13 学友からの手紙
副神殿長サバティス卿との話が終わり、執務室に戻って雑務をいくつか片付けてから屋敷に戻る。陽が長くなっているので時間の感覚が狂いやすい。もう夕方を過ぎて宵の口に近くなっていた。
「む、いかんな。もうこんな時間か。今日は上がろう。」
私は立ち上がって帰り支度を始めた。それを見て秘書官は明日の予定を伝えてくる。
「今の所、明日の予定変更は無いです。明日もいつも通りの時間で、ここでお待ちしています。」
「わかった。今日は急がせて済まなかったな。」
「例の件、集めた人員と組織構成案は明日提出します。」
「うむ。一度面通しと説明をしたいから、その旨伝えておいてくれ。」
私は秘書官の労をねぎらってから帰途につく。
屋敷に帰ると、執事のマイケルに幼児・小児教育研究の立ち上げの話をして、お前はリスト作りをやらなくていいぞと言っておく。そして今日一日の報告を受けた。
「ハト便が来ております。書斎に運んでございます。」
「ハト便?誰かなぁ…。わかった。先に食事の支度をしておいてくれ。」
マイケルに指示を出してからまっすぐに書斎に向かう。書斎の机の上には、ハトを思わせる白い紙でできた白い鳥に似たものが立っていた。
それは『飛翔する便り』という魔術で作り出された紙の鳥だ。色が白くて、だいたいハトっぽい形をしているから通称が『ハト便』というわけだ。伝書鳩とは違い、これは『魔術構築物』──ゴーレムなどに代表される、魔術で作り出された作成者に使役されるための存在である。
『飛翔する便り』は、必要な魔法陣を裏書きした便箋に手紙を書いてから鳥の形に折る。そして魔力を通して飛ばせば先方に間違いなく届くという便利なものだ。欠点は術者が送る相手と目的地を知っておく必要がある事だ。
「誰からだ…?ダルトン・アーディアスは確かに受け取った。」
私が紙の鳥の頭を押さえて宣言すると、それはバラリと開いて一枚の便箋に戻った。受取人本人でないと開けないというのも、この魔術の良いところである。
「差出人は…ケイト・ディエティスか。懐かしいな。あいつ、どうしてたんだか。」
ハト便の差出人はかつての兄弟弟子のケイト・ディエティスからだった。兄弟弟子といってもケイトの性別は女だが。
ケイトは大陸の東の端にある王国の出身だ。学院生時代は一緒にいろいろやらかして教授に大目玉を食らったもんである。無事卒業した後、故郷で魔術の研究と教育の仕事に就いたはずだ。
手紙の内容はけっこう深刻で、どうもあちらは経済があまり良く無いらしい。そこで可能であれば教職の求人がないか教えてもらえないだろうか、弟子たちの就職先を斡旋してもらえると助かる、というものだった。
「ふむ…。これは渡りに船というやつだな。」
今の計画が進めば教師が必要になる。それだけの教養のある人物を育成するのは難しいし時間もかかる。だが、これを機に必要なだけ引き抜けるかもしれん、と即座に判断した。正直な話、教師をどうやって集めようか悩んでいたのである。この機会を逃す手は無い。
私はすぐに引き出しからハト便用の便箋を出して返事を書く。裏返すと、すでにほとんど書いてある魔法陣を完成させてサインする。続いて縦横斜めに折り目をつけて、ひとまわり小さくなるように折りたたんで、内側に折り込んだりして、鳥の形に折る。
私は窓を開けると、紙の鳥を手のひらに乗せて呪文と共に魔力を通した。
「空を飛び、この文を待つ者へ、届けよ!」
紙の鳥は手のひらの上でふわりと浮き、白い鳥のような姿に変わると翼をはためかせて夜空へ飛んでいった。それはたちまち小さくなって見えなくなる。
私はハト便が飛んでいった東の方をそのまましばらく見ていた。そこに控えめなノックの音が聞こえる。
「旦那様、夕食の支度が調いました。小食堂室へお越しください。」
夕食を告げるマイケルの声だ。
「わかった。今行く。」
私は窓を閉じると夕食に向かった。
実験的におこなっていた連続更新は今日までです。
再び週2回更新に戻します。ご了解のほどを。




