123 竜血樹の秘密と魔獣使いたちの暮らし
竜血樹が自生地以外でうまく育たない理由については諸説ある。
気候が違う・土が合わない・元は霊素界の植物だから、などがある。一番もっともらしいとされているのは霊素濃度が高い土が必要だから、だ。
以前、とある魔術学院の学者が自生地の土を持ってきて、そこにタネを播いたらうまく育った、という事例があるそうだ。持ってきた土の量は限りがあるから最終的には枯れてしまったそうなのだが。
「特使閣下、そんなに珍しいですか?」
「ええ、どうしてうまく育つのか、理由を知りたくて。」
私は周囲を見渡したが特に周辺と違った様子はない。迎賓館やその周辺と同じような、岩の多い斜面だ。
「ここは竜の糞の処理場の下ですが…。」
「竜の糞の処理場?」
「はい。竜のすり減って小さくなった胃石は糞とともに排出されます。それを回収するために、糞を集めて籠に入れ、そこの水路に浸けておくのです。すると、やがて糞だけが流れて胃石が残ります。それを回収するのです。」
水路はそうした堆積物で埋まってゆくから、年に1回、底に溜まった泥を浚って捨てると言う。
「もしかして…。」
私は思い当たる節があった。
この世界では現代地球にあるような肥料は無い。ではどうしたかと言うと、牛馬の糞を集めて刈り取った雑草と混ぜて堆肥にしたり、油を絞った後のタネのカスを発酵させたり、草木を燃やした後の灰をまいたり、魚のアラや出汁などを取った後の動物の骨などを砕いて使っていた。
そうしたもののひとつに、水路や池の泥を使う、と言うのを農民から聞いていた。
流れの緩い川や水路・池などには周囲から流れ込んだものが泥になって堆積する。言うなれば周囲の栄養素がそこに凝縮されるわけだ。そうした泥を流れを良くするための浚渫がてらに集め、乾かしたものを畑に撒くとよく育つ、と言う話だった。
竜の体内に長年あった胃石が強い霊素を帯びるなら、多少とはいえ竜の体内にあった竜の糞が霊素を帯びないわけがない。
それが流れて堆積した泥なら、竜由来の霊素が豊富だろうし、栄養素も豊富なのに違いない。
「なるほど、そう言うことか!」
一人で納得している私を、ダヴィッド殿は不思議なものを見る目でいたが私は気にしなかった。
「あの、これは個人的なお願いなのですが。」
「どう言ったことでございましょうか?」
「その、例の浚って捨てる泥を、乾かして送っていただけませんか?」
理由を説明すると彼は大笑して約束してくれたが、それを言った時のダヴィッド殿の顔は忘れられない。
もちろん、上手くいったとしても泥を運ぶより、ここの木から樹脂を採ったほうが効率は良いのは明らかだ。あくまで実験の域を出ないし、よく育ったとしても見本以上の価値は無い。
それでも以前できなかったことが、今はできるようになる。その進歩が大切なのだ。
その後は、魔獣使いたちの毛織物・革細工作り、猛獣の訓練、一撃必殺と名高い彼らの弓術や投槍術の実演を見たりして過ごした。
迎賓館には立派なタペストリーや絨毯が敷かれていたが、あれらも魔獣使いたちが自分で織ったのだという。この集落に暮らす者が獲物から得た獣毛で糸を紡いで機を織るのだ。
他にもフェルトを作ったりもしていた。革細工は想像の範囲内だが、使っている素材が珍しいので一見の価値があった。また牛や馬など決まりきった種類の皮でなく、多種多様な皮を巧みに加工し、種類の性質ごとに使い分けるのはさすがと言える。
巨狼の子犬は生後1ヶ月の段階で狼犬の成犬ぐらいの大きさがあった。あれに戯れかかれたら死ぬのでは無いだろうか?モフモフに埋もれて死ぬのは、一部の人にとっては理想の最期かもしれないが。
大恐鳥のクチバシを磨いたり、剣歯虎の幼獣をネコジャラシの穂をボール状に編んだものを投げて遊ばせたりも体験したが、『動物との触れ合い』という言葉から連想されるほのぼのとしたものよりも緊張感があった。
魔獣使いたちの弓術は短弓を使うものだが、非常に強くて遠くまで矢が飛ぶ。持たせてもらったが、非力な私ではまともに引くことすらできなかった。
さすがにエズアール隊長はこの弓を引いて見せたが、狙い過たず的を射るとはいかなかった。
投槍術は手で投げるのではなく、投槍器を使う。
投槍器は片方が鈎状になった棒で、長さ60〜70cmぐらい、全体に緩やかな弧を描いている。握り近くには威力を増すための重りが付いている。槍と一緒に投げてしまわないように紐で手首に結ばれている。
鈎状になった方に槍の石突を乗せて、それを振りかぶるのだ。直接手に槍を握って投げるよりも遠くまで飛び、正確で、かつ威力が増す。魔術的な防御が無ければ鎧など簡単に貫いてしまいそうだ。
「非常に強力ですね。なんとも頼もしい限りです。」
「我らが狩る相手は近づくと危険な相手ですから、こうした強力な飛び道具が必要なわけです。剣や斧などはとどめを刺すため、ナイフは日常の道具です。」
エズアール隊長に話を向けると、彼は真面目な顔で答える。
「広い平原など、遮蔽物が無い状況下で魔獣使いの方々と戦うような事態には、決してなりたく無いものです。この弓や槍は猛獣や魔獣と同等に、あるいはそれ以上の脅威となります。」
ましてや彼らには竜もいるのだから、この世界では考えうる限り最悪の相手と言えるだろう。
現代地球であれば相手が突入するルート上に地雷原を敷くとか、より強力な火器があるが、どちらも存在しないこの世界では対抗手段はあまり無いように思えた。
竜の存在と同等に魔獣使いたちも恐るべき隣人であり、彼らが敵対的な勢力で無いことに私は安堵せざるを得なかった。
 




