127 謁見当日
誤字報告ありがとうございます。
よく見ているつもりですが、見落としは常にありますね…。
ガンゲス卿夫妻との会談の後は、竜の狩場に住む魔獣使いの有力者たちを交えての歓迎の夕食会が開かれた。
主要な者たちの内、半数ぐらいが集まってくれたのだとか。
この時期は本来、狩りをしながら遠出をして小規模な交易をしたり、素材採集をして回っていたりする時期なのだそうで、連絡自体が難しいのにガンゲス卿は努力をしてくれた。
各々が自前の角杯を掲げ、献酒して、例の大皿料理を分け合って食べるスタイルだ。ヴィナロス王国の洗練と優雅を旨とするものとは違う、人と人の距離を確実に縮めるような雰囲気があり、私自身は好ましく思った。
公式の食事会でいきなり導入はできまいが、家族や友人たちなど、気心の知れた内輪での集まりであれば異国風のもてなしとして一興だろうと思う。
(娘のアンドレアも、こういうのを経験したら闇堕ちなんかしないかな?そうだと良いな。)
若干の願望を抱きつつ、私は魔獣使いの諸氏との交流に励んだ。
翌日、昨夜は痛飲が過ぎたと反省しながら起き上がる。
こんな状態で金角の黒竜王との謁見に望むわけにはいかないので、父が持たせてくれた魔法薬の中から解毒薬を取り出す。荷物をゴソゴソ漁る間も、世界が回っているような感覚がある。
効果はてきめん!たちまち気分爽快となったが、味は最悪に近い。酸味とえぐみと苦味の絶妙なブレンドを覆い隠すようにひどく甘ったるいシロップが混ぜてある。こうしてあるから、かろうじて飲めるものになっているのだが。
これを持たせてくれたのは父の経験からだろう。父の記録にも、ずいぶん酒を勧められて酔い潰されそうになったと書いてある。
ピンときて秘書官とラブリット二等書記官の部屋を訪ねたら、予想通りの有様だったので二人にもこの魔法薬を飲んでもらった。
「閣下、ご配慮に感謝します…。いい酒も度を過ぎると、安酒と変わんないですね…。」
「閣下にこのようなお見苦しい様をお見せした挙句、お助けいただくとは…。申し開きのしようもございません…。」
「気にするな。あんな火酒を一気飲みする酒豪揃いとは思わなかった。私こそ、父の記録から、そこに思い至るべきだった。経験した本人が居たんだから。」
絶対、父は面白がって黙っていたんだと思うが、時と場合を考えてほしい。
ちなみに護衛のディオンは平気だった。分けてもらった火酒を仲間と飲んだのは、もちろん迎賓館に戻ってからだそうだが。
「良い気分で過ごさせていただきました!北方の蔵元の刻印がございましたね。良い酒は人を結ぶ紐帯でございますなぁ。」
にこやかに話すディオンはザルなのだと、私は初めて知った。
食堂に行くと、エズアール隊長がやってきた。
「閣下はお強いのですね。昨夜はかなり酔っておいででしたので、神官戦士たちに心しておくように言ってあったのですが、無用でございましたな。」
「いやいや、思いっきり二日酔いだったが、良い魔法薬の解毒薬を持っていたのでな。君こそ、平気だったのだろうか?」
「量を抑えておりましたので。自分はさすがにザルと言えるほど強くはありませんから。」
なんという鋼の意志の持ち主!さすが隊長の座を預かっただけはあると、私は感心し、敬意すら抱いた。
「素晴らしい。『酒は飲んでも飲まれるな』を正しく実行できる者は数少ない。」
「ヴィナロスの上流の席での飲み方なら自制しやすいですが、どんどん勧められる形式だと酒量を誤りやすいですな。騎士団内でもしばしば見られる事ですので、自分は自然と自制する方法を覚えてしまいました。」
「なるほど、経験からか。大したものだ。」
強い自制心は軍の司令官として持つべき資質のひとつだろう。その点でも彼は信ずるに値する立派な騎士だと思った。
朝食を済ませて、謁見の準備である。
湯浴みをして、服を改めて正装に着替える。昨日のと同じものを着るわけにいかないので、似たデザインの別の服である。国王の名代としての帯を肩に掛け、家宝の黄金のメダルを首にかける。
そして、やはり正装姿のダヴィッド殿が先導して、行列を作ってガンゲス公爵の館に至る。昨夜は門を入ったら、すぐに館の中に入ったが、今日は違う。
中庭でガンゲス公爵夫妻の出迎えを受けると、今度はガンゲス公爵夫妻の先導で川に架かった石造りのアーチ橋を渡った。ちょうど橋の少し先から滝が流れ落ち、滝の轟音を背に、水しぶきが作る虹を眺めつつ渡る。
道は橋を渡ると正面の大岩の前で左に曲がる。道は同じような大岩の間を縫いながら、時に覆いかぶさるようにある大岩や崖の下をくぐり、谷の道を登ってゆく。
館から15分ほども進んだだろうか。
岩の割れ目に水晶が飛び出して、朝日を浴びて輝いているのが視界に入った。足元に視線を落とすと、半透明や白の水晶の磨耗した欠片がそこかしこに落ちている。
視線を前方やや上に向けると、いたるところに水晶の塊が岩の上についており、どうかすると大岩の一面に水晶が突き出していてキラキラと輝いているのだった。岩の隙間や地面のくぼんだ場所には水晶が吹き溜まって白く覆われているほどだ。
「これは…。そうか、ここが。」
「特使閣下、左様でございますよ。ここが竜の棲家の奥、光輝燦爛たる『水晶の谷』。間も無く金角の黒竜王の住まう『水晶宮』です。」
“光輝燦爛たる水晶の谷”とは、竜の棲家を描写する詩の表現にある一節だが、これもまた事実そのままを詠ったものであったとは。
父の記録を読んでいても詩に影響された美文であると思っていたのだが、考えてみれば現代地球のギアナ高地にもこんな風に水晶がゴロゴロしている谷があるのを今更ながら思い出した。
緑鮮やかな青草や花を咲かせた野草と水晶のコントラストの鮮やかで、なんと美しいことか。聞きしに勝る美しさだ。私にはとても言葉でうまく言い表す自信が持てない。
このような場所に住む金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとは、どんな竜なのだろうか?聞いている以上の存在なのだろうか?
私は馬の手綱を握る手に汗が滲むのを感じた。
 




