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128 水晶宮

 金角の黒竜王の住まう『水晶宮』に近づくにつれ、私は緊張とは別の圧力のようなものを感じ始めていた。それは精神的な重圧感ではなく、この土地が帯びる強い環境霊素(エーテル)のためだった。

 自然度の高いこの地域はもともと風・水・土・生命の属性を帯びた環境霊素(エーテル)が豊富だ。ここではそれに加え、火・雷などの属性も帯びはじめた。さらに基本的な環境霊素(エーテル)の濃度自体が段違いに高い。

 私はいつも懐に入れている霊素(エーテル)計をみる。懐中時計に似た形のそれは環境霊素(エーテル)の濃度と圧力が測れる魔法道具だ。基本的な魔術属性も測れるので、“霊視”と合わせれば、おおよその環境霊素(エーテル)の状態を知るのに役立つ。

「なんだこの値…。」

 私は時計のようになっている霊素(エーテル)計の目盛りを見てドン引きした。

 霊素(エーテル)計の針は背景が黄色く塗られている場所と白い無地の場所の境界を行ったり来たりしている。こんなのは魔術の作業中ぐらいしか見る事はない。

(ああ、そうか。ここは…霊素(エーテル)界に近い場所なんだ。)


 もうひとつの可能性。それはこの場所が、霊素(エーテル)で構成された最寄りの異世界である霊素(エーテル)界に通じる『(ゲート)』または『回廊(コリドー)』・『小道(パス)』といった場所がこの土地にある場合だ。霊素(エーテル)がそこからダダ漏れになるので、必然的にその周辺は環境霊素(エーテル)が異常に高い場所となる。

 だが、離れていて、これほどの影響とはどれほどのものなのか。

(『(ゲート)』があるどころか、父が筆舌に尽くしがたい美しさと書いた水晶宮の奥は霊素(エーテル)界の狭間の領域であっても驚かないな。)

 その上、金角の黒竜王グレンジャルスヴァール自身の影響力。

 (ドラゴン)霊素(エーテル)を帯びているため、自身の体だけでなく体内に長くあったものすら、例えば(ドラゴン)の胃石のように元がただの石ころであっても強い霊素(エーテル)を帯びるようになってしまう。周辺の環境霊素(エーテル)相に見られる火・雷の属性は彼の影響である可能性を否定できない。

 ただいるだけ(・・・・)でこの影響力。なんという、並外れた存在だろう!

 周辺には環境霊素(エーテル)濃度の高い所でないと見られない珍しい植物が生え、周辺に転がる水晶は全て、程度の差はあれ天然魔晶石となっていた。

 私はこんな環境霊素(エーテル)濃度の高い場所に来た事は未だかつて無かった。学友のケイトと一緒に素材採集に行った時だって、アントニオやアーノルド、それにアインとやんちゃしてた頃にだって、こんな場所には行かなかった。

 父だって魔術師だ。そりゃあ、こんな場所に来たら言葉を失うだろう。

 そしてさらに馬を進める事10分ほど。私たち一行はついに『水晶宮』の前に到着した。


 水晶宮という名は誇張ではなかった。周囲にそびえるのは岩ではなく巨大な水晶、それも霊素(エーテル)を大量に含んだ魔晶石の塊となっている。

「さあ、着きましたぞ。ここが水晶宮、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの住まう場所です。」

「ご案内、ありがとうございます。なんという、すごい場所でしょう…。」

 父が筆舌に尽くしがたいと書いたように、私も言葉を失っていた。供として一緒に来た者たちも同じようだ。驚きに目をみはり、周囲を眺めては嘆息している。

「慣れてはいるものの、我々もここに来るたびに畏敬の念が湧き上がるのを覚えます。ここは常ならぬ場所だと。」

「それは、そうでしょうとも。この場所そのものが、すでに神秘です。」

 私はそう答えて嘆息しつつ周囲を見回した。完全にお上りさん丸出しの行動だと自覚はあるが、やめられない。

 馬を降りた私たちはガンゲス公爵夫妻に先導されて水晶宮へと足を踏み入れた。


 水晶宮に門はあっても扉は無い。内側から心地よい風が緩やかに吹き付けていて、扉がなくとも外気の冷たさや霧を受け付けないようだった。

 入り口は階段を上がると、広場のような踊り場がある。周囲の風景を映すほどに、その表面は磨かれている。

 門は大きく、幅広く、10頭の(ドラゴン)が並んでも余裕を持って収まりそうだ。もちろん上も高く、20mは優にあるだろうか。

 両側には森の木々よりも太い巨大な水晶が束になって柱のように上に伸び、上方で四方八方に伸びて、アーチや梁のような構造をつくる。それは現代地球での大型の現代建築の屋根を支える立体トラス構造にも似ていた。

 そうした構造を支えるのは現代地球ならば鉄骨なのだが、ここでは魔晶石と化した巨大な水晶の結晶なのだ。

 それは鉱物の硬さ・冷たさを感じないような丸みを帯びるように削られ、磨かれている。内部からの淡い光を複雑に反射しながら、暗いはずの内部を優しく照らし出しているのだった。触れてみると、すべすべとして手触りが良く、ほのかな温かみさえ感じるのだった。

 その水晶は無色透明のものがあれば、薄紅色・黄色・紫・青などの色を帯びたものもあり、中には金色や銀色の金属の結晶を含むものありで、輝く荘厳な空間を織りなしているのだった。

 水晶宮には入り口以外にも所々、外光の入る開口部が見られ、そこから入る光は内部をさらに美しく輝かせる。

 ある場所では天井に開口部があって、内部は直径100mほどのほぼ円形をした中庭のような空間になっていた。そこには恐ろしく思えるほどに、青く澄んだ水をたたえた泉が中央にあった。

「閣下、竜の泉がそれですよ。多少の病なら、この水を飲んだだけで治ってしまうのです。」

「まさか、本当に実在していたなんて…。夢を見ているようです。」

「おかえりの際に、汲んだものをお渡ししましょう。」

 伝説にある病を癒す竜の泉。こんな美しい場所だとは、想像もしたことがなかった。


 水晶宮の構造は基本的に一本道だ。これだけの霊素(エーテル)が満ちている場所では見た目どおりでは無いかもしれないが、多少のアップダウンがある以外、何度も曲がったりはしない。

 やがて、周囲の巨大な水晶の隙間や内部にはきらめく金色の輝きが含まれるようになった。なんと天然の金の結晶だ。それがあちこちにある。

 その奥、ひときわ大きな空間の奥、環境霊素(エーテル)がこの世とは思えないほどに高くなった場所。そこに黒い大きなうずくまるものが見えた。それは視線をこちらにじっと向けている。

 ついに私は金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの御前にたどり着いたのだ。

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