137 そして、フラグが立ったのかもしれない
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また、再度ランキング(199位から250位ぐらいを上がったり下がったりしてますが)に入っていました。
みなさま、お読みくださりありがとうございます。
その後、二日間を私たちはガンゲス卿との交渉に費やした。
話し合うべき事柄は多岐にわたる。派遣される竜の数はもちろん、費用の分担・移動手段の確保・情報共有のための連絡手段などなどだ。
これらを私は持ち帰って、国王陛下以下、宰相や各担当大臣に検討してもらうことになる。竜の狩場の方は、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールが良いと言えばそれで決まりなので早い。
騎士団や貴族の手勢の集合から近代的な国軍へと軍制改革を成功させ大軍勢を作り上げたヤー=ハーン王国に、これで対抗できるようになるだろうか。
「竜と人間の軍隊の合同演習など、ある意味、歴史的快挙では?」
「快挙でしょうね。あの伝説的な大戦以来、竜と人間が共に戦列に立つなど無かったでしょう。世界が驚愕しますよ。」
これが世界各国を驚かすに値するものなのは明白だ。
なにせ、この世界では航空兵器、要するに偵察機・輸送機・爆撃機・戦闘機・ミサイルなどの航空戦力と呼ばれるものはどの国も保有していない。
それ以前に、航空戦力とか空軍力といった概念自体が存在しない。
竜を航空戦力扱いして良いかという点はさておき、この世界では上から飛んでくるものと言えば、せいぜい大砲で、あとは弓矢だ。これは魔術による威力強化・飛距離の延長が可能という、現代地球とは異なる技術的背景によるものだ。
空から相手の布陣を偵察したり戦況を確認するという発想は存在し得ないし、ましてや空から直接敵陣に爆撃したり精鋭を送り込むなど想像の埒外の世界なのだ。空を飛んで、地形や道の状況を無視して最短距離で物資を運ぶという考えも浮かばないだろう。
おそらく銃器の発達以降、軍事に与えた最大の発明は航空機の発明に他ならない。それに匹敵しうるのはスクリュー船の開発ぐらいだろうか。
竜は体が大きいし特徴的な姿なので隠密性には欠けるが、航空能力・戦闘能力・情報収集能力において十分な能力を単体で持っている。大量の物資や人員は運べないだろうが、あまりかさ張らない重要物資や少人数なら運べるだろう。
竜だけで、戦闘以外でも軍事上有用な場面は多いはずだ。
もっとも私があまり口出しすると、上級将軍のカステル卿やアーノルドをはじめ将軍達の面目が潰れてしまうだろうから、非公式の場で入れ知恵するつもりだ。
手柄を他人に渡すことになるが、近衛軍の実際を知らない私には、実際に合わせた運用法の考案など手に余る。
そもそも、私は自身の死や破滅を回避するためにも、娘のアンドレアが闇堕ちするのを全力で防がねばならないのだ。正直、そちらに集中したい。
そのためにも教育が十分に研究され、普及し、その原資が稼げるように国家財政が潤うよう、いろいろと献策しなければならないのである。
軍隊や騎士団のことはアーノルド達にやってもらいたい。
(と言うか、あいつらの仕事だ。私は入れ知恵以上はやらんぞ。)
悪魔だの過去の大戦だのに頭を巡らせていて、私はふと思い出した。
(【白薔薇の聖女と黒薔薇の魔女】の魔女エンドだと、アンドレアは魔王を喚び出すけど…。魔王って、やっぱり悪魔?悪魔なら帝国の滅亡と関係あるのか?)
もうだいぶ【白薔薇の聖女と黒薔薇の魔女】のゲーム内容からは離れたところに来ている気がするが、まだあのゲームの世界観の範疇に収まっているはずだ。
この世界が【白薔薇の聖女と黒薔薇の魔女】の世界そのものなのか、それとも似ているだけの世界なのか?と言う問いは解決していないが、私は最近では後者のような気がしている。
その根拠らしい根拠はまだ何ひとつない。
しかし『魔王』と言うのはこの世界の神話には出てきていない。
伝承・伝説・記録にも無い。あの帝国滅亡と悪魔の地上侵略との戦いの話でも、魔王というのは出てきていない。悪魔の側だけ『中心となる存在』がぽっかりと不在なのである。
(そう言えば『魔王』という概念も単語も、この世界には存在していないな。どういうことだ?)
悪魔の最上級は『大公』位までで、魔王どころか魔界の王とか、悪魔の皇帝といった表現も存在しない。これは何を意味するのだろうか?
【白薔薇の聖女と黒薔薇の魔女】では『魔王』という単語があった。
それはゲームだからなのか、それとも実際のこの世界とゲーム世界との根本的な違いを表しているものなのか?
(これは…きっちり調べた方が良いかもしれないな。)
身近なところで、この問題に詳しそうなのはカステル卿のもとに派遣した、王立魔術院の悪魔学の専門家だが。
(カステル卿に入れ知恵する際に、ちょっと会って質問してみるか。)
私は頭の中の『やらなくてはいけない事リスト』にこの件を加えた。
そして金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとの謁見から3日目の朝、私たちは王都へ帰還するため『竜の棲家』を出発した。
朝早くに金角の黒竜王に再度謁見して帰国の途につくことを申し上げたら、次はいつ来るのだ老人になる前に来いなどと、無茶振りを言われたりもした。
そして、ガンゲス公爵夫妻や一部の竜を含む谷間の人々に見送られて、私たちはこの世界の驚異と言うにふさわしい土地を後にした。
再び目の前に広がる広い草原と重なり合う丘陵。道案内はダヴィッド殿とその部下たちだ。
「ダヴィッド殿、また頼みます。」
「いえいえ。今回は急な事でしたが、良い里帰りになりました。」
ダヴィッド殿は隣に住んでいるあの赤竜・クリスヴィクルージャと久しぶりに会えたので楽しかったらしい。
「角や背中を磨いてやりながら、いろいろと話をしましたよ。」
「どんな話を?」
「閣下のことが気になっているみたいでしたね。“なんだあの人間は!ひよわなヒトのくせに生意気な!”とか言いながら、いろいろ質問してきました。」
それに思わず目が点になった。
「なんとお答えになったので?」
「よく知られている一般的な事を。大公でらっしゃるとか、宮廷魔術師長なんだとか、勇者の仲間のイザークの子孫なんだとか。機密に関わりそうなことは何も教えていないのでご安心を。」
ダヴィッド殿はそう言っていたが…。なんとなく、あの竜と、また会いそうな気がしてきた。
これはいわゆる『フラグが立った』というやつかもしれない。
ダルトンたちが去った後、ヴェリ・ガンゲスは金角の黒竜王グレンジャルスヴァールと話していた。頭の上に乗って角を磨きながらの世間話である。
「王国は決まり事やら手続きやら、気苦労の多い連中だよなぁ。」
『お前も言っただろう。“命短いヒト”と。我らなら覚えておれば済むが、ヒトはそういう事ができぬ。』
そして鼻をフンと鳴らして続ける。
『お前が少々、ガンゲス一族の歴代当主の中で楽天的に過ぎるのだ。魔術師のあやつほどとまで言わぬが、書物のひとつでも読むがいい。』
「眠くなるんだよ…。」
『まったく、アッザイと同じような事を。血は争えぬな。』
金角の黒竜王は呆れたような目をした。
「へぇ。俺は初代様に似てるの?」
『そういう所だけな。魔獣使いとしての腕も経験も、勇猛さもまるで足りぬ。』
「ひどい!」
『事実だ。悔しいと思うなら、来るべき戦で度胸を試してみるがよい。』
そこまで言ってから、金角の黒竜王は改めて呼びかけた。
『ああ、そうそう。あのダルトンという魔術師、仲良くしておけ。』
「改まって、どうして?」
ヴェリ・ガンゲスは角を磨く手を休めて、金角の黒竜王の目を覗き込んだ。
『あの者…勇者に似た魂の気配を感じた。』
「……?なにそれ?」
『世界を変えるやもしれぬ。』
「ふーん…。」
それきり二人は黙って、水晶宮の広間には静寂だけがあった。
137話で『竜の狩場編』を終えます。
この後、データ編に追加して再編集し、また少しお休みをいただきます。今度は一ヶ月以上間を空けないつもりです。
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