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125 事前協議

 ヴェリ・ガンゲスは綺麗に整えたヒゲを持つ、陽に焼けた顔の大男だった。ダヴィッド殿も体が大きいから、これがガンゲス一族の身体的な特徴なのかもしれない。事前に見た資料では年齢は33歳。魔獣使い(ビーストテイマー)の正装姿は実に堂々としたものだ。

 私たち一行は下馬して向かい合うと、彼は挨拶と歓迎の口上を述べる。

「古の勇者の築いた都より遠路はるばる(ドラゴン)の声(こだま)する谷へ、ようこそお越しくだされた。私こそはこの地の魔獣使い(ビーストテイマー)の頭目、(ドラゴン)と共にあることを選び平原を駆ける者どもの長、ヴェリ・ガンゲス。私どもガンゲス一族とその郎党は、ガイウス二世陛下のお遣わしになった特使閣下を心より歓迎いたします。大地と、大海と、天にいます、峻厳(しゅんげん)なる神々の恩寵があらんことを。」

 ヴェリ・ガンゲス公爵は手のひらを上に向けて腕を広げ、よどみなく腰を曲げて深々と頭を下げた。

「自由を愛し、平原にあって獣を率い(ドラゴン)と共にあることを選んだ高貴な方よ。古き(うた)に讃えられる(ドラゴン)の歌響く谷の館の主人よ、ご機嫌麗しゅう!あなたの御一族の導きが無くば、私どもはただの一人とて、この地へたどり着きようがありませんでした。私、ダルトン・アーディアスはガイウス二世陛下のお言葉と御意思を伝えんがために、この地へ参りました。今宵のおもてなしに深く感謝申し上げます。浄福なる神々の恩寵があらんことを。」

 私も左胸に手を置いて深く一礼してから、返礼の口上を述べた。

「さあ、どうぞこちらへ。宴の用意はすっかり調っております。今宵は語り明かしましょうぞ。」

「このような盛大なおもてなしをいただき、感謝の言葉もございません。ぜひ、お互いの胸中を明かし合いましょう。」


 私と正装した秘書官のアンドレとラブリット二等書記官、護衛のメンバーは、ガンゲス公爵ご夫妻に先導されて奥の応接間へと案内される。

 ガンゲス公爵の館の内装は迎賓館のそれと基本的に大差は無い。

 タペストリーがかかる白い漆喰が塗られた壁・厚い絨毯の敷かれた床・“灯火”の魔術による明るい光を放つシャンデリアが下がった曲線の天井などだ。縦長の細長い窓のステンドグラスや枠部分の細やかな装飾が、この館の古風な佇まいを象徴しているようだ。

 応接間は狩った猛獣・魔獣の剥製の首(トロフィー)が飾られ、窓と反対側にある壁一面を占める大きな飾り棚には種々多様な角杯が飾られているのだった。おそらくは歴代のガンゲス公爵が作らせたものなのだろう。

 外からは迎賓館でも聞こえた(ドラゴン)の声が、ひときわ大きく聞こえてくる。

 私どもは入室すると、ガンゲス公爵ご夫妻から椅子を勧められて着席する。背もたれにはやはり貴重な獣の毛皮がかけられているが、今はそれを気にしている気分ではなかった。

 私と秘書官・ラブリット二等書記官が着席し、エズアール隊長とディオンの他、数名の護衛のものが後ろに待機する。ダヴィッド殿もガンゲス公爵の隣に着席した。

「アーディアス卿。遠路はるばる、ご足労いただき感謝いたします。ダヴィッドもご苦労だった。」

「いえ、とんでもない。ダヴィッド殿と配下の方々の良き案内を得て、私どもは何ひとつ失うことなく無事にたどり着けました。」

「ありがたいお言葉です、頭目。」

 ガンゲス卿はまず労いの言葉をかけ、私とダヴィッド殿はそれに返礼した。

「そもそもこの程度の困難、これから起こる事が最悪の経過をたどれば問題にもなりません。」

「そちらがこれまで前例のない特使を派遣してくること自体に、事の重大性を感じています。妻よりあらましを聞きましたが、このような危機はかつて無かった。」

 ヴェリ・ガンゲス卿は彫りの深い顔に渋面を作った。

 ヴィナロス王国とその周辺地域での危機と言えば、30年前のヤー=ハーン王国の王位継承をめぐる内戦以来だ。あの時は悪影響が国境を越えて広がらないようにすれば良かった。

 だが今度は違う。悪意ある何かが、一国を内側から(むしば)んでいるように思われる。そしてその悪影響は、外部へ牙を剥く機会を伺っているように思えてならない。

「これについて、金角の黒竜王のご意見もぜひお聞きしたいと考えております。明日の謁見で伺いたいと思うのですが、かの(ドラゴン)はいかがされておいでで?」

「グレンジャルスヴァールはいつもどおり。特使閣下の話を聞くのを心待ちにしています。“少しは面白いことがあったか”などと言っていたので、彼はなんとでもなると思っているのでしょう。」

「それは…金角の黒竜王ですものね、無理もない。」

 金角の黒竜王・グレンジャルスヴァールは実質的に主物質界で最強クラスの存在だ。たいがいの障害など、彼からすれば吹けば飛ぶような存在にすぎない。古代(エンシェン)(トドラゴン)とはそれほどまでに破格の存在なのだ。


「先に話しておきましょうか。古の盟約の件ですが、グレンジャルスヴァールはちゃんと覚えております。なので、危難の際は安心して頼られたい。」

 ガンゲス卿は実にあっさりと述べた。

「本当ですか!」

 私思わず、ラブリット二等書記官と顔を見合わせてしまう。これで私の旅の目的をほとんど果たしたも同然だが、それには文書化をしなければならない。

「こちらにも実害こそ無かったが影響が出つつあるのです。このような状況を前にして知らないとか、忘れたとか、昔のことだなどと言うほど、我らは薄情ではないつもりです。ましてや、その盟約を結んだ当の本人が言っているのですから。」

「では、明日の謁見を経て最終確認が取れれば、実務者による協議を開始してもよろしいですか?」

「もちろん。第1回の場所や時期について、明日の謁見後に話し合う場を設けましょう。」

 私はガンゲス卿と握手を交わした。

「私からも外務大臣のゴルデス卿にお話しして、連絡を密に取れるようにお力添えさせていただきます。」

「ヒトの国はいろいろと複雑ですが、今回の件は目的が明確です。共に力を合わせましょう。」

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