152 発想がホラー映画
拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
本作品は『月曜日・水曜日・金曜日』の午前04:00時に更新です。
チート無し・特殊能力無し・死に戻り無し・(ほぼ)事前知識無し、主人公自身の知識と知恵と度胸と才覚でなんとか破滅の未来を避けようとするお話です。
ゴルデス卿・ガロベット卿の話し合いが終わると、息をつく暇もなく次の会合に急ぎ足で向かう。
今度のは幼馴染と部下ばかりなので、いくぶん気が楽だ。
「閣下、早く歩かないと間に合わないですよ。」
「わかってるよ。こんなに忙しいのは初めてだ。」
「火をつけたのは閣下じゃないですか。」
秘書官からのツッコミに、私はぐうの音も出ない。
「それはそうなんだが…。くそ、もっと下準備をしてから確実に進めるつもりだったのに!」
「珍しく荒れていますね。」
「忙しいと、人は心が荒むものだよ。君もそうなる。」
「なるべく、にこやかにするよう心がけまーす。」
秘書官と軽いやり取りを続けながら、宮殿西翼の廊下を早足で進み、私と秘書官は“勲の間”に着いた。
重厚な扉の前とその周辺には、20名ほどの完全武装した騎士と兵士たちが警備に当たっている。
この会議の出席者には、やんごとなき方も来ているのだ。
敬礼する彼らの前を、私は息を整えてから、威儀を正して通過する。
「宮廷魔術師長、ダルトン・アーディアス公爵がお見えになりました。」
ドアを開いた王太子付きの侍従が私の到着を告げる。
勲の間は過去の国王たちや王族のあげた武勲を表彰して展示してある部屋で、武装した姿の肖像画や彼らの使った武器や鎧などの装備品が博物館の展示品のように飾られている。
さすがに国王や王族が使った武器や防具となると、見た目も立派だし、魔術で強化されている一級品ばかりなので壮観である。
その中央には大きな机があり、椅子が並べられている。
勲の間も普段は訪れる人は無く、現在は軍事関係の会議があるときに会議室として利用されているだけなのだ。
席には白金竜騎士団団長のアーノルド・バーナード将軍とその部下たち、宮廷魔術技官主任のクロード・オーバネル、そして王太子のアントニオ・ガルダーン・ド・ヴィナロスがすでに集まっていた。
「遅くなってしまって、申し訳ありません。」
「気にするな。まだ予定時刻に…今なったな。」
王太子のアントニオの冗談に、周囲から軽く笑いがこぼれる。
「ギリギリになってしまって、面目無い。」
「君がひどく忙しいのは分かっている。誰も責めんさ。ゴルデス卿・ガロベット卿とは話がうまくついたか?」
「ええ、お二人とも快く協力していただける事になりました。」
「それは重畳。」
子供の頃からの知った仲とはいえ、アントニオは将来の国王。相応に威厳のある振る舞いを見せている。
私と秘書官が着席したのを見て、アーノルドが立ち上がった。
「本日、王太子殿下の御臨席を賜わり、誠に光栄であります。」
会議の開始を告げるのはアーノルドだ。彼は体もデカイし、身長も高いので、無言で立っていても威厳がある。いや、威厳では無く威圧感かもしれないが。
「本日は、王宮ならびに宮殿の魔術的防衛の改善について議論したい。これからの議論はすべて勅令1623ー321および勅令1655ー1220に基づく守秘義務が、すべての出席者と参加者に課せられる。これは国王陛下ならびに司法長官によって認可された決定事項である。」
とは言え、彼の低いがよく通る声で宣言し、周囲に念押しするように見回す様は、まったくもって威厳に満ちているという表現がふさわしい。
「まずは魔術的防衛に現状について、宮廷魔術技官主任のクロード・オーバネルより皆様にご説明申し上げる。」
私がその後に続けると、クロード主任が立ち上がって一礼してから説明を始めた。
なにせ、今の魔術防衛システムを構築し直した当の本人だ。説明するのにこれほど適した人物はいない。
「畏れ多くも王太子殿下、ならびにバーナード将軍閣下の御前でご説明申し上げる機会を頂戴し、恐懼の至りでございます。」
クロード主任の説明は明快だった。侵入者警報と低レベルの悪霊や魔物の侵入を防ぐ結界が主な魔術防衛手段となっている現状を説明。
モンジェリン公爵の城館での一件を反省材料とした、新たに加える警報システムの構想を述べた。
「…以上でございます。ご質問とご意見を承りたく。」
「寄せてくる敵はどの程度と見ているのだ?」
「はい。エングルムでの一件で出現したのは霊体系の下位悪魔であり、特に対処が困難なものはそれでございます。第1案ではそれを念頭に考えました。」
「この見立ては妥当か?」
アントニオはアーノルドの隣に座っている初老の男に話を振った。
彼は、王立魔術院から上級将軍のカステル卿の元に私が派遣した悪魔学の専門家である。
名前をジャン・ミストラルと言う学者だ。今回の会議には悪魔に詳しい者が必要という事で参加している。
「“屍の影”対策だけでは、やや不十分かと思われます。相手がザカトナールでございますから“墓所の妖蛆”のような、寄生型の下位悪魔も視野に入れるべきかと考えます。」
(…うわ〜、エグいものを…。)
私は声には出さなかったが、想像して肌が泡立つのを抑えられなかった。
墓所の妖蛆は先端に人間の眼球のようなものがついた白い蛆虫のような下位悪魔で、数百から数千匹の集団で行動し、ときに他者の身体を乗っ取っることがあるとされている。
専門書によれば、人間の穴という穴から潜り込んで、脳や脊髄を食い荒らして成り代わるのだという。
ザカトナールの配下の悪魔、あるいはその化身ともされる“霊廟に潜むもの メルカボルノ”の眷属だという。
「それは、現れれば厄介な相手になるのは間違いなさそうだな。」
そして、アントニオは私の方にも視線を向ける。
「アーディアス卿、君の意見も聞きたい。」
「霊体系のアンデッドも当然、この計画で視野に入れております。ミストラル師のご指摘はもっともでございますし、寄生系のものへの対策を入れてまいります。」
さらにアーノルドにも話を振る。
「他には無いか?」
「下水管やわずかな隙間からでも入って来れる、スライムのような魔物対策も必要では無いかと愚考いたします。」
「そうだな。湯浴みの最中に襲われたら、それこそ抵抗は難しいな。」
淡々と答えるアーノルドをよそに、私はそっと秘書官の顔を見る。
ロクでも無い想定が次々と湧いてくるこの会議の内容に、嫌そうな顔をしていた。表面上は澄ました顔をしているが、長い付き合いだからわかる程度の変化がある。
そうだよな、ホラー映画に出てくるような発想ばかりだものな。
シャワーの最中に排水溝から這い出てきたスライムに襲われるなんて、一番嫌な死に方だよな。蛆虫に生きながら体内から喰われるのも同じぐらい嫌だけど。
「はい。さらには擬態能力を持つ下位悪魔も視野に入れてよろしいかと。」
「そんな悪魔もいるのか。」
「悪魔は人間を謀る手段と技に長じた存在でございますから。」
アーノルドは聞いたことをメモに取りながら、何か考えているようだが…。
あいつは頭は悪く無いのだが、熟慮した結果が『物理でぶん殴るのが最強』に行き着く、意図的に選択した脳筋発想をする奴だからな。
あいつの強さと身体能力だと、そうなってしまうのも無理はないのかも知れないが。
「こうなると、宮殿を防衛するよりも、重要人物を直接保護する防御系魔術を常時発動させた魔法道具を身につけてもらう方が簡単かも知れません。」
私はちょっと驚いた。
アーノルドが物理でぶん殴る以外の解決策を考えるなんて!
「それはそうだな。アーディアス卿、君の意見はどうだ?」
「あ、はい。それはいい発案だと思います。」
私は慌てて、そして表面上は努めて穏やかに答えた。
取り憑かれて困るのは国家の重要人物。国王陛下はもちろんだが、他の王族の皆様方・主要閣僚とその家族・上級の官僚・秘書官のような重要人物の直近に常に控える者たちには備えさせた方が良いように思う。
「ただ、どう考えても2、3百人は対象者が居そうです。それだけの護符を用意するなど一度には難しゅうございます。優先順位をつけて順次配布するより無いかと。」
「技術的には可能か?」
「そうですね…。おそらくは可能かと。検討の時間をいただきたく。」
アントニオは了承の意味で頷いた。
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