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124 ガンゲス公爵の館

 一度迎賓館に戻って、夕方からの歓迎会に備える。もとより外交上の儀礼として交流は予定されていたから、相応の準備はしてきている。贈呈品・礼装・威儀を正すための装身具(アクセサリー)などなどだ。

 宮廷魔術師長は文官だし、特使も文官なので、文官の正装姿が適切であろうという話になっていた。とは言え、高位の文官が特使として(ドラゴン)の狩場に向かうのは前例が無かったし、先方に失礼だと思われても困る。

 そこで私の手持ちの正装の中から、文官の正装としてふさわしいものを選んで数着持ってきていた。聖銀(ミスリル)の糸で刺繍が施された青い上衣(コート)・同様に刺繍が施された青いベスト・細身の青いズボン、そして白いレースのネクタイを結ぶ。

 そして国王の名代としての身分を示す、黒地に金刺繍でヴィナロス王国の国章と国王の紋章が描かれた(サッシュ)をたすき掛けにして身につける。白い手袋の上には公式の場で身につける宮廷魔術師長の地位を象徴する指輪。

 それと父から特に言われて、代々受け継いできた金のメダルもかける。父は、他のものはともかく、コレがあるのと無いのでは先方の反応が違うからコレは絶対持ってゆけ、と強く言うので持ってゆくことにした。

 これは重要な公式の儀式や席で身につけているから、おかしくはない。家宝なので紛失が怖かったのだが、例の(サッシュ)と共に枕元に置いて手元から決して離さずにいた。


「おかしいところは無いかな?」

「大丈夫ですよ、旦那様。凛々しいお姿です。」

「あの重たい杖は置いてきて正解でしたね。」

 例の重くて仰々しいだけの杖は持ってこなかった。壊れそうというのもあるが、一番の理由は邪魔だったからだ。

「ヴィクトルの提案のおかげだ。荷物を厳選せねばならんかったからな。」

 私は従者のヴィクトルを褒めた。あれの代わりに上等の魔術師の杖を持ってきた。

 本体が聖銀(ミスリル)製のパイプでできており、表面はエナメルで艶やかな黒に塗られている。丸い握りも聖銀(ミスリル)製で精緻な浮彫が施されている。握りと杖の間の部分に円柱形に加工された魔晶石があしらわれており、その下端は杖の中に仕込まれ、上端には握りの部分の装飾が透かし彫りになって被さっている。

 いくつかの魔術が付与されているので、美術工芸品としての価値だけでなく、魔法道具としての性能も良い。その上、軽くて取り回しも良いのだ。

「もう、この杖が公式の杖で良くないかな?」

「勝手に変えるのはダメですよ。」

 秘書官にたしなめられる。

「アントニオが即位したら相談してみるよ。」

 すでに秘書官のアンドレもラブリット二等書記官も袖や襟に銀糸の刺繍がされた青い上衣(コート)を着て、文官としての正装姿になっている。

「旦那様、マントをお召しください。そうしたら、すぐに出発でございます。」

「うむ。」

 従者たちが聖銀(ミスリル)の糸で星の模様の刺繍が施された、薄い青色のマントを持ってきた。それを身につけると、すでに隊列を整えた護衛隊のメンバーが待つ迎賓館前へと出た。


 我々はダヴィッド殿の先導で、隊列を組んで進む。

 彼もまた普段の装いから正装姿に改めて、黒い長靴(ロングブーツ)・幅広のズボン・白い長袖のシャツに袖無しの胴衣(ボディス)と幅広のベルト・ジュエリーのついた鉢巻に、美しい長衣(コート)を肩にかけている。

 ダヴィッド殿が乗っているのは大角羊(グレート ラム)だが、あご髭を綺麗に編んで結ばれ、手綱は改められ、鞍には鮮やかな織物が掛けられている。

 目指すのはガンゲス公爵の館だ。迎賓館から馬の足でおよそ20分ほどの距離にある。あちらの方が標高が高い場所にあるので、曲がりくねる大通りをゆっくり登ってゆく。

 沿道には松明が焚かれ、また珍しい異国からの行列をひと目見ようと住民たちが集まっていた。その中には(ドラゴン)さえいたが、我々に何かすることもなく、興味深げな視線を送ってくるのみだった。

 ガンゲス公爵の館は急斜面の上にあり、そこまでの道はつづら折りになった道と、小さな広場のような踊り場が折り重なったようだ。

 万が一ここまで侵入した敵がいたとしても途中で疲弊し、そこに支配下の猛獣や魔獣が踊り場で襲いかかるようになっているのだろう。道の途中にも大岩がいくつもあり、伏兵を置くのにこれほど好適な場所もあるまいと思わせる。

 その坂を登りきった先にあるのは、深紅色に塗られた堅牢な建物だ。険しい地形の上に建てられたその佇まいは、規模は小さいもののチベットのポタラ宮を連想させる。

 ガンゲス公爵の館は谷の奥へ続く道を塞ぐように建てられており、事実そうなのだろう。川を渡る大きな石造りのアーチ橋からは滝が流れ落ちている。道はさらに奥に続いているはずで、その先に金角の黒竜王の宮殿があるはずだ。

 ガンゲス公爵の館の門は、アルファベットのUを逆さにしたような形の敷地になっている。その奥に落とし戸を備えた重厚な扉が構えていた。門の周りの壁には獣であれば足場にできそうな出っ張りが付けられていて、左右に張り出した壁の上から使役する獣が襲いかかれるようにできているのだろう。

 ここに限ったことでは無いが、彼の館も立派な『城』と言えるものだった。ここの地形と魔獣使いビーストテイマーたちの能力、(ドラゴン)の存在を思えば、難攻不落であるに違いない。


 門が開くと、その向こうには20人余りの出迎えの者たちと、開けられた玄関前に堂々と立つ二人の人物がいた。

 片方はガンゲス公爵の妻、アンナ・イメニ・ガンゲス公爵夫人だった。ならば、もう片方の男性は当代のガンゲス公爵、ヴェリ・ガンゲスその人に違いない。 

 果たして当代のガンゲス公爵とはどんな人物なのだろうか。私はある種の期待と緊張を抑えるのに、少なくない努力を要した。

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