130 白い部屋
一日お休みをいただいたおかげで、だいぶ体が休まりました。ありがとうございます。
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気がつくと、私は真っ白な部屋にいた。
上も下も真っ白で、あの魔晶石の巨大結晶に満ちた広間ではない。足は何かに触れているようだが、まるでベッドの上に立っているようなフワフワとした感じだ。
体を起こして視線を前に向けると、一人の女性が視界に入った。
彼女は金の刺繍や飾りが施された、多くの襞を持たせて頭から体全体を包んだ長いショールを身につけている。裾からは火のように赤いドレスの裾がのぞいていた。その姿は古代ローマの女神か貴婦人の姿を思わせた。
だが、彼女は人間でないのは明らかだった。
異様に背が高く、頭部を覆うショールの間から金色の4本の角が突き出し、頭上には金色にきらめく冠が浮かんでいた。ドレスの裾の後ろからは真っ黒な鱗の竜の尾が伸びている。指先には複雑な透かし彫りが施された金色のフィンガークロウを身につけ、長い指を優雅かつ恐ろしげな形に見せている。
ショールに覆われた顔の造形は、女性の顔立ちの理想を表したような美しい造形だった。
しかし、金色の瞳には縦に割れた瞳孔があり、唇は微笑みの形にこそなっているが、全体として形容しがたい謎めいた表情を浮かべて私を見下ろしていた。
年齢のほどはよく分からない。若いようでもあり、40、50代のようにも思える。それは容貌と言うよりも、その身にまとう雰囲気によるものだった。
「イザークの裔、ダルトンよ。」
頭の中で聞いた、あの“念話”と同じ声が聞こえた。
「はい。あなた様は金角の黒竜王グレンジャルスヴァールなのですか?」
「そうだ。」
目の前の女性は、かの金角の黒竜王だと認めた。
「“念話”ではまだるっこしい。貴様の意識とこちらの意識をつないで、直接意思を交換しておる。」
金角の黒竜王の短い説明はにわかに信じがたいものだった。それはほとんど伝説クラスの魔術だ。
「御身と違い、ヒトに過ぎない我が身では、それに耐えられそうにありません。どうかご容赦を。」
「案ずるな。すでにヒトに理解できるように、こちらから調節してある。」
「きょ、恐縮でございます…。」
私は恐ろしさと目の前の存在の偉大さに、平伏せざるを得なかった。
あまりにもやることのレベルが違い過ぎる。
長年を魔術の修養に費やした大魔術師でさえ、こんな超高度な魔術を平然とやってのけはしないだろう。この場所の環境霊素濃度が濃く魔術が働きやすい環境なのを考慮しても、容易なことでは無い。
「あの勇者の子孫も息災であるようだな。人間の礼儀に従い、まずは祝福しようではないか。良き哉。」
「ありがたき幸せでございます。金角の黒竜王に言祝いでいただけるとは、なんと幸せな事でありましょうか。」
だが私はガイウス二世陛下の事はまだ何も言っていない。なぜ分かったのだろうか?
「そなたの思考は、今、我に筒抜けぞ。」
「左様でございましたか…。」
プライバシーもへったくれもあったもんじゃないと思うが、それならば当然、こちらが確認・相談したいこともわかっているはずだ。
私は金角の黒竜王に顔を向けて話しかけた。
「金角の黒竜王よ。恐れながら申し上げます。すでにお分かりいただいていると言う前提で申しますが、我が国は東の隣国ヤー=ハーン王国の軍勢に潜在的に脅かされております。」
彼女は黙って聞いていた。問題ないようなので私は話を続ける。
「かつてない危難の時であり、そして、どうも通常のものとは思われません。かつて勇者ウードと交わした盟約に従い、お力を貸してくださいますよう、伏してお願い申し上げます。」
平伏する私に無感情な視線が注がれているように感じた。
金角の黒竜王の思考の渦の勢い、あるいは脈動のようなものも感じるが、そこに言葉は無い。しばし沈黙の時間が過ぎた。
「かつて勇者と交わした盟約は今も変わらぬ。そなたらはあの時以来、よく盟約を守ってきた。その事実の積み重ねは証として、この上無いものよ。ヴィナロスに住み暮らす者は竜の善き隣人である。」
「それでは…!」
「そなたらを助けることに、なんの障害も無い。善き隣人を助けることに理由は要らぬ。必要なだけ、そなたらの下に竜を遣わそう。好きに使うが良い。そなたらの都合もあろう。細部はガンゲスの者どもと詰めるが良い。」
ガンゲス卿の言っていたとおり、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールはあっさりと盟約の履行を認めてくれた。
考えてみれば、この主物質界で最強クラスの存在である金角の黒竜王グレンジャルスヴァールが自分の都合以外の要素を考慮に入れるはずがないのだ。もし目障りなら、その対象を灰燼に帰さしめる事など造作もないのだから。
「気になるのは、そなたが道中に出会った悪魔の方だ。」
むしろこちらの方が本題だと言わんばかりに、先ほどまでの事務的な口調よりも言葉が熱を帯びたように感じた。
「『屍の影』か…。それにゾンビの群れ。ヤー=ハーン王国の陰湿で救い難い腐り果てよう。それらを見ればおおかた目星がつく。」
「それは、黒幕がいると言う事でございましょうか?」
「そうだ。背後にいるのは“死を嘲笑う者”、死の大公ザカトナールとみて相違あるまい。」
私はそれを聞いて、ひゅっと息を飲んだ。それは想定した中では最悪の相手だ。普通に勝てる相手では無い。
転生したらチートな強さやスキルがあって並み居る敵に無双する、みたいな世界では無いのだ。
少なくとも、私はそんな強さからはほど遠い。魔界の大公級の悪魔など想像するだけで恐ろしい。人間が剣をとって及ぶような相手では無いのだ。
「あの腐れ悪魔め…。またのこのこと地上に出てきおったか。今度という今度は灰も残らず焼いてくれよう。」
それまで無感情だった顔が忌々しげに歪んだように見えた。
金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの怒りを買った者がどうなるか?
主物質界での戦闘となれば、いかに死の大公ザカトナールと言えども無事では済まないように思われる。少なくとも人間が武器を手に戦うよりかは、はるかに勝ち目があるはずだ。
それは頼もしい一方で、注意も必要だった。




