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15 宰相閣下はケモ耳女子です

 宰相閣下はそのナハム、ケモ耳の民なのだ。

 そんなわけで、宮殿内で“ケモ耳だから頭が軽い”などと陰口を叩こうものなら物理的に首が飛ぶ。

 私の首ならば物理的に飛ばないかもしれないが、職業的な意味では首が飛ぶ。

 国王陛下の右腕、この国のナンバー2。

 それが宰相アルディア・サイヴス・ハルア・コンカーヴ公爵である。

 ナハムの習慣により個人名・父親の名・母親の名で個人の名前を構成している。本来ナハムに家名は無いのだが、例外的に宰相閣下の一族は3代目の王よりコンカーヴの家名を賜ったので、それを最後につけている。

 長いので皆、普段は『宰相閣下』と呼んでいる。コンカーヴ卿と呼ぶ人もいるかも知れないが、それが許されるのは陛下ぐらいじゃないだろうか。


 宮廷魔術師長はいくつかの国家機関のトップだが、宰相閣下はその上。つまり上司である。

 私は御前会議で奏上する案件について、すでに王太子殿下・バーナード卿・財務大臣・産業大臣と相談して資料を作っていた。人材確保の要望や人材受け入れ、必要な予算の見積もりなどは私だけではわからないからだ。

 そうした資料を用意の上、アポイントメントを取って、これから宰相閣下への説明会(プレゼン)に臨むわけだ。

 正面奥の執務机の前に悠然と座って職務にあたるナハム女性の姿があった。猫に似たモフモフした白い毛に覆われた三角形の耳が頭の上に立っている。

 私が入室すると彼女は立ち上がって前へ出た。白く長い尾が緩やかに左右に揺れる。

「宰相閣下、ご機嫌麗しゅうございます。宮廷魔術師長ダルトンが参りました。」

 知らず、緊張する。

「ふむ、アーディアス卿もお元気そうで何よりだ。アンドレア嬢であったか、貴公に娘が産まれたと聞く。誠に喜ばしい。マリア夫人にも私からの祝意を伝えてくれ。」

「我が娘の事、お祝いいただき恐縮でございます。我が妻にも閣下から言祝いでいただけた事を伝えます。」

 宰相閣下は満足そうに頷いて、穏やかな笑みを浮かべた。

「さて…。我らの間ではこれ以上の社交辞令は無用。さっそく貴公の提案について聞かせてもらおう。」

 宰相閣下への説明会(プレゼン)の開始である。


 もちろん説明会(プレゼン)の内容は孤児院などで養育されている孤児への祝福式を国でおこない、貴重な人材をいち早く発見・確保・養育する計画についてである。

 アーディアス公爵領での出来事を話し、それを元に予想される孤児の数とそこから推測される得られる優れた人材の数・それらに必要な費用・予測される経済効果などについて説明してゆく。

 なによりもこの世界では、まだ機械化による現代的な工業生産が可能な技術レベルに達していない。その後の教育と訓練が必須とは言え、使えることがわかっている人材の確保の重要性は高い。

 宰相閣下は私の顔を見ながら説明に耳を傾け、ときおり渡した資料を確認するかのように見る。

「希少な魔術属性持ちを含む魔法騎士に向いた人材などが、この程度の出費でこれだけ見つかるなら費用分の効果が十分期待できよう。財務と話がついているなら、その点に関しては私からは異論は無い。」

 ひととおりの説明が終わり、宰相の様子を見るとおおむね好意的に受け取られたようだ。私はほっと胸をなでおろした。

 そして次は宰相閣下からの質問に答えている。主にこの案件で重要になる、孤児の数の割り出し方法についてだ。

「して、保護された孤児の人数について、どのように把握したのか?」

「これに関しましては王国のどこにも記録がございません。ですので、その領地の全人口の内、およそ1%程度と仮定しました。」

「その根拠は?」

「これは我が領都ナルボンの人口5万人の内、孤児院で養育する孤児の人数がおよそ500人であることから、そのように設定いたしました。ですので、実数においては誤差があるものと考えております。」

「ふむ、誤差の程度はどの程度あると見積もっているのか?」

「数は最大3倍、最低で1/2ぐらいかと。このような調査自体が初めてでございますので見当がつかず、数カ所で実態調査をおこない正確な統計が可能になるよう準備を進めております。」

「その準備はどの程度進んでいるのか?」

「はい。調査予定地はすでに選定し、先方の領主と交渉中でございます。前向きな返答を得ており、問題なく調査できるものかと。」

「ふむ、それはアルディー領・リーモックス領・ムレット領あたりか?」

 宰相閣下から具体的な地名が上がるのを聞いて、私は心臓が縮み上がるかと思った。言葉が一瞬、喉に詰まる。

「…っ!お、仰せの通りでございます…。」

「そう恐れるな。貴公の事だから友人・知人・親族を頼るであろうと踏んだまでだ。図星だったようだな。」

 宰相閣下は優雅な笑みを浮かべた。

 彼女の言う通り、アルディー領はアントニオ王太子殿下の、リーモックス領はバーナード卿の、ムレット領は妻の実家の領地のひとつである。

 そこで宰相閣下はこめかみに人差し指を当てた。

 これは宰相閣下から厳しい質問が飛ぶ前の癖だ。私は唾を飲み込んだ。

次回の更新は土曜日の予定です。

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