家事奴隷にしかなれなかった子供たちが多少はマシな職業につけるようになるのは間違いない。
例の“大聖女の生まれ変わり”の赤ん坊はともかく、特異な魔術属性を持って生まれた子供達には特別なプログラムが組まれた。
中には薬師ギルド長夫妻に引き取られた“癒し”属性の子や銀竜騎士団に引き取られた“五属性”の子供など、すでにその能力を活かす道に入った子すらいる。
考えてみれば、彼らだってあの“大聖女の生まれ変わり”の赤ん坊と境遇は大差無いのかもしれない。
国家間の取引の具に使われなかっただけで。
でも、彼らの場合は、少しでも自分で何かを選択する自由を手に入れられるのだろうか?
少なくとも犯罪で口を糊して生き抜かねばならないような、悲惨な貧困状態には陥らないで済むと思うのだが。
会議を終えてファインス局長たちと昼食を取った後、午後はそのまま近隣にある数カ所の孤児院を視察に巡る。
このところ会議・報告会・打ち合わせ・折衝・事務処理と、宮殿にこもりっぱなしの状態が続いていたので、気晴らしも兼ねている。
最初に来たのはアーディアス領にある孤児院だ。クジモ僧院長のいる、最初に行ったあそこである。
門前に来ると、以前と違って子供達の笑い声や何かを唱和する声などが聞こえてきた。
「おお?これは?」
「運動の時間と、あと音楽でしょう。」
以前は静かな…言い換えれば、教育といってもせいぜい子供達に聖典を読み聞かせる程度。
片手間でやっていたから、自分の名前を書ける程度の読み書きしか教えていなかった静かなだけだった孤児院が大きな変わりようだ。
「おお、公爵様! よくぞお越しくださいました。」
二十人余りの子供たちに取り囲まれて、クジモ僧院長が出迎えてくれた。
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