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119 館での休息

 静かに私の話を聞いていたガンゲス公爵夫人、アンナ・イメニ・ガンゲス様は、聴き終えた後もしばし沈黙して考えている様子だった。

「クリスヴィクルージャの苦情が、まさかこんな大事になるだなんて…。」

「それに関しては同感です。」

 ゾンビの群れの発生を苦情扱いにしてよいか疑問だが、まあ苦情といえば苦情である。

「我が国としては、差し当たり防衛施設の強化を進めています。ただそれでも不安があるので、私がこちらに参る仕儀となったわけです。」

 こちらに来てからの日程の調整はラブリット二等書記官とガンゲス公爵夫人・アンナ様との間で明日詰めることにして、今日のところは解散となった。

「まずは湯浴みなどなされて、旅の埃をお流しください。もちろん、一行の他の方々にもご用意しております。」

 なんと、この館には護衛や随行の者たちのための浴場もあるそうで、それもすでに支度をしてあるので使わせてくれるという。ありがたいことだ。


 アンナ様はそう言って立ち上がると、我々が宿泊する部屋に案内してくださった。

 もちろん、館の中はだいたい人工物なのだが、ところどころに元からあった大岩が組み込まれている。赤・ピンク・赤茶色で、時にうすい縞模様の入った緻密な質感の岩は硬さで知られる珪岩(けいがん)のようだ。それで取り除けなかったのだろう。

 それでも必要に応じて削って形を整えられていたり、彫刻を施して建物の一部としておかしくないようになっている。

 私が通されたのはリビングを兼ねた応接間があり、隣に中央に天蓋付きの大きなベッドのある寝室と、反対側に従者用の部屋がある広い部屋だった。

 カマボコ型の曲面を持ったヴォールト天井を持つ部屋は、外側に繊細な窓枠の意匠も美しい縦長の窓が並んでおり、精緻な幾何学模様のステンドグラスになっている。昼間の豊かな色彩の光のきらめきが容易に想像できた。

 扉のある廊下側の壁には大きなタペストリーが掛けられ、猛獣や魔獣の首の剥製(トロフィー)が飾られていた。魔獣使い(ビーストテイマー)たちのことだから、これらは一部の権力者が好むような狩猟という名の戯れで殺されたものではないだろう。

 しかし、やすやすと一撃で人間を殺しうるこれらの動物の剥製にされた首を見れば、魔獣使い(ビーストテイマー)たちを敵に回そうなどとは夢にも思うまい。ある意味、実に効果的な『脅し』だなと感心した。

 寝室の隣には湯浴みのできる小部屋があり、バスタブや入浴に使う石鹸やブラシ・タオルなどが置かれていた。この浴室には小さなサウナも併設されていて、中はすでに湯気がもうもうとしている。

「お湯を支度させますので、調うまでしばしお待ちを。」

「いえ、それには及びません。自分ですぐにできますので。」

「そういえば、特使閣下は魔術師でしたね。疲れがよく取れる、入浴用のハーブがそちらにございますから、ぜひご利用くださいませ。」

 ころころと笑ったアンナ様はここで一旦、辞去された。

 私は従者たちに荷物を運ばせて、バスタブに“浄水作成”と“加熱”でお湯を張る。ご用意くださった入浴用ハーブも中に入れる。心地よい香りがふんわりと漂った。

「じゃあ、私は先に湯浴みをさせてもらうよ。その間に支度をしておいてくれ。大事なものは寝室に。他の者たちも順番に湯浴みをさせてもらいなさい。」

「わかりました。閣下、ごゆっくり。」

 私は秘書官に命じると、湯をかぶってからバスタブに入って一息ついた。道中では濡らしたタオルで体を拭くぐらいしかできなかったから、本当に気持ちが良い。


 着替えてから、同様に身ぎれいになった秘書官とラブリット二等書記官とであれこれ話し込んでいると、民族衣装姿の魔獣使い(ビーストテイマー)が呼びに来た。

「ささやかながら、お食事をご用意いたしました。こちらでお過ごしいただく間、私どもでお世話させていただきます。ご要望があれば何なりとお申し付けください。」

「これは(かたじけな)い。実に楽しみです。」

「お口に合えばよろしいのですが。」

 恐縮する呼び出しに来た彼に、ダヴィッド殿にすでに馳走になり気に入ったのだと言うと笑顔を見せた。

 先ほどの広間に行って、それに続く隣の部屋に案内される。

 そこもヴォールト天井の同じような造りの部屋だが、天井が高く、細部の装飾も凝っている。重厚な造りの椅子には、背もたれの部分に貴重な毛皮が惜しげも無く掛けられていた。

 ヴィナロスの王宮の豪華さとは、また違った方向の豪華さだ。素材の価値がわかる者ならば、うかつに触れられないだろう。秘書官などちょっと、おっかなびっくりと言った感じになっている。

「閣下の席の剣歯虎(サーベルタイガー)の白変種の革なんて、初めて見ましたよ。これ王都だったらいくらするんだろ?」

「さあなぁ。…そういや昔、アントニオが冬用の盛装のコートに使ってたな。」

「さすがは王太子殿下…。」

 もっとも、こんな一頭分の皮丸ごとじゃなくて、襟と袖口・前たての縁の部分だけだったが。それが費用の問題なのか、デザインの問題だったのかは知らない。

「奥方様は報告に向かわれたため本日は同席なさいませんが、明日、我らが頭目とともに公式の歓迎をおこなう意向でございます。」

 私らが席に着くと、あの大きなお皿に盛られた料理が運ばれてきた。これからしばらく、この豪快な魔獣使い(ビーストテイマー)たちの料理を食うことになるのだが、帰る前に太ってしまいそうだと密かに気になったのだった。

2022年3月29日の日間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で142位になりました。

合わせてPVがこれまでの最大8,355件、累計で32万超え、ユニークアクセスで4万6千超え、ブクマ数500人超えとなりました。

お読みいただいた皆様に感謝申し上げます。

今しばらく、ダルトンたちの活躍にお付き合いください。

ちなみにラストはまだ遠いですが、布石はすでに打ってあります。いろいろ深読みしたりして、お楽しみください。

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