145 カリキュラムの作成 (下)
いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
今後の投稿ペースですが、一応の予定として『月曜日・水曜日・金曜日』の更新としたいと考えております。
曜日や更新ペースについては、皆様の反応や私の都合などで変更するかもしれません。
公開はいつも通りの午前04:00時です。
朝の通勤・通学の時間のお暇つぶしに間に合うようにするのは変わりません。
今後もよろしく、おつきあいくださいませ。
※今日は昨日に引き続き連続して投稿しております。
今のところ、魔法的な能力の開発は身体能力の開発に含めている。
これに関しては私の前世の知識や経験はまったく無い。私がダルトン・アーディアスとして生を受けた時以降の経験しかないのだ。
そもそもが魔法的能力の差はどうして生じるのか、魔力はどうして生じているのかなど、霊素については分からないことだらけだ。
経験則を元に、どうにか理論を組み立てて、使えているに過ぎない。
そのため、この幼児教育研究では魔術の習得は目標にせず、魔力のコントロールに主眼を置くことにした。
稀なことではあるが、生まれつき強い魔力を持っている子供がいる。
そうした子供は魔力の制御ができずに自他を傷つけてしまうことが少なくない。
しかし、しばしばそういった子は非凡な魔法の才能の持ち主なのだ。
危険性があるからといって、そうした宝石の原石のようなこの才能を捨ててしまえるほど、この世界の魔法系人材は余っていない。
むしろ危険を承知で積極的に見出して、取り立てたいぐらいだ。
今回の計画案では、そうした強い魔力の持ち主や希少な魔術特性の子どものための特別なプログラムも考案されている。
我が娘のアンドレアもここに入る。『闇』属性なんてのは珍しい。
魔術師の家系であるアーディアス家でも、始まって以来のものだ。
私は計画案の概略版を読んで、だいたい良いのではないかと思った。もちろん、詳細版を読んで検討する。
「ふむ、大きな問題は無さそうだな。」
「はい、私もそう判断しております。経過観察記録を日報の形で作成し、課題を早期に洗い出し、改善につなげられるようにいたします。」
「後から検証しやすいように、書式は統一するのだ。」
「承知しております。」
続いて大切なことがあるので、これも同時に始めなくてはいけない。
「君の仕事を増やすようで申し訳ないが、もう一つ、とても大事なことがある。」
「なんでございましょうか?」
「今後、子供を指導する教師が増えるわけだが、その教師の『質』をある程度揃えておきたい。」
「あ、なるほど!教師としての適性や教え方を指導するのですね。」
「そのとおりだ。特に暴力はいけない。」
当たり前のことだが、子供、特に幼児に平気で手をあげるような大人は間違いなくゲスであり、人としての風上にも置けない。
間違っても、暴力を教育の手段にする奴は教師になどしてはいけない。
暴力と虐待を躾だとか愛がある故だとか言う奴ほど、暴力と虐待と指導の区別がついていない。
暴力を受けた子供は、特に幼児ほど萎縮するし、言語能力が未発達だから自分が暴行を受けたことを説明できない。
その子が暴力を振るわれたと言わないからそれは暴行ではないのだ、などと開き直る度し難いゴミクズのような奴もいるが、それはその子が自分の身に降りかかった暴力を説明する言葉を持たないからだ。
そもそも、暴力や虐待はそうした能力の発達を阻害したりもする。
教育において、暴力と虐待は絶対に否定されねばならないのだ。
そもそも暴力と虐待で完全な教育ができるなら、世界の教育は全部そうなっているだろう。
そうなっていないのが何よりの証拠である。
暴力ですべてが解決できるほど、世界は単純ではないのだ。
「指導や教育実験に携わる者は、事前に面談して、暴力的傾向の持ち主は外してもらう。そのほかにも、子供たちに危害を加えるような性向のある者も採らないように。」
「そうですね。この事業に加わる者は善良であると信じたいですが。」
「人数が増えれば良からぬ事を企む奴も出てくる。それに、始めたばかりの事業で不祥事続出は周囲の覚えも悪くなるしな。」
これはその個人の気質などにもよるだろうから、魔術で防げるような単純なものではない。
だからと言って度々失敗して被害を出しても、許されるような性質のものではない。
難しいし完璧は無いだろうが、それでも完璧を目指すしかない。
もちろん面接や試験だけで防げるものでは無いから、複数担任制や一人当たりが担当する子供の数の制限、大人と子供の二人きりにしないなどの人事面や行動面での対策も必要だろう。
「教師の養成も課題だな。当面は子供の家庭教師をした経験のある者を優先に採用して、成果を挙げた者に教師の養成に回ってもらおう。どうだろうか?」
「そうするより他に無さそうですね。私からは現場に立つ者だけでなく、学問的研究の立場にある者も加えていただきたく思います。」
「うん、そうだな。どのみち時間はかかるから、手探りで良い方向を見つけてゆこう。」
ヴィナロス王国、ひいては世界初となる幼児教育・保育預かり機関『幼児園』を、この秋を目標に設置する事でファインス局長と合意した。
「閣下、もうすぐ宮廷魔術技官主任との面会時間です。」
秘書官が懐中時計を片手に事務的に告げる。
「お、ギリギリまで話し込んでしまっていたな。ではファインス局長、気苦労も多いと思うが、困難があれば遠慮なく私に言ってくれ。」
「ありがとうございます、閣下。色良い報告をお持ちできるように努力いたしますわ。」
退出するファインス局長の後ろに、白い顎髭のおっさんが控えている。
宮殿に張り巡らされた魔術的なシステムの管理運営の実務にあたる魔術技官たちを束ねる、宮廷魔術技官主任クロード・オーバネルだ。




