132 金角の黒竜王、過去を語る 〜帝国の落日〜
「閣下、後で詳しくお話をお聞かせくださいませ。」
「それは、もちろんだとも。必要な事だしね。」
私がラブリット二等書記官と小声で話している間に、スーラウアの枝の受け渡しが済んだ。私は前に進み出て口上を述べる。
「ささやかではございますが、我らからの贈り物を、金角の黒竜王にお納めいただければ光栄でございます。」
『ふむ…悪くない。』
金角の黒竜王グレンジャルスヴァールは首を伸ばして匂いを嗅ぐと言った。心なしか表情が和らいでいるような気がするが、気のせいだろうか。
『さて…お前は悪魔どものことを知りたいのではないかな?』
金角の黒竜王は我々の方を見て言った。
おそらく先ほどの機会に、私の記憶を見たのであろう。こちらとしても直接聞けるなら願ってもないことだ。
「もし、お聞かせいただけるなら、是非ともお願い申し上げます。実際に戦った当事者から聞けるなど、信じられないほど名誉な事でございます。」
『すべてを話せば長くなる…。今問題になっている死の大公ザカトナールの為したこと、戦い、その顛末を語ってやろう。』
金角の黒竜王はスーラウアの枝の一本──直径15cmほど・長さ3mほどあるので、木造家屋の柱ほどもあるのだが──を咥えると、静かに語り始めた。
今のように人間の社会がいくつもの諸王国に分裂する前の時代の話だ。
現在のヴィナロス王国やヤー=ハーン王国などがあるあたりから北方の諸国に至るまで、強大なひとつの大帝国があった。都は今の大聖都にあった。
絶大な権力と権威を誇る皇帝、そして豊かな経験と知識と実力ある者たちが選ばれる長老院議会の二つによって、帝国は着実に版図を広げ、維持・運営され、豊かな社会を実現させていた。
その力は西の海を支配し、南の大河ミョール川を越えて獣人種の領域にまで及んでした。今では吟遊詩人の物語や大旅行家ナルソス・カーンの書いた旅行記ぐらいでしか知ることのできない、ケンタウロスタイプの獣人種ネフィータールたちすら使者を立てて貢納に訪れたという。
大帝国の軍勢の強大さと権勢は、金角の黒竜王ですら手出しを躊躇するほどだった。配下の竜を虐殺させず、現在の竜の狩場の辺りを確保して、手打ちとせざるを得なかった。
しかし、努力と知恵を絞った結果の繁栄も、それが常態化すれば倦怠と停滞に堕するのも時間の問題だった。
ときおり先覚者が現れ、建国当初の高い志を思い出すようにと訴えることもあったが、繁栄に慣れきった圧倒的大多数の怠惰の前に、それは磨り潰されるばかりだったのだ。
後になって思えば、悪魔がその手を伸ばし始めたのはその頃だろうと思われると、金角の黒竜王は言う。
ゆっくりと、しかし確実に、社会は蝕まれていった。
最初の予兆というべきものは、人心の荒廃であったという。
平然と嘘を吐き、ごまかしと偽装でやり過ごし、隠しきれなくなると他人に押し付けて逃げ隠れする。
強者に媚びて、弱者や目下には横柄に、横暴に振る舞い、恐怖と恫喝で人を支配しようとする。
前非を悔いるどころか、非道を働かせるような隙を作るのが悪いのだと、責任転嫁。
悪を悪とも認識せず、むしろ自分のような不義を働く者がいるから善のいる理由があるのだと開き直る。
…などなど、およそ人間として目を背けたくなるような腐敗ぶりが目につくようになり、それどころか機会あらばそうしてのし上るのが勝ちであり、正しいのだと主張する者すら現れる始末。
どうしようも無い酷さだが、当時の金角の黒竜王は見て見ぬ振りをしたという。
それは当時、目の上のたんこぶだった帝国がそうした腐敗の果てに混乱して弱体化すれば、金角の黒竜王と竜たちにとっては都合が良いからだった。
人間の社会のことは人間が解決すべきこと。こちらを頼るなと追い払っていたと言う。
だがやがて、平然と同胞すら奴隷に身を落とさせるのを喜び、周辺諸種族への暴力と搾取が日常化し、生け贄を捧げると称して虐殺に耽るようになったあたりから、さすがに何かおかしいと気がついた。
その頃には、さしもの大帝国も昔日の勢いは無く、行政も軍にもほころびが目立つようになっていた。
疲弊しきった農漁村では飢饉のたびに大勢が飢え死に、辺境の地には魔物が日常的に跋扈するようになり、食い詰めた者たちや逃亡奴隷は山賊・野盗などになって旅人を襲うのが常となった。
都市では享楽に耽る人々がいる一方で、殺人や強姦・強盗といった凶悪犯罪が止まることを知らぬほどになっていった。
栄光と繁栄を極めた大帝国は、今や腐敗と悪徳の温床となって世界を蝕む癌のようになっていた。
浄福なる神々への崇敬はすっかり下火となり、神殿は寂れ、埃の積もるがままにされる祭壇すらあった。中には売春窟・薬物中毒者の溜まり場・犯罪組織のアジト・老人や重病人の捨て場にすらなる神殿すらある始末。
そんな中、神々よりも早く・確実に・絶大な恩恵があるのだとして、密かに悪魔崇拝が広がっていた。
富める者・権威ある者はなおその富と権力を増すために、貧しい者・卑しい者はその日の糧のために、悪魔にすがった。
だが悪魔はそうした欲望も、希いも、すべて搾り尽くして喰い尽くす、より悍ましい存在だと気づく頃にはすべてが遅かった。
悪魔は、悪に屈服し、支配された者どもを使って互いに争わせた。
すでに火種はどこにでも転がっていた。皇帝の地位を得るために、政治上の敵を葬るために、手っ取り早く地位を得るための賄賂の資金を調達するために、権力者同士の争いはたやすく戦火となった。
内戦・暗殺・略奪・暴動・虐殺…死と破壊が日常の戦乱の世が訪れた。それによって、悪魔はこれまで以上に膨大な量の霊素を得ていた。
それまでの混乱と恐怖に加えて、アンデッドが昼間から徘徊する悍ましい世界へと地上は変わっていった。
さすがにこの頃に至ると、当時の金角の黒竜王も対策をせざるを得なくなった。
日常的に竜の狩場にゾンビなどのアンデッドが侵入するようになり、これを撃退するのに追われるようになった。多くの竜にとって大抵のアンデッドは大した敵ではなかったが、こうも襲撃が多いと休まる暇などない。
また竜にとって敵ではなくとも、食料にしている竜の狩場の動物にとってはそうではない。
長期的に見れば、詰みはじめているのは明らかだった。
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