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140 報告会 (後編)

 私はもうひとつ、献策を披露する。ビン詰めの開発だ。


「もうひとつは食品を、常温で長期間の保存が可能な技術の確立です。」

「燻製や塩漬けがあるではないか。」

「いえいえ。もっとさまざまな、例えば肉と野菜をスープで煮たものなど、そう言った料理を保存するものです。」


 この世界ではまだ単式顕微鏡すら作られていない。虫めがね程度の拡大レンズはあるのだが、そこで止まっている。

 当然、細菌などの肉眼では見えない微生物も発見されていないので、なぜ食品が腐敗するのか理解されていない。

 そこらへんはボカして、大雑把に十分に火で加熱してから、熱いうちに密封すると腐らないのです、と説明した。


「そう言えば、妻が熱いうちにビンに封じたジャムは腐らぬと言っておったな。」

「ムーリン卿の奥様が?」

「ジャムなどを作るのが好きでな。必ずしもうまくいくわけでは無いのだが、火と熱で清めるのです、などとな。」


 意外な所に理解者がいた。

 方法としては技術的ハードルは低いし、現代地球の歴史でもビン詰め法が確立された時も既存技術を洗練させたという側面があった。

 すでに経験則として、料理人や主婦たちが知っていてもおかしく無い。


「そのための手法をより洗練して確実な技術として確立しようと、我が屋敷の料理人に研究させておりまして。」

「ああ、あの素晴らしい料理を披露した料理人か!」

「だが、そんなものが重要か?」


 賛同意見もあれば、疑念を呈する声もある。


「この事態は長期戦になればなるだけ、向こうに有利です。アンデッドの軍隊には休息も補給も必要が無いのですから。しかし思うように作戦が進行できるとは限りません。昼も夜も無く攻め寄せる相手には、こちらは交代しながら相手する必要があります。」


 ここで私は確認のためにカステル卿に顔を向ける。卿は肯定するように無言で頷いた。


「体力を回復させるにはきちんとした食事が必要ですが、それは戦場では難しいでしょう。こうした調理済みの、温めるだけで食べられる保存食が必須だと、今回の特使派遣の道中で痛感しました。」

「食べ物が腐ったのか?」

「機転を利かせてなんとか危機を回避できましたが、暑さで傷みかけた食品があったのは事実です。」


 そこまで話して、カステル卿が口を開いた。


「確かに前線から戻って、堅パンに燻製肉、良くて雑炊が戦場での食事ですな。アーディアス卿の言うとおり、長期戦は避けたいところだが、思うようにいかぬのも戦場。命を張って帰ってきてそれでは、兵が疲弊し、長くは戦えない。食事が改善できるならば悪い話ではございません。」


 実際に戦場に身を置き、魔物(モンスター)討伐や国境防衛戦の実戦経験が長い彼の言葉には重みがあった。


「士気の維持にも影響しますので、可能であれば実現したい話です。」


 カステル卿は乗り気のようで助かった。


「そこで必要になるのが、密閉に向いたガラスの瓶なのですが。」

「陶器ではダメなのか?」

「焼き物ですと密閉できない場合があるので。」


 溶かしたガラスを成形して固めるガラス製品と、どうしても素材のムラや焼成時の温度管理で歪みやヒビが発生してしまう陶磁器とでは、炉の温度管理技術が十分にできないこの世界ではガラス器に軍配があがる。

 安価で高品質、かつ大きさなどがきちんと揃った陶磁器は、電気炉のような温度管理を厳密におこなえる現代の技術があってこそである。


「だが、ガラスは…。」

「実は量産のためのソーダ灰に代わる素材がアル・ハイアイン王国内に存在すると考えております。」

「なんと、もう目星をつけていたのか!」

「はい。それの有無を確かめるために、ガロベット卿にご協力いただくべく一席設ける予定でした。」


 この“ソーダ灰”こと炭酸ナトリウムの無水物はあれこれと使い道が幅広い。

 アル・ハイアイン王国で炭酸ナトリウムを使った産業が大規模に興っていないところをみると、可能性は二つ。

 原料のトロナやナトロンの使い方を知らないか、存在しないかのどちらかだ。

 あるいは使い方は知っていても、量が限られている可能性もある。

 基本的に霊素(エーテル)を操る能力が低いため霊素術(エーテル アーツ)や錬金術があまり発達していないあの国では、まだ知られていないかもしれない。

 とかく魔法が実在するこの世界では、何かあると魔法に頼りがちなのが欠点だ。それでかなり損をしているように思えてならない。


「そこまで考えておったのなら、ガロベット卿にさせようではないか。」

「はい。これは他国の産業技術に関わることですので、ガロベット卿でなければ調べにくいかと思います。」


 宰相閣下は実行させることに決めたようだ。私からも後で話をしよう。

 もしアル・ハイアイン王国にトロナもナトロンも無かったら困るが、その場合は製陶技術を向上させる方向に切り替えれば良い。

 トロナやナトロンから精製する方法がダメなら、ヴィナロス国内でも安価で大量に手に入る素材でできるソルベイ法もある。

 プランBもプランCもあるのだ。


 こういう事業を進めるための新規ポストを作って、そちらに任せたほうが良いような気がしてきた。

 私はアイデアの基本だけ出して、あとはこの世界での最適解を出してもらう。

 電気と製鉄とコンクリートもアイデアを出しておいたほうが良さそうに思えるが、これもちょっと公表の方法を考えよう。

 一度にやると、それ自体が余計な火種になりかねない。

 でも製鉄は教えたほうが良いかな?少し時間を置いて、じっくり考えよう。あまり時間は無いが。


 私がやらねばならないのは、何よりも『娘アンドレアの闇落ち阻止』なのである。

 こうした技術革新は、私にとって本来は些末事なのだ。

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