143 ドドネウス神殿長
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いつも拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
今後の投稿ペースですが、一応の予定として『月曜日・水曜日・金曜日』の更新としたいと考えております。
曜日や更新ペースについては、皆様の反応や私の都合などで変更するかもしれません。
公開はいつも通りの午前04:00時です。
朝の通勤・通学の時間のお暇つぶしに間に合うようにするのは変わりません。
今後もよろしく、おつきあいくださいませ。
アイン・サバティスは王都にある大神殿の副神殿長だ。
副神殿長だからと言っていつも大神殿にいるわけではなく、ふだんは宮殿の王族専用礼拝所に詰めている。
早い話が、アインはヴィナロス王国と神殿とのつなぎ役を担っているわけだ。
それだけに神殿内部の情報に通じている。
アインから連絡を受けた私は、さっそく宮殿入口手前の待合所で彼を呼んでもらう。
「宮廷魔術師長閣下、ご足労いただき申し訳無い。」
「副神殿長殿、お久しぶり。私が頼んだ件なのだから気になさらず。」
そして、挨拶を交わした私たちは、以前のように待合所のすぐ外にある小庭園の一角に移動する。私はすぐに“防音”の魔術を展開した。
「ずいぶん忙しそうだね。君、竜の狩場に行ってたんだって?大冒険じゃ無いか。」
「その件については近いうちに詳しく話すことになると思うので、後日にでも。」
「おや?何かありそうだね。まあ、いいや。今日は呼び出した件の方を話そう。」
アインはゆったりとした白い法服の袂から、一冊のファイルを取り出した。
「それは?」
「これはドドネウス神殿長の行動記録と公日記の写しさ。」
ヴィナロス王国に限ったことでは無いが、公的な地位に就いている人物には記録係が付く。
それは公設の秘書官が兼任する場合もあるが、国王や主要な大臣などの国家の最重要人物には専任の記録係がいる。
この記録係は何をするかというと、対象となる人物が、いつ、どこで、誰と会い、何をして、何を話したのかなどの、行動の一切を記録するのだ。
この記録係が作成した公式な記録が『公日記』と呼ばれるものだ。
対象となる人物の公式な日記として、公文書のひとつに位置付けられ厳重に保管される。
もちろん宮廷魔術師長である私にも記録係がいる。私の場合は公設秘書官のアンドレが兼任である。
今、私がアインと会っているように、行き先と会う相手だけ把握している場合は後日に確認をしているらしい。
王都の大神殿はヴィナロス王国の国家機関ではないが、神殿長ともなれば公日記が作成されているようだ。
「なるほど。それで怪しい動きは?」
「まったく無い。2ヶ月観察して何も出ないね。」
「それを見せてもらえるか?」
「ああ、良いとも。」
私はアインからファイルを受け取ると、中を改め始めた。
ドドネウス神殿長はヴィナロス王国の出身では無い。大聖都近くのグリフォーネという町の出身だ。
出身階級は、地元のそこそこ大きい商家の次男坊であったと聞く。
頭も良く、信仰篤い彼は上層部の覚えも良く、順調に出世して大聖都での地位も固めていたらしい。
大聖都で一定以上の出世をした者には三つの道がある。
ひとつ目。さらに上の階位に上がり、枢機卿・教皇の地位を目指す者。
ふたつ目。そこで引退し、教義や奇跡術などの研究をおこなう神学者や、後進を育てる教師となる者。
みっつ目。大聖都を去り、各地の主要な神殿の長に就く者。
ドドネウス神殿長はみっつ目を選んだわけだ。
神殿は神に仕える神官たちの組織で、神々への信仰を紐帯とした国家の枠を超えた組織だが、トップを目指そうとなれば政治力がある程度は必要だ。
神殿自体もいかなる国家にも中立の立場を貫くという建前を掲げてはいるものの、国際情勢や神殿組織自体の利害からトップレベルには各国の思惑が働くこともある。
いかなる組織でもそうなのだが、トップに必要なのは指揮・監督能力に基づく指導力と統率力であり、またそれらを実現するための政治力なのだ。
神殿といえどもその例に漏れず、信仰の篤さは実はあまり関係がない。
逆にそんな事情から、俗っぽさを嫌ってトップを目指すのを良しとしない神官たちもいる。
生真面目な神官なら神学者や教師になるし、そうでなくても政治的な闘争を嫌って各地のそこそこの規模の神殿の長として赴任する事を選ぶ神官は少なくない。
例えばアンドレアの祝福式を執り行ってくれたトーリオーネ神殿長なんかがそうだ。
そのために、品行方正な徳の高い神官はかえって大聖都以外の方が多い、なんて話もあるくらいだ。
「注意して行動をチェックし始めたのは君に頼まれてからだから、念の為過去の分も調べた。」
「それで?」
「見事に変わりないね。」
私が改めた公日記の写しには整然と文字が並んでいる。
理由はただひとつ。ドドネウス神殿長の行動が極めて規則正しいからだ。
毎朝4時起床。身支度を整えると朝の礼拝。その後、大神殿の僧坊にある食堂で朝食。
それからヴィナロス王国各地にある神殿からの報告書を読み、必要であれば手紙を書き、指示も出す。
時には大聖都から手紙や報告書・何らかの指示が来るので、それにも目を通して、返信する。
そして大神殿の僧坊にある食堂で昼食。たまに誰かと会食もするが、回数は多くない。
午後は一般向け礼拝儀式を主催する。
その後は来賓があれば、それに対応する。来るのは貴族や裕福な市民である場合が多い。名前を見る限りでは聞こえの良くない噂のある人物はいない。
特に来賓が無ければ近隣の神殿や修道院・聖騎士団の詰所に視察に出たり、自室で午前の仕事の続きか、教義の研究をおこなう。
夕方の礼拝を終えると、僧坊の食堂で食事。やはり、たまに夜会に招待されて出席することもあるが、回数は多くない。
その後は自室で過ごし、夜9時ごろには就寝。
ほぼ、毎日これである。
なるほど、これでは悪い話の立ちようが無い。ドドネウス神殿長は清廉潔白で、本当に徳が高そうだ。
「ね、変化が無いでしょ。」
「そうだなぁ。ほんとに悪そうなところがひとつもない。」
ドドネウス神殿長は、大聖都にいたからには神殿組織内部の人間模様にも通じていたはずだ。
この潔白さも、ある種の保身のための鎧だったのかもしれないが。
「お金の流れも綺麗だしね。」
「そこまで調べてくれたのか。」
「もちろん。カネの流れは不正を調べる時の常識じゃないか。」
「お金に関しては無欲というか、書籍以外に高価なものは買ってないね。あとは魔法薬ぐらいかな?それも医師の処方だし。質素な暮らしをなさっておいでだよ。」
「そうか。これなら安心できそうだな。」
私としてはドドネウス神殿長の人物像が分かったことで、何かあった時の対応策が見えてきた。
「僕もあの方が具体的にどう過ごしているのか知りたかったから、良い機会だったよ。」
「この礼は何が良いかな?」
「そうだねぇ…。考えておくよ。」
ドドネウス神殿長がアンドレアの闇堕ちのきっかけになるとは考えにくいが、聖女エンドでの断罪シーンでは聖女側にいたので味方になってくれるとも思えない。
少なくとも敵対的な関係にならないように注意しておくことにしようと、私は決意した。




