134 対ザカトナール戦略
誤字報告ありがとうございます。
伝説の戦いの当事者である金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの語る体験談は必要な理由をこえて、それ自体が興味深い。
歴史学者がいたら、それこそ一言一句漏らさず聴き取り、書き残すだろう。
私の隣では秘書官がまさにそれをやっていた。速記文字で書かれているので私にはなんと書いているのか、ぱっと見ても理解できないが。
『もしザカトナールがヤー=ハーンにおるならば、スカール一世自身やその世継ぎではなく、中枢に近く、それでいて責任逃れしやすい地位にいるであろう。』
「これまでのお話からすると仰せのとおりでありましょう。それに、歴史的な経緯を考えれば、ザカトナールは竜と我が国を憎悪しているのでは?」
『根に持っているであろうな。あるいはそうであろうと、こちらが考えているのを逆手にとって何か策謀を巡らせているやも知れぬ。』
金角の黒竜王は答えて、続ける。
『事はヴィナロスだけでなく、他の国々も無関係ではいられまい。早々に証拠を掴み、奴が公然と名乗りを上げる前に叩き潰さねばならぬ。』
「はい。こちらでも及ぶ限り手を打つようにいたします。」
相手が悪魔という証拠を掴んで、なるべく早く神殿に渡りをつけて軍事的な連合を組むのが良いだろう。
これはすでに一度、国王陛下には私案として提示してあるが、公式に締結されれば竜と我が国 vs. その他の諸国という図式も無くなるから、かなり戦略的に楽になるはずだ。
『個別の武勇に秀でた者もそれなりに必要だ。あの腐れ悪魔も魔界の大公の端くれ、強力な配下を擁しておる。』
「具体的にわからないでしょうか?」
『あの大戦で半数は焼き滅ぼした。今はかなり入れ替わっておるだろう。まあアンデッドには違いあるまい。』
そうして聴かされた相手は、もう伝説レベルの上級アンデッドばかりだ。
吸血鬼・不死の王に始まり、奈落の死霊・一ツ目巨人のゾンビ・腐肉の主…などなど、どれかひとつだけでも倒せたら英雄として名が残るような存在ばかりだ。
普通の騎士ぐらいでは、魔法でたっぷり援護しても無理だろう。
「…もしかして、ここにいる者の中では、そこに控えておりますエズアールぐらいでないと太刀打ちできぬのでしょうか?」
『そこの童はよく鍛えているようだな。十分援護すれば、それらと相対しても死なずに済むかも知れぬな。』
金角の黒竜王は一瞬、エズアール隊長に視線を向けると、あまり関心なさそうに答えた。護衛の者たちは声こそ発しなかったが、不安げに身じろぎする音が聞こえる。
『強い者が強い相手にあたり、弱い者はそれなりに働けば良い。我々が手を貸すのだ。アンデッドどもが多少強かろうと趨勢は動かん。』
…言外にヒトは戦力外だと言われているが、それは事実だろう。
伝説の戦いでも勇者ウードを除けば、前線で戦ったヒトは片手で数えられるぐらいだ。アーディアス家の初代イザーク、ガンゲス公爵家の初代の魔獣使い、バーナード公爵家の初代の重戦士、今も聖人として崇敬の対象となっている『大聖女』などだ。
他はエルフだったり、ドワーフ、または獣人種などだ。ヒトの方が少ない。
ヒトの場合は補給など、戦線維持のため後方で功績を挙げた者の方が多かった。戦後の処理や社会の再建の過程で社会的な地位を確立した者も少なくない。
「とは言え、少しはお役に立てるように努力したいと思います。」
後ろで控えている騎士たちの気持ちも考えて、当たり障りの無い表現で彼らの気持ちを代弁しておく。
今回の事態に間に合うかどうか分からないが、祝福式を受けた事が無い10代を対象にすれば戦闘向けの魔術属性を持った逸材がかなり見つかるだろう。孤児院での祝福式を行なった結果を考えれば明らかだ。
取り立てて訓練すれば精強な戦士となるだろうし、それ以外でも優れた魔術属性持ちが見つかるはずだ。
これは勇者の時代には無かった制度だから、私は嘘を言ったつもりはない。2〜3年、うまく引き延ばせて5年ぐらいの間に、なんとか戦線を支え、ひいては社会を支える人材を一人でも多く育てたいものだ。
『そうか…お前は少し面白いことを始めておったな…。』
金角の黒竜王は私を珍しい虫を見るような、興味に満ちた視線で見下ろした。
先ほどの間に私の記憶を見て、幼児教育プログラム作成の件を知ったのだろう。竜に体系立てられた教育システムがあるのかどうか知らないが、竜が知的種族である以上は何かしらの教育システムが存在するに違いない。
『あとは神々がどの程度助力するか。前回はかなり出張ってきおったが。』
「神々がですか…。」
正直なところ神々が悪魔と直接戦って欲しいと思うのだが、両者が直接激突するのは世界そのものに好ましくない影響があるのだとされている。そのために直接戦わずに、勇者などに加護を与えて間接的に戦うのだとか。
その理由は謎なのだが、両者の霊素の方向の違いによるとする説が有力だ。
理由はどうであれ、伝説の戦いでは神々が勇者ウードたちに強力な加護、いわゆる『チート』を与えて助力したという。
そうでもなければ、魔界の大公クラスの悪魔の前に人間の身では立つことすら難しかっただろうと思う。
『あそこまで放置していたのだからな。多少は反省したのであろうよ。』
金角の黒竜王はそう吐き捨てた。
浄福なる神々の事情など、人間にはうかがい知れるものではないように思うのだが、金角の黒竜王ほどであれば何か違った側面を見られるのだろうか?
それは私の様な凡人の域を出ない者にはわからない事だ。
「これは私どもには分かりかねるので、神殿に相談してみることにいたします。」
さすがに相手が相手なので、なんの反応もしないという事はないと思うのだが。こればかりは神殿で神意を問わねばならないだろう。
何れにしても相手にアンデッドが多く、低位悪魔すら使役する事を踏まえれば、神殿、ひいてはその武装組織である『聖騎士団』の助力を得た方が良い。
(そこら辺はアインに…、いや、むしろドドネウス神殿長かトーリオーネ神殿長みたいな、大聖都の上の方と人脈のある人に任せたが良いのかな?)
畑違いの分野だし、宮廷魔術師長の管轄外だと思うが、私が出す報告書と提案書はかなり多くなりそうだと思った。
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