151 技術確立までの道(後編)
いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
今後の投稿ペースですが、一応の予定として『月曜日・水曜日・金曜日』の更新としたいと考えております。
曜日や更新ペースについては、皆様の反応や私の都合などで変更するかもしれません。
公開はいつも通りの午前04:00時です。
朝の通勤・通学の時間のお暇つぶしに間に合うようにするのは変わりません。
今後もよろしく、おつきあいくださいませ。
「アル・ハイアインからは、もうひとつソーダ灰の代わりになる素材が、とおっしゃっておりましたな。」
「ええ、鉱石なのですが、それを精製・加工して得ます。まず探すところから始めないといけないのですが。」
「そう言われれば、他国のガラス職人たちが使う海藻の灰をアル・ハイアイン王国では使いませんな。」
ガロベット卿は顎に手を当てて、天井を見上げて思い出しながら言った。
ビンゴ!
ガロベット卿の言葉で、アル・ハイアイン王国のガラス職人たちは、トロナかナトロンから炭酸ナトリウムを得ているのは確実とみていい。
問題は、それをどうやって輸出してもらうかだ。
「ならば、その鉱石はほぼ確実にあると思います。」
「そうか。国外輸出禁止品目になっていなければ良いのだが…。聞くだけ聞いてみよう。」
「ありがとうございます。」
私はガロベット卿に頭を下げた。
「もしダメだった場合はどうするのかね?計画中止か?」
「いえ、方法は二つ考えてあります。」
「ほほう?」
ゴルデス卿は興味深げに私をみた。
「ひとつは製品を輸入すること。規格どおりに作ったガラス瓶を我が国に輸出してもらう。」
「ふむふむ。」
「もうひとつは、錬金術によって製造する方法です。」
「そのようなこともできるのか!」
ゴルデス卿は驚いたようだった。
私は錬金術と表現したが、やることは実際には化学そのものである。
炭酸ナトリウムの製造と聞いて、まず思いつくのはソルベー法だ。
主な材料は水・石灰石・食塩・アンモニア。それと化学反応には直接関与しないが、石灰石を焼くときに必要なコークスである。
水・石灰石・食塩は簡単に調達できるが、アンモニアとコークスが難しい。
コークスは石炭を無酸素状態で高温処理して、揮発成分を飛ばすと得られる。そのための専用の炉と石炭が必要だ。
石炭の産地を探し、炉の設計から始めなくてはいけない。
アンモニアはさらに難しく、ハーバー・ボッシュ法による高温高圧に耐えられる反応炉を作る必要があり、この世界の技術水準では難しい。
したがって、残念ながらソルベー法は無しである。
そこで代替として考えたのが食塩水を電気分解し、それで生じる水酸化ナトリウムを二酸化炭素と反応させて炭酸ナトリウムを得る方法だ。
電気分解の過程で水素ガスと塩素ガスを生じるので、これをうまく処理する方法が必要だが、考えねばならないのが電気だけなので課題はひとつ減る。
もちろん発電機の設計・元になるエネルギー源の捜索・送電設備や電力の安定化の技術開発などするべきことはあるが。
水力か風力あたりが有望だろうか。
ミョール川の堰ができれば発電を目的に加えて欲しいが、そのためにも国内で技術開発をしておくのは悪くないかもしれない。
二酸化炭素は、このあいだの竜の狩場で考案したドライアイスを作る魔術を応用すれば良い。
魔法と化学のミックスになるので、本当に錬金術らしさある工場になるはずだ。
後のことを考えると、国内で自給できるようになっておいた方が良いかな?とも思うのだが、トロナやナトロンから精製する方が、有害な副産物が生じにくいので後始末がつけやすいのだ。
感心しつつも、ゴルデス卿は眉間にしわを寄せたままだった。
「できることならば、アル・ハイアイン王国向けの大きな輸出物資ができれば、交渉もしやすくなるのだが…。」
ゴルデス卿は私の顔を見る。
「穀物の輸入量が増えれば、それに見合う対価が必要ですものね。」
ゴルデス卿が心配しているのは貿易赤字の発生と拡大である。
おそらくは財務大臣のヴェッドン卿から相談されたのだろう。戦争を前に、穀物需要が増えることはあっても逆は無い。
当然、輸入量が増えれば支払いのために国富が国外へと流れていくわけだ。
天然ゴムの本格的な輸入を始めれば、さらにアル・ハイアイン王国へ富が流出することになる。
それを防ぐには、アル・ハイアイン王国で需要の高い物資を輸出するのが良い。
貿易の均衡というやつである。
「では…ガロベット卿、アル・ハイアイン王国で使うソーダ灰の代わりに使うものの需要と供給を調べてください。」
「それは?」
「アル・ハイアイン王国のガラス産業の原材料の調達についてです。」
私はガロベット卿に調査を依頼した。
ガラスの材料はいろいろあるが、これが無いと始まらないものはガラス自体を作る二酸化ケイ素、それの溶融温度を下げて製品の製造をしやすくする炭酸ナトリウムの二つだ。
二酸化ケイ素はこの世界でもありふれている物質だ。その素材である硅砂は普通にある。
ネックになるのが炭酸ナトリウムなわけだ。
これが豊富でないとガラス産業は発達しない。
「もしこれが、常に需要が逼迫しているならば、我が国で生産して輸出するようにすれば向こうも助かるでしょうし、貿易赤字の低減に一躍を担えるでしょう。」
「それは良い案だ。」
「なるほど。ではさっそく調べましょう!」
現代の現実地球ではアメリカで大規模なトロナ鉱床が発見されたことで、ソルベー法の優位が崩れた。
逆に言えば、そうしたものが見つからない限り炭酸ナトリウムの製造は割に合う産業になりうるのだ。
私は他にも高炉を築いて鉄の生産量を上げて、鉄製品の輸出も視野に入れていた。
大電力が調達できるなら、電気炉を作るのも良い。
ヴィナロスは鉄鉱石自体は豊富なので、製鉄業を産業に育てられるだろう。
その実務は私ではなくガロベット卿の仕事だが。
「アーディアス卿、ではこちらはそれらの新しい技術が遠からず開発されるという前提で、各種の交渉に臨みます。」
「ええ、楽しみにしていてください。」
「いやはや、戦争が始まりそうでどうかと思っていましたが、新たな産業のきっかけになりそうで楽しみですな!」
今日の私とゴルデス卿・ガロベット卿の話し合いは議事録を宰相閣下に提出し、ヴェッドン卿とフレーヤス卿にも読んでもらって事情を知ってもらうことにした。
ほんと、しばらく馬車馬のように働かなくてはいけなさそうだ。
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