135 エルフの森の王は実在する
金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとの謁見は予定したよりも長くなった。
今日はこれ以外の予定入れていなかったから、私はまったく構わなかったし、金角の黒竜王の話は興味深いものが多かった。
正直な話、今日の謁見で聞いた話を研究して、注釈を付けてまとめたら立派な内容の本になるだろう。中にはこれまで知られていなかった事もあるんじゃないだろうか?
大戦の話の過程で、意外な事も知った。エルフの森の王はまだ健在であるという。
『悪魔どもとの戦いについて知りたければ、奴の所にも行くと良かろう。そなたらヒトの子には少し難しいかも知れぬが。どうにも行き着かなければ、我が連れて行ってやっても良い。たまの遠出も、また愉しかろう。』
昔語りをたっぷりできたせいか、上機嫌らしい金角の黒竜王はそう言った。
北方にはエルフたちの自治領がある。
伝説に近いような話なのだが、そこにはエルフの森の王が住んでいて、森の奥にある原初の木アムボレアの実生だと言う巨樹の間にある『常春の館』に住んでいるという。
そこは一年中、花が咲き、果実が実り、心地よい風が吹くと謳われる場所だが、実際にそこに行ってエルフの王に会ったという人は、これまで聞いた試しが無い。
だが金角の黒竜王はそこに行ったことがあり、道も場所も把握しているという。そればかりか、エルフの王とも数回、会っていると語った。
『奴らとは勢力圏が接しておるのでな、問題を防ぐために話し合いの機会とルートを設けておる。それなりに交流もある。』
エルフは『広義の人間』を構成する種族のひとつだが、他の種族とは没交渉と言えるほど交流が少ない。
大戦前には少ないなりに交流があったらしいのだが、例の帝国末期の頃に森の乱伐と収奪を受けて、それに抵抗。エルフたちは大規模な反帝国軍を組織して、帝国滅亡とその時の悪魔との戦いに一役買った。
大戦終結後はヒトが帝国の主要種族であったことから、基本的にヒトに対して態度を硬化させた。
そして勢力範囲に置いていた北方の森に結界を敷いて、それ以来ヒトは森に入れず、またエルフとの交流も無くなってしまったと、歴史書には書かれている。そして実際、北方の諸国はどこの国もエルフの森とは公式の交流は持てていない。
現代地球では『森のエルフの村を焼く』と言うのが、一部でネットミームになっていたが、実際にそれをやらかした相手と仲良くできるかと問われれば真っ平御免だよなと思うし、むしろ復讐されずに拒絶されるだけ優しいんじゃ無いかとすら思う。
もっとも、あまりにも交流が無いのでエルフの森の王どころか、エルフ自体が伝説の存在だと思っている人も珍しく無い。
ヴィナロス王国ですら竜と勇者の盟約を伝説だと思う者がいたように。
「エルフは竜の狩場に何を求めているのでしょう?」
『石材だ。何せ奴らも寿命が長い。魔術で多少長持ちさせてみたところで、木材ではたかが知れておる。特に硬い石材は、ここの物が目的にかなうのだそうだ。』
私はガンゲス卿に視線を向ける。
「そう言えば、死んだ祖父が子供の頃にエルフと会ったと、昔話に語ってくれましたね。」
交流があると言っても、エルフたちはめったに竜の狩場まで来るものでは無いらしい。
金角の黒竜王の言うとおり、この『竜の住処』の珪岩ならばとても硬いし、磨けば美しいから、長く目的を果たせるのだろう。そうであれば、あまり頻繁に訪れる必要もないと言うわけだ。
「ご教示に感謝申しあげます、金角の黒竜王よ。可能であれば、エルフの森の王との接触の可能性を探りたいと思います。どうにもならなければ、ご助力をお願いするかも知れません。その際は是非お力添えください。」
『なに、古い話を飽きずに聞き入る相手は少ないからな。そこの小僧など、右から左に聞き流すだけで張り合いがない。』
「命短いヒトにはあまりにも遠い昔の話なのですよ。実感が湧かない。」
ガンゲス卿は悪びれる様子もなく、金角の黒竜王に言い返した。
今回の謁見でわかったのは、少なくとも礼を失しない限り、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールは話好きだと言うことだ。
ここに来る前は、何かの拍子に怒らせてしまい消し炭になるような気しかしなかったので、良い意味で驚きだった。
『イザークの裔、ダルトンよ。話が聞きたいならば、諸々の用事が済んだ頃に来るがよい。そなたであれば飽きるまで聴かせてやろう。』
「忝いお言葉に、深く感謝申しあげます。おそらく、その頃にはすっかり腰も曲がった老人になっているでしょうが。」
こうして、友好的な雰囲気の中で、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとの謁見は終わった。
私は金角の黒竜王と勇者の結んだ盟約の確認、という大役を果たすことができたのだ。
「グレンジャルスヴァールがとても上機嫌でした。あそこまで機嫌が良いのは珍しい。」
「特使閣下のことが気に入った様子でしたね。きっとしばらくは『あの者は来んのか、いつ来るのか』とうるさいですよ。」
ヴェリ・ガンゲス卿もアンナ夫人もそう言うので、私は金角の黒竜王グレンジャルスヴァールに気に入られたらしい。
「ははは…。私は金角の黒竜王グレンジャルスヴァールのお眼鏡に叶うような傑物では無いと思うのですが、仮にそうであれば大変光栄なことです。」
竜のお気に入りになったりしたら、攫われて諸々の財宝と一緒に抱き潰されそうな気がするが。それともペット感覚なんだろうか?
「閣下、大役お疲れ様でした。」
「いやいや、君たちのサポートが無ければとても達成できなかった。ありがとう。」
「とんでもございません。正直なところ、ここまで胆力のあるお方だとは思っておりませんでしたので、これは嬉しい誤算でございました。」
ラブリット二等書記官からは、労いと共に今だから言える話をされた。万が一、私がヘタレだった場合に備えて、極秘プランを立ててあったのだと言う。
「それはどんなプランだったか聞かせてもらえるのかな?」
「申し訳ございません。それの内容は外務大臣命令で私の口からは言えないのでございます。」
そんな計画もあった、と漏らしたこと自体が彼女なりの意味の伝え方だったのだろう。
ゴルデス卿も腹芸のひとつやふたつができないようでは外務大臣など務まるまいし、メインルートが失敗した場合に備えて保険をかけておくのは責任ある立場として当然のことだ。決して彼が薄情とか意地が悪いわけでは無い。
私もゴルデス卿にはケイトの件などで無茶なお願いをしているし、いろいろ感謝しなければならないのは、むしろこちらの方だ。
「ま、今夜はとりあえず、ささやかな祝杯をあげようじゃないか。やることはこの先、山積しているけどね。」
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