12 陰謀?いえいえ単なる身辺調査の依頼です
アイン・サバティス卿は王都の神殿に奉職している。
彼と私は幼馴染であり、同級生でもある。アントニオ王太子殿下やアーノルドと共に昔から一緒に遊び、学び、語らった仲だ。聖都の聖神智大学で神学を修めてから、王都の神殿に配属となり、やがて副神殿長を拝命した。
神殿と王国はまったく別の組織だが関係は深い。副神殿長は神殿長の補佐として、また王室礼拝堂の管理とそこでの儀式を司っている。
「お久しぶり、アーディアス卿。」
「わざわざ来てもらって済まない。元気そうで何よりだ。」
「あなたが私に質問など珍しい。どうしたのかと思ってね。」
「そちらの人に関する事なのでな。」
お互い友人として知った仲なので、長く面倒な挨拶や儀礼的な親交談話は省略して本題に入る。
「あまり他人に聞かれたく無いので外で話さないか?」
「構わないよ。機密を要する内容なら場所を設けるが?」
「いや、そこまでする話じゃない。」
声をひそめた私に怪訝な様子を見せたアインだが、すぐに承諾してくれた。
私は彼を待合所とは反対側の、人目につかない建物の間にある小庭園に連れ込んだ。指輪に込めた『防音』の魔術をサッと展開して会話が漏れないようにする。中途半端に聞かれると陰謀を巡らせていると勘違いされかねないからな。
「忙しいところを済まんな。ドドネウス神殿長について訊きたいのだが…。」
「陰謀の片棒担ぐのはゴメンですよ?」
と、先に釘を刺される。まあ、こういう所に連れ込まれたらそう思うよな。
「安心してくれ、そういう話じゃ無い。ドドネウス神殿長に協力してもらいたい件があるんだ。」
「どういった事でしょうか?」
ここで私は、まだ噂なのだがと、ぼかして話す。
「珍しい光属性の子供が産まれたという話を耳にしてな。」
「それはまた、喜ばしい事ですね。して、その子は今どこに?」
アインは案の定食いついてきた。
神殿にとって光属性持ちの人物は喉から手が出るほど欲しい人材だ。神の力を源とする魔術『奇跡術』は光属性や、その上位互換とでも言える属性『聖』と相性が良い。
「それはまだ分からない。探してみて噂が本当なら、将来的に聖都の聖神智大学付属校にでも入学させたらどうだろうかと思ってな。光属性持ちを才能を開かせること無く市井で一生を終わらせるには惜しいだろう?」
「それはもちろんです。神殿で引き取るか、あるいは後見して、成長させたいですね!」
アインは興奮気味に応えた。
「そこでだ。噂が本当だったら、ドドネウス神殿長に後見してもらえれば、聖神智大学付属校への入学なんかもスムーズに行くのじゃないかと思ってな。一介の宮廷魔術師長の名前よりも、王都の神殿長の名前の方が良いだろう?」
「そうですね。君の言うとおりです。」
よしよし、ここまで誘導はうまくいっているぞ。友人を騙すようで気がひけるが背に腹は変えられん。私を助けることになるのだから許して欲しいところだ。
「ただ、私はドドネウス神殿長とはほとんど面識が無くて、人となりをよく知らない。悪い話は聞かないので大丈夫だとは思うんだが…あの方に後ろ暗い所は無いよな?」
私は本題を切り出した。
「それは…無いと思いますが。いや、ドドネウス神殿長が悪事をなさるとは思えないのですが…。」
「うむ、聖職者の、それも王都の神殿での長をなさっているお方だからな。大丈夫だとは思うのだが、いろいろ勘ぐってしまう宮廷人の悪い癖で確認を取りたいのだ。」
私の言葉にアインは頷く。とかくこの世、聖職者であっても上に立つと汚れ仕事をせねばならない時もある。それが私利私欲からか、止むを得ずするハメになるかの違いだ。
「分からなくは無いですね。…なにも出てこないとは思いますが。…急ぎますか?」
「いや、早くても3ヶ月後ぐらいで問題ない。ゆっくりで良いから確実を期してくれた方が嬉しい。こちらも光属性の子供の件が本当か確認したいしな。それまでは、この件他言無用でお願いしたい。」
「わかりました。では悟られない事を優先で調べましょう。」
「先方も痛くない腹を探られては愉快ではなかろうし。世話をかけて済まない。」
私は彼に礼を言った。
「ははは、お礼はなにを要求しようか考えておきます。」
「こないだ孤児院に寄付をしたから、控えめにしてくれよ。」
私とアインはそう言って笑いあった後、少し雑談をして別れた。
聖女ルミリア対策がうまくいけば、計画はかなり前進することになる。