118 魔獣使い(ビーストテイマー)たちの出迎え
公開が遅れて申し訳ありません。
彼らは全員、黒い長靴、ニッカポッカのような幅広のズボン、白か薄い色の長袖シャツの上に色彩豊かな袖無しの胴衣に似たベストを着ている。腰には幅広のベルトを締める。女性はズボンの上に色鮮やかなスカートを履いていた。
それらの服の上に、華やかな縁飾りが施された色あざやかな長衣を、腕を袖に通さず肩に掛けて纏う。
頭には模様を打ち出した金の円盤やビーズを刺繍した鉢巻のようなアクセサリーを身につけており、女性のものにはそこから珊瑚や玉・瑪瑙・蜻蛉玉をつづった瓔珞飾りが垂れている。
男たちは髪をオールバックに、女たちは長い髪を後ろで巻くか、三つ編みにしてから巻いて、団子状に丸くまとめている。
装飾的でありながら、活動的な動きが可能な、ヴィナロス王国で見るのとはまったく違った華やかな装いは魔獣使いたちの民族衣装なのだった。全体的に中央アジアの民族衣装を思わせる。
もちろん、これは普段着ではなく、ある種の晴れ着なのだろう。
先頭に立った女性が手のひらを上に向けて腕を広げ、優雅に腰を曲げて深々と頭を下げた。それは彼らの伝統的な敬礼の作法だった。後ろにいた他の者もそれにならう。頭のアクセサリーやコートの縁飾りに使われているボタンなどが触れ合う音が響いた。
「遠路はるばる竜の声が谺する地へ、ようこそお越しくださいました。」
彼女のベストは恐ろしく手の込んだ刺繍でビーズや金銀のボタンが装飾として縫い付けられていて、頭のアクセサリーには珊瑚と金とラピスラズリのビーズが揺れている。
「私は当代ガンゲス公爵の妻、アンナ・イメニ・ガンゲスでございます。ダルトン・アーディアス公爵、私どもガンゲス一族とその郎党は特使閣下一行を心より歓迎いたします。大地と、大海と、天にいます、峻厳なる神々の恩寵があらんことを。」
ガンゲス公爵の妻、アンナ・イメニ・ガンゲス様は私と同い年でまだ若く、もちろんこの地の住人らしく魔獣使いだ。彼女の騎獣も巨狼なのだと聞いている。
元より男女の社会的な差があまり無い魔獣使いたちなので、女性の魔獣使いはごく当たり前の存在なのだ。颯爽と巨狼を駆って広大な草原をゆくのが様になるような容貌の持ち主だ。
「このような陽が落ちかけてからの到着にも関わらず、丁寧なご挨拶にこちらこそ深く感謝申し上げます。短くはない旅の果てに、このようなお出迎えになんと心休まる事でありましょうか。ガンゲス公爵夫人、アンナ・イメニ・ガンゲス様、ご機嫌麗しゅう。」
馬を降りて、私も彼女に返礼をする。他の者たちも馬を降り、主だった者たちは彼女に挨拶をした。
「お疲れでございましょう。馬屋はあちらです。ご案内させます。ご一行の方はどうぞこちらへ。」
ガンゲス公爵夫人、アンナ様の指示で、後ろに控えていた男女が私どもの馬を先導して連れてゆく。その馬屋もまた、この館のように大岩に一体化するような形で建っているのだった。
岩と一体化しているような建物の中身はどうなっているのか。
父の記録などで知識としては頭に入っていたものの、実際に見てみるまでは半信半疑の部分があったことを否定できない。実際に見た外観の印象は思った以上の衝撃があった。
内部はというと、ヴィナロス王国の古い貴族の館に似ている。窓はたくさんあるが小さく、重厚な壁が特徴的だ。それはロマネスク建築を思わせる。
ヴィナロス王国では200年前には廃れてしまった様式だが、竜の狩場は北のほうにあるので寒さを避けるためにも、猛獣・魔獣の攻撃に耐えるためにも、魔獣使いたちにはこの方が都合が良かったので受け継がれたのだろう。
内部はタペストリーがかけられた白い漆喰が塗られた壁で、多くの“灯火”の魔術を付与してあるシャンデリアが下がっているので十分に明るい。床には絨毯が敷かれているので足音もしない。
私と一行の主だった者たち、秘書官・ラブリット二等書記官・エズアール隊長・ダヴィッド殿は火が赤々と焚かれた暖炉のある広間へと通された。護衛のディオンとその部下の数人は、エズアール隊長の部下たちと共に広間の入り口で周囲を見張る。
用意された椅子を勧められた着席すると、アンナ様は最後に座った。
「わが夫、ヴェリ・ガンゲスは今日は折悪しく金角の黒竜王のそばに侍る日でございまして、お迎えに上がれませんでした。特使閣下にはご容赦いただきたく存じます。」
「とんでもありません。こちらこそ、急な申し入れにも関わらず機会をお与え下さった事に感謝申し上げます。」
暖かい茶が運ばれ、一同に配られた。カップは陶器製で北方で作られたものが使われている。魔獣使いたちは長距離を移動するから交易もするのだろう。
蜂蜜が加えられたそれは、とても甘かった。
「ご寛恕いただけた事に御礼申し上げます。どうも、今回わざわざお越しいただいた件は緊急を要する内容であると、夫より聞き及んでおります。」
アンナ様はさっそく本題に取りかかってくれた。こちらは疲れもあるが、正直ありがたい。
「はい。我が国を取り巻く情勢が変化したため、古い盟約を確認し、相互に履行する意思が変わらぬことを再確認するために参りました。」
「夫からは、詳細を聞いておくようにと言づかっております。閣下、お聞かせ願えますか?」
私はこれまでに国で集めた情報に加え、道中で経験した事などを交えて話した。




