139 報告会 (中編)
「どのようなことか?」
陛下は身を乗り出した。
「はい。宰相閣下とムーリン卿にご協力いただきたい内容です。」
「ほう。申せ。」
「何かの?」
私の答えに、宰相閣下とムーリン卿の二人も身を乗り出す。
「このような緊急事態でなければ、自分で予備的な研究をした後に、他の大臣と共同で御前会議に奏上するつもりでおりました。」
そう前置きして、私は説明を始めた。
なにせやる事は多いので、全部を自分で背負い込むと過労死は確実だ。粉骨砕身すると言ったのは嘘ではないが、これで死んでは本末転倒である。
「まずは道路整備です。現状の街道は土のままです。一部に砂利敷き、王都近くでは石畳の場所もありますが、街道がこれでは雨が降ればぬかるみ、必要な物資も人員も思うように運べません。」
「そなたの進言はもっともであるが、費用はどうにかできても、時間が間に合わぬぞ。」
陛下はあご髭を撫でる。
「はい。そこでアスファルト舗装というものがありまして──。」
私はアスファルト舗装について説明した。そしてネックになるのがアスファルトの大量確保だとも。
「少量ならば魔術師・錬金術師向けの素材を扱う商店で手に入るのですが、大量となると難しく。国内で採れるようなので、おそらくあちこちに産地があると思うのですが。産地を調査して、質と産出量を確かめてから、自領の道路で試験するつもりでおりました。」
「そのようなことを考えておったのか。つまり、そのアスファルトの産地を探し出し、質と採れる量を確かめれば良いのだな?」
「仰せのとおりでございます。あとは既存の道路建設の経験がある建設技術者や工兵、石工たちを集めて技術の習得をさせれば良いわけです。」
道路の建設というものは、雑にまとめると古代ローマの時代から基本は変わっていない。
掘って地盤を均し、その上に路盤材を敷き詰めてから沈まないように押し固め、その上に舗装材を敷くのである。
技術が進み、素材が変わって、工法に多少の変化はあるが、大まかな流れはこれだ。
現代地球ではないのだから薬品系の素材は調達が難しい。
というか、錬金術でなんとかしようにも、たぶん無理だ。
だが基本的な素材は手に入るから、だいたい同じようなものはできる。
砕石は石切場でクズ石を砕いて作る。花崗岩や石灰岩の産地は、幸いヴィナロス王国にはあちこちにある。
アスファルトを高温に熱しつつ混ぜる機械の開発も大変そうだが、これは魔術を使ってどうにかできそうだ。
この世界の基本的な技術レベルを考えると、そこそこのものができるのではないだろうか。
「相分かった。すぐに調査を始めさせる。」
「お願いいたします。」
そして次のも重要だ。
「先の道路の舗装と関係がありますが、もうひとつは車輪の改良と、それに伴う馬車の改良でございます。」
そのために、分かっているとは思うが現在の馬車の問題点を挙げる。
そして、言葉では分かりにくいと思うので、その場で紙に数種類の軸受けの図を描く。
「この装置を車軸と車輪の間に設置します。この装置がありますと車輪の動きが良くなります。同じ馬の数でもより多く、より長距離を運べるのです。」
「これは…コロの原理の応用か?」
宰相閣下は図を手に、私に質問する。
彼女の理解の早さに、内心で私は舌を巻いた。大正解だ。
軸受けと車軸の関係を展開すれば、並べられたコロの上に乗った荷物そのものだ。
建築や機械製作に長けたナハムの素養がそうさせるのかもしれないが、宰相閣下の頭の良さには驚くばかりだった。
「そうならば、この装置の強度や加工精度が重要になるな。北方のドワーフの工房から誰か引き抜くか。」
「でしたら、錬金術師のケイト・ディエディスがお役に立つかと。」
「おや、アーディアス卿のご学友の方ですな。」
「ええ。」
ゴルデス卿が指をパチンと鳴らした。
そこで私はケイトが金属を材料にした錬金術理論を研究している錬金術師だと説明し、ヤー=ハーン王国からの亡命の手助けをゴルデス卿に手伝っていただいたことなどを話した。
「アーディアス卿、でかした。」
「とんでもありません。友人を助けたのが、たまたま役立っただけです。」
宰相閣下からのお褒めの言葉に、謙遜して応えておく。
「小さいものなら鉄珠豆でも間に合うかと思いますが、さすがに馬車の軸受けには無理でしょう。新たに創り出さないといけないと思います。」
そして、車輪の改良にはもうひとつある。
「このゴムというのはなんだ?」
「強い弾性のある物質です。投げるとよく弾み、強い力で押しても柔軟に元に戻ります。その性質で振動を抑える働きがあるのです。」
私はムーリン卿の質問に答える。
そう、もう一つの車輪の改良とはゴムタイヤの開発である。
実を言うと、ゴム自体はこの世界で見つけていた。アスファルトを置いていた素材屋にあったのには驚いたものだ。
現代地球の世界ではコロンブスまで待たなければならないゴムだが、量や手間を考えなければ道端のタンポポからでも作り出せる。
実際に、ゴムが輸入できない事態に備えて、ヨーロッパの国々では自国内で育ちうる植物からゴムを作る方法を研究し続けているぐらいだ。
硫黄を加える加硫と言う加工工程やタイヤの形成技術の開発など、この世界の技術レベルでできる方法を考えねばならない。
ゴムが採れるといっても、道端のタンポポからでは効率が悪すぎる。
直面している問題の解決ばかりでなく、今後の発展を考えれば、いくら供給源があっても足りないかもしれないぐらいである。
実際に現代地球の世界では、天然ゴムの生産量を大きく上回るゴムの需要が合成ゴムの開発を促した。
合成ゴムはまだ無理だと思うので、アル・ハイアイン王国の南にある密林が広がる地にゴムが採れる木が無いか調べたい。
「このゴムで空気を詰めた管を作り、それを車輪に取り付けると動きやすく、またガタガタと揺れなくなるのです。」
「これはまだ構想段階か。」
「はい。ゴムを大量に確保するのが難しく。アル・ハイアイン王国の南の密林ならば、これがたくさん採れる木がありそうにも思うのですが。」
「…ふむ、これもすぐに調査にかかろう。」
この二つを聞いて、一同目的がわかったようだ。
「早く建設できて修理しやすい道、効率が良く乗り心地も良くなる車輪。軍需品のみならず、これは流通に革命をもたらすな。」
陛下は嘆息した。
「陛下にご理解いただき、臣としてはありがたく思います。これの調査・開発と、首尾よくいった暁の配備についてご判断いただきたく。」
「良かろう。宰相、お主の下でやれ。」
「承りました。アーディアス卿、お知恵と人材をいくらか貸してもらいたい。」
ガイウス2世陛下はすぐに宰相閣下の下でやることに決めてくれた。
私ももちろん、宰相閣下に協力する旨の返事をした。
ヤー=ハーン王国が一足早く国王の中央集権化と近代的な軍隊の創設に魔界の大公と言うカードで来るなら、こっちは技術革新と金角の黒竜王で対抗してやる。
問題は時間的にはあちらが有利で、こちらは大急ぎで間に合わせないといけない事だ。
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